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常識の違い

「いいか、リオン。あの大馬鹿者が王家の人間に接触しないように気を配っていろ。絶対に王やその側近、そしてその部下を含めて誰とも近づかせるな」


「……その大馬鹿者というのはアルス様のことでしょうか、カルロス様?」


「当たり前だ。この世界広しといえども、アルス以上の大馬鹿者がいるとお前は思うのか?」


「アルス様は時々こちらの想像もしないことをしでかしますが、別に考えなしというわけでもないと思いますが……」


「そうだな。やつは考えなしではないだろう。だが、大馬鹿者だ。それがなぜかわからんのか、リオン?」


「……アルス様には悪いですが、カルロス様の言いたいこともわかるつもりではあります」


「そうだろう。やつは馬鹿だ。それは別に頭が悪いなどと言っているわけではない。常識がないのだよ。誰もが普通に持って生活している常識をな」


「そうですね。アルス様とは姉を通して今まで付き合ってきましたが、その人柄はある程度私も分かっているつもりです。その中で感じるのはやはり、異質である、ということでしょうか。……アルス様の中ではおそらくすべての人は同等の価値を持つというような認識があるように思います」


「同等か。あいつはたまに平等などというわけのわからんことを言うが、それも同じだろうな。ヤツにとってはすべての人間の価値は基本的に同じだ。それはつまり、高貴な存在というのを完全に否定していることになる」


「確かに。おそらくアルス様は相手が貴族やあるいは王族であるというだけで無条件に従ったりはしないかもしれません。まあ、考え無しではないですから、ある程度は相手の身分を考慮した行動や発言をするでしょうが、それだけでしょうね」


「ああ。普通ならば産まれたときから骨の髄まで刻み込まれている貴族などに逆らってはいけないという感覚があいつには全く無い。だからこそ、レイモンドを討ったあとこの俺ともごく普通に停戦交渉をしてきたし、アーバレストの当主やウルクの当主級を討ち取ってもさも普通のことをしただけだという感じだったからな」


「つまり、カルロス様は今フォンターナ領に滞在している王家の方々がアルス様と会い、なにか問題を起こすことを憂慮されているということですね?」


「まあな。あの馬鹿者は何をきっかけにどう動くかが俺でも読めん。であれば、そんな危険人物とは会わせないことが問題を起こさない一番の対策ということになる」


「わかりました。アルス様には王家の方々が接触しないようにこちらが配慮しておきましょう。お任せください、カルロス様」


 ふと、以前カルロス様と話した内容を思い出してしまった。

 カルロス様から見たアルス様の異常性。

 それは、アルス様が誰もが持っている貴き者を敬うという心をまったくもっていないという点だった。


 アルス様はどうも人の価値、あるいは命の価値は同等であると認識しているふしがある。

 が、完全に同等でもないようにも感じる。

 おそらくだが、アルス様の中ではご自分の命が何よりも価値があるものとして映っているのではないだろうか。

 それこそ王家はもとより、ご自分が忠誠を誓った相手であるカルロス様でさえもそうなのではないかと思うときがあるくらいだ。

 あとは弟であるカイルやヴァルキリーに対しても優先順位が高いように見受けられる。


 が、逆に言えば自分やカイル、ヴァルキリーに対して以外は等しく価値が同じなのだ。

 それでも他の騎士たちに対してある程度失礼のない範囲で対応はできている。

 多分、これは相手の役職をみて判断しているのではないだろうか。

 決して、生まれの良さで相手を尊ぶといったことが無い。

 それがアルス様だった。


 そして、そのカルロス様の危惧は現実のものとなった。

 王命を携えてやってきた使者が、アルス様によりにもよってヴァルキリーを要求した。

 その瞬間、部屋の中の空気が完全に凍った。

 それまでとなんら変わらない表情で使者に対応していたアルス様から、恐ろしく暴力的なまでの魔力が放出されたのだ。


「バイト兄、やれ」


 そして、その凍りついた中で一言発せられたアルス様の声。

 不覚にも私はその言葉の意味をすぐには理解できなかった。

 だが、この場で唯一それを理解できた者がいた。

 いてしまった。


 アルス様の兄のバイトさん。

 彼は一言「おう」とうなずいた瞬間には、硬牙剣を【武装強化】して切りかかったのだ。

 誰もが止めることすらできなかった。

 結果、不用意な言葉を発したために王の代わりとしてやってきたはずの使者が事切れた。


 どうするつもりなのだろうか?

 多くの騎士がアルス様に詰め寄り、問い詰めている。

 とくにエランス殿が言うように王家に剣を向けるのはさすがに相手が悪い。

 普通なら王家に剣を向けるというだけでもありえない。

 が、それだけではなく実利の面から見ても絶対にしてはいけない行為だろう。

 なぜなら王家は唯一塩を販売しているからだ。

 今までどれほど力をつけた貴族であっても王家を完全にないがしろにしなかったのは、塩の販売を王家だけが行えるからというところにある。

 たとえ三大貴族家と争うことになろうとも、王家とだけは敵対してはならないのだ。

 だが、そんな常識さえもアルス様は軽々と越えてきた。


 塩を作れる?

 そんな魔法を持っているなど今まで聞いたこともなかった。

 だが、アルス様から受け取った塩は間違いなく本物だと自分の体が理解した。

 王家の塩とは少し味が違うが、どうやら岩塩なる塩だそうで色も少し薄赤色をしているが。


 今までこんなものをずっと隠してきたのだろうか。

 これを作れれば巨万の富を得ることができたはずだ。

 金儲けのことをいつも言っていたのだから、これを売りたいと思ったことも多かっただろう。

 だが、今までそれは決してしなかった。

 王家と揉めることが明らかだから。


 カルロス様のいう馬鹿ではあっても、考えなしではないということだろうか。

 そのアルス様が王家の使者を討ち、塩の販売をすることを決意した?

 ということは、これは事前に考えていた行動なのかもしれない。


「アルス様はこのフォンターナをどこに向かわせようとされているのでしょうか?」


 だからこそ、エランス殿に代わって私も尋ねた。

 アルス様の本意がどこにあるのかを。

 アルス様の狙いがどこにあるのかを。


「……王位、王国。そ、そんなことができるのですか、アルス様。古来王家はたったひとつです。その王にガロード様をつけるなどと」


「できないことはないだろう、リオン。別に王家がひとつしか存在しないと決まっているわけではないからな。というか、大雪山を越えた東の地にはいくつもの国があり、その国ごとに王家がある。お前もグランからその話を聞いたことがあるはずだぞ」


「そ、それは大雪山の向こうではないですか。こことは、我らの住む土地とは全く別のもので……」


「違わないよ、リオン。グランも、タナトスも俺たちと同じ人間だ。その同じ人間が住む土地ではいくつもの王家が、王が存在する。つまり、王というのはたった一人しか存在しないものではない。ゆえに、ガロード様が王になるのはなんの問題もない」


 ……常識外だ。

 アルス様は今まで少々常識とは違う考え方をするというのは分かっていた。

 だけど、ここまで私たちとは違うのか。


 おそらく、この土地で王家以外の者が王になるということを考えた人はいないのではないだろうか。

 我らの先祖も、そのはるか先のご先祖ですら初代王に付き従った臣下であり、王は常に一人だったのだ。

 それが当たり前だ。

 それが常識だった。

 だからこそ、だれもが王というのは他にはいない王家の者だけがなれる特別な、それこそ他と隔絶した高貴な者であると思っている。

 それは以前グラン殿から東の国々の話を耳にした私も同じだった。


 だが、違うのか。

 なれるのか。

 王家でなくとも、王という存在に。


 ……面白い。

 やはり、アルス様は面白い。

 自分が今まで考えもしなかったことを考え、しかもそれを実行できるだけの力がある。


 やろう。

 この流れを断ち切ることなんてできはしない。

 初めてアルス様とあったときから決めていたんだ。

 私は、グラハム家の未来をこの人にかけると。


「わかりました。やりましょう、アルス様。このリオン・フォン・グラハム、ガロード様を国王に迎えてフォンターナ王国として自主自立するというお考えに賛同いたします」


 そう言って、私はアルス様に同調する考えを明確にした。

 そして、アルス様の座る領主の座に向かって臣下の礼をとる。


 そして、この日を以って我々のフォンターナ領は王家から独立し、フォンターナ王国としての新たな歩みを始めたのだった。

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