ブランディング
『みんな、おはよー。今日のキリの星占いの時間だよー。って、言いたいところなんだけど、またまた特別にお客様をご招待しようかな。前もこの番組に出演してもらった、今をときめくフォンターナ王国の宰相兼大将軍のアルス・フォン・バルカくんでーす。はい、どうぞー』
『皆様、おはようございます。ご紹介に与りましたアルス・フォン・バルカです。本日はよろしくお願い致します』
『あー、また堅い口調になってるよ、アルスくん。もっと気楽にしゃべってほしいんだけどー』
『まあ、最初の挨拶くらいはね。今日はよろしくな、キリ』
『はい、よろしくされちゃいましょう。じゃあ、早速だけどアルスくんには色々聞きたいことがあったんだ。質問してもいいのかな?』
『いいよ。答えられる範囲でなら、だけどね』
『じゃあ、早速だけど、びっくりしたよ。フォンターナ家が王家になって独立しちゃうなんて。で、その原動力って塩が関係しているって聞いたんだけど、本当なの?』
『ああ、そうだよ。かつて、ドーレン王家だけが取り扱っていた塩が安定供給可能となった。それをもって、今までよりも安く塩が手に入ることになったわけだ。キリはもうあの塩を使ってみたか? 教会が販売することになった聖塩っていうんだけど』
『うん、もちろんすぐに買ってきたよ。でも、初めて見たときはちょっとびっくりしちゃったかな。私が今まで使っていた塩とは見た目が違ったから』
『そうかもしれないな。今までドーレン王家が販売していた塩はきれいな白色でサラサラしていたからね。今回新たに供給されることになった聖塩はそれとは少し違うんだ。薄い赤色をしていて、石のように固まっているからね』
『味もちょっと違ったかな? なんていうかなー、聖塩のほうが塩が辛いっていうのかな? 白い塩のほうがちょっとまろやかな感じがするように感じたよ』
『なるほど。確かにそうかもしれない。聖塩のほうが塩の成分が濃いからな』
『なんで同じ塩なのに違いがあるの? っていうか、私は今まで塩っていうのは白色のものしか無いものだと思っていたよ』
『じゃあ、ちょっと塩について話してみようか。実は聖塩は岩塩という種類の塩なんだ。これは陸地から取れることが多い。対して、ドーレン王家の塩は海塩という陸ではなく海で取れる種類の塩なんだよ』
『岩塩? 海塩? なにそれ? っていうか、海って何、アルスくん?』
『キリは海を知らないんだな?』
『うん、知らない。見たこと無いよー』
『そうか。海っていうのは、そうだな……、池や湖よりももっと大きな水のたまり場のことを言うんだ。それこそ、すべての貴族領をあわせたよりも大きな水場だ。そして、その水は普通の水ではない。全部、塩が溶け込んだ塩水でできているんだよ』
『……え、そんなに広い水場があるの? 本当に? おとぎ話とか伝説で出てくる話とかじゃなくて?』
『……というか、キリは本当に海を知らないのか? お前、星を研究しているんだろう?』
『知らないよ。だって、そんなの見たことも無いのだから。本当にあるの?』
『ある。東の大雪山を越えた向こう側には更に大地が続いていて、そして、その先には海がある。これは東の出身者である者に確認済みだ』
『……信じられない』
『まあ、人から聞いたことを確認なしで信じないのは研究者として優秀な証拠だな。けど、それは置いておいて塩の説明をしようか。ドーレン王家の塩はその海の水から取れる海塩に近いんだと思う。作り方は海の水を乾燥させて水気をなくせば、塩が残るから簡単だ』
『へー、アルスくんの話が本当ならそれだけ大量の塩水がある海からなら、塩はいくらでも取れそうだね』
『そうだな。極端に言えば海水をすくって天日で乾燥させるだけで塩が手に入るからな。対して、聖塩のほうは岩塩と言われるものだ。海の水ではなく陸地にある。これは古来より陸地にあって水分がなくなった状態とでも言ったらいいのかな。そのために海塩よりも塩辛くなることが多い』
『なるほどなるほど。つまり、同じ塩だけど取れる場所が違うから、味が変わるってことなんだね。そういえば、同じ食べ物でも産地が違えば味が違うこともあるよね』
『そのとおりだ。ドーレン王家の塩も教会の塩も基本的にはそう変わらないものだと言えるだろうな。そして、知っての通り、人の体にとって塩は必要不可欠なものだ。あまりにも塩分不足になれば体に異常が出るが、どちらの塩を使ってもそのような異常が体に出ることは無くなる。安心して使ってくれていいと思うぞ』
『そうなんだー。やー、やっぱり今までずっと見てきた塩と違うからさ。なにがどう違うのかなって気になっていたんだよ。今日はそのことをアルスくんに聞けただけでも有意義だったかな』
『キリの星占いよりも役立つ情報だったかな?』
『な、なに言ってるのさ、アルスくん。塩については確かにいい話を聞けたけど、私の星占いだって負けてないんだからねー。よーし、じゃあまずは今日のアルスくんのことを占ってあげようじゃないか』
『はは、お手柔らかにな』
フォンターナが王国として独立することになって、まず取り掛かった仕事がキリのラジオ番組に出演することだった。
放送前からキリには台本をわたしている。
そして、その中に塩の話をするように台詞が書いてあった。
なぜ、こんなラジオにまで出て塩の話をするのか。
それはやはり、俺が作った岩塩が今までの塩とは少し種類が違うというところにある。
俺の作った【塩田作成】という魔法は大地の土を利用して塩を作り出すものだ。
だが、なぜか俺が魔力で作る塩は必ず岩塩のような種類の塩になってしまったのだ。
一番馴染み深い白い食塩は作り出すことができなかった。
仕方がないので、一応頑張って前世の記憶を掘り起こして、一番美味しかった岩塩を再現はしてみたつもりだ。
ちなみに無秩序に塩を作ると農作物が育たなくなる死の大地となってしまうかもしれないので、教会と取り決めた場所以外では魔法の使用を禁じて管理することになっている。
だが、それでも今までこの地では塩といえば王家の作り出す真っ白な塩だけであり、他にはなかった。
つまり、実際に舐めてみれば俺の作った岩塩が塩だとわかっても、見た目から従来のものとは違うのだ。
人は保守的な面があるものである。
どうしても、今までの自分が知っているものとは違うものに対しては拒否反応が出てしまってもおかしくはない。
俺が教会に塩の販売を委託したのはそれも理由のひとつだ。
教会という大きな組織が販売しているか、それとも北の小さな騎士領の当主が怪しげな魔法で今までなかったものを販売しているかでは大きく印象が変わってくる。
印象、というのはなかなかどうして馬鹿にはできない要素である。
なんとなく気味が悪い、というだけの理由で物が売れないということは往々にしてあるのだから。
だからこそ、俺は最初の仕事としてこの新たな塩のイメージアップを図ることにしたのだ。
塩の名前を聖なる塩というニュアンスを与えるために聖塩などと決めたのもそうだ。
そして、こうしてラジオにまで出演して塩についての豆知識を話している。
だが、そうか。
星についての詳しい知識すらあるキリですら、海を知らないのか。
一応グランは海について知っていたはずだが、本当にあるのか俺も不安になってきた。
もうちょっと話し方を変えて塩の解説でもしたほうがいいのかもしれない。
だが、俺のそんな心配とは別に、数々のイメージ戦略を行った新種の塩はそれほど悪いイメージを受けること無く、広く受け入れられたようだ。
俺は何度かラジオ出演を続けながら、ひとまずフォンターナ王国が出だしでつまずかないで済んだことに胸をなでおろしたのだった。
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