策略
「リオン、フォンターナが王国として独立したわけだけど、ドーレン王家や他の貴族の動きはどうなっている?」
「かなり混乱しているようですね。が、やはりドーレン王家はフォンターナを王家として認めないという内容の手紙を各貴族家に送っているようです」
「だろうな。偉大なる歴史を刻むドーレン王家を差し置いて王家を名乗るのは不敬である、って感じか。それで、フォンターナをどうしろって言ってんだ?」
「掣肘すべし、と。周辺貴族に号令をかけて、フォンターナを攻めるように王命を出しました」
「……そうか。ここが正念場だな。貴族家の連合軍と戦うことになるのか」
「はい。とくにメメント家は動きが早いようですね。すでに招集をかけて軍を動かす準備に入っているようです」
「ま、そうだろうな。もともと覇権貴族になりたがっていたんだから当然と言えば当然か。さて、どうするか」
俺はフォンターナにやってきた王家の使者を倒した後、すぐに王国建国のために動いた。
魔法で塩を作ることができるようにしたうえで、パウロ大司教に話をつけて教会で塩を扱うかわりに戴冠の儀式を執り行う約束まで取り付けた。
その結果、一応フォンターナは王国を名乗る最低限の条件を整えたということになる。
が、やはりというか、当たり前だが本来の王家であるドーレン王家はそれに納得などしていない。
自分たちの家以外が王家を名乗るなどはありえないと言い、そんなことをするフォンターナを成敗しようと動いているわけだ。
そこに三大貴族の一角であるメメント家がついた。
メメント家はもともと王の身柄を押さえてでも覇権貴族になりたいと考えていた貴族家だ。
仮に王家が動員をかけて、さまざまな貴族家がフォンターナを討つために軍を出した場合でも、その軍の総指揮を執る者は必要になるだろう。
その総指揮官となることができれば、これは実質的にほかの貴族に対して優位に立つことを意味する。
つまり、覇権貴族と同じような立ち位置になるというわけだ。
そんな機会をメメント家が逃すはずもないだろう。
王家以外が塩の供給を担うことになれば、王家の立場は相対的に低下し、その威光は減る。
俺がフォンターナを王国にするためにとったこの方法は半分正解でもあり、半分は不正解でもあったらしい。
今までは長い歴史のなかで、多くの人たちにとって「王家とは特別な存在である」という無意識下の共通認識が出来上がっていた。
そのために、王家だけが塩を作ることができるという状況で、王家は往年の力を低下させたとは言え、一定の敬われる存在であり続けることができたのだ。
だが、バルカはそうではない。
近年になって急に出てきた新参者で戦には勝っているとはいえ、大貴族と比べても数で劣る勢力でしかない。
そんなところが、今度は王家しか作れなかった塩を作り出せるようになったとしたらどう思うだろうか。
バルカによって塩という生活必需品を握られたからおとなしく従う?
答えはNOだろう。
今の世は乱世なのだ。
欲しい物があれば奪い取ればいい。
そう考える者がいるのが当たり前の恐ろしい時代なのだ。
フォンターナ王国などと名乗りだした不届き者を懲らしめるついでに、バルカの身柄を自分たちが奪い取ってやろう。
そう考えているのかもしれない。
さまざまな貴族に飼い殺しにされた過去のあるティアーズ家のように、バルカを管理下に置いて独占すればそれだけで莫大な富が手に入るのだ。
少なくとも、同じ塩を作ることができる王家と比べれば、バルカを攻撃して簒奪することにためらいなど感じないだろう。
つまりは、塩を作り出したバルカは手を出しにくい王家と比べれば鴨が葱を背負っているような美味しい獲物なのだ。
「王命を聞いた貴族が連合軍を出してきたらどのくらいの数になるのかな、リオン?」
「さて、どれほどの数になるでしょうか。40か、あるいは50万はいくかもしれませんね」
「まじで? フォンターナは予備兵力をあわせてもせいぜい4万くらいだろ? きっついな」
「しかし、こうなることはわかっていたはずです。どうされるおつもりですか?」
「いやー、素人考えなんだけどな。まあ、昔から木を隠すなら森って言うし。ここはやっぱりフォンターナ家以外も王になってもらうのが一番じゃないかと思ってるんだけど」
「……はい? フォンターナ家以外も王になる? 本気ですか?」
「そうだよ、リオン。前も言ったけど、王家がひとつだけしかないとは決まっていない。フォンターナ家が王家になれるなら、他の貴族家も王になれるはずだ。特に昔から残っている貴族家なら少なからず王家の血が入っているしな」
「ですが、塩はどうするのですか? フォンターナは塩の供給を安定させることができるからこそ、王位につくという話になったのでは?」
「それは違う。別に塩を作れるかどうかが王になる条件じゃない。実際、ガロード様は王になっても塩が作れるわけじゃないしな。ようするに、なろうと思えば他の貴族家も王になれる。そうなれば、ドーレン王家はフォンターナだけにかまけているわけにもいかなくなる」
「……しかし、そううまくいくでしょうか? アルス様のように大胆な考えを持つ者は多くありません。自身が王になるなどと考える貴族家などあるのかどうか」
「大丈夫だ。すでに俺が推薦状を書いて送った。教会にな」
「は? 推薦状ですか? え、それを教会に送ったのですか?」
「そうだ。戴冠の儀式を教会に行ってもらうように交渉しているときに、他の貴族も同じように王になりたがっているって伝えたんだよ。喜捨をばらまきながらな」
「……つまり、勝手に他の貴族も王になりたいと主張していると教会に告げたわけですか。無茶をしますね」
「だけど、結構上手くいったみたいだぞ。その話を教会が確認しにいった際に、ラインザッツ家とリゾルテ家が反応した。それで十分だ」
「それは朗報ですね。南と西の大貴族家が王家になるために動いている可能性があるとなれば、それが嘘か真かにかかわらずフォンターナを狙う連合軍は動きにくくなる。たとえ、実際に王家にならなくともその情報だけで牽制できますね」
「そういうことだ。ってことで、この情報を王家とメメント家を中心に他の貴族家に流してくれ。できるか、リオン?」
「はい、もちろんですよ、アルス様。すぐに配下の者に動くように伝えます」
強大な集団と戦うかもしれない。
戦力的にもまともに戦えば勝ち目は薄い。
そんなときに真面目に数十万の軍と戦う方法を考えるよりも、俺はまずその数を減らす方法はないかを意識した。
そして、数を減らすための方法。
それが、木を隠すなら森作戦だ。
フォンターナだけが王になってドーレン王家に睨まれるというのであれば、ほかにも同じように王になる者たちを作り上げればいい。
そのために、勝手に教会にその話を持っていった。
が、教会もさすがにそんな話をまともに信じたりはしない。
信じないのだが、それなりの金を握らせたのがよかったようだ。
大金が転がり込んできたことで、真実味が増してしまい、それを確認することにしたのだ。
その確認作業だけでも十分だった。
一般的には王家以外が王になるというのは考えもしないのが共通認識なのだ。
だというのに、王になる意志があるかどうかを極秘裏とはいえ教会が確認したという事実だけで、王家に対して不敬な行動をとったといえる。
火のないところに煙は立たないともいうしな。
こうして、リオンによってリゾルテ家とラインザッツ家も王家になる意志ありという情報がひそかに、しかし確実に各陣営に広まっていったのだった。
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