王家の力
「どういうつもりだ、バルカの。王家の使者に手をかけるなど断じて許されることではない。そんなことをしてどうするつもりだ」
「落ち着いてください、エランス殿」
「これが落ち着いていられるわけないだろう。このことが王都に知られたらどうなる。フォンターナ家は窮地に立たされるぞ。この使者に刃を向けるということは、それすなわち王家への反逆だ。パーシバル家と同じ道をたどることになる」
「どのみち、結果は同じでしたよ。この使者はヴァルキリーをすべて王都に送らなければ王家への反抗とみなすとまで言った。そんなことはできない。もともとこの王命自体が無理難題をフォンターナ家に押し付けて、上手くいけば戦力を王家に出させ、そうでなければフォンターナと他の大貴族を争わせることを目的としています。つまり、どのみち、戦になる。結果は同じです」
「しかし、そうならないように話をするというのではなかったのか。そもそも、同じ結果などではない。王命を実行できずに他の大貴族と争うことになるのと、王の使者に手をかけてすべての貴族家を相手にするのはまるで違う。とくに王家と明確に敵対するのはまずいのだ」
「いえ、この際はっきりさせましょう。フォンターナは王家と手を切りましょう。王家の命令を聞いていたら、次はガロード様もカルロス様の二の舞になるかもしれない。そんなことは許されない」
「手を切る? 王家とか? それは本気で言っているのか、バルカの」
「もちろんです」
「そんなことができるものか。それが分かっていないというのであれば本気でものを知らない愚か者だと言われても仕方ないぞ、バルカの。王家からは他では絶対に手にはいらない物を購入している。王家が衰退したとはいえ、いまだにどの貴族家からも別格に扱われているのには理由がある。それを知らないとは言わせん」
「塩、ですね。王家だけが塩を売っている。これが手にはいらないとなればいかに強大な力を持つ貴族家でも生きてはいけない。だからこそ、王家は今も存在し続けている」
「そのとおりだ。だからこそ、何度でも言おう。王家とは上手く付き合っていかなければいけないのだ。たとえ無理を言われても、使者に手をかけることなどあっていいはずがない。この責任をどうとるつもりなのだ、バルカの」
俺がバイト兄に命じて使者を倒した。
そして、バイト兄はそのまま謁見の間を出ていった。
この場には使者とその部下の数名がいただけだが、フォンターナにきた使者御一行様はほかにもいる。
それらの身柄を押さえに行ったのだろう。
そこまで状況が動いたときになってようやく周囲が動き出した。
あまりの凶行に思考が追いついていなかったフォンターナの騎士たちが一斉に俺のもとに近寄り、詰問してくる。
そのなかでも一番声の大きかったビルマ領を治める騎士エランスと俺は話していた。
まあ、いきなり使者に武器を振るって襲いかかるのは俺もやりすぎだったかなと思わなくもない。
が、もうやっちまったものはしょうがない。
ここはもう、これは既定路線だった的な雰囲気で押し通すしかないだろう。
というか、俺の中ではもう完全に王家から気持ちが離れているから、今更頭を下げろと言われてもする気もないし。
そんな俺にあれこれ言ってくるエランスだが、最終的に行き着くのが王家の持つ最大の価値についてだ。
もうずっと前に崩壊しているこの国で、いまだに王家がそれなりに重要な位置に残り続けているのは理由がある。
戦力的には大貴族に対して圧倒的に劣っている王家がそれでも覇権貴族と同盟を結んでその地位を維持しているのは、なにも権威という形のないものだけのためではない。
王家には他の貴族家にはない力がある。
それは王家だけが持つ「塩の販売」だ。
塩は人々の生活に絶対に必要になる品で、それがなければ生きていけない。
どんなに魔力量を増やした貴族であっても、生命活動を行う以上、塩は必須なのだ。
その塩を王家だけが販売している。
すなわち、王家と敵対するということはその塩を手に入れられなくなってしまうのだ。
塩の専売。
なぜ、王家だけがそれをできるのか。
実は初代王が興したこの国の土地は、塩を手に入れられる場所がない。
大雪山や湿地帯、あるいは大渓谷などに囲まれて、他の国ともまともに行き来できない陸の孤島になっているこの地は海と接していないのだ。
つまり、海から塩を取ることができないのだ。
そして、残念なことにそれ以外にも塩を採取できる場所は存在しない。
いくら貴族家が独自に力を蓄えても、塩という戦略物質を握っている王家とは完全に手切れできないということを意味している。
では、どうして王家はそんな陸の孤島で塩を独占販売してその地位を保っていられるのか。
それは王家の持つ力が関係している。
つまり、魔法だ。
王家の持つ魔法は何を隠そう、塩を作り出すという魔法なのだ。
現在の王家は王族が魔法で塩を作り出し、それを販売している。
かつて、初代王がすべての魔法使いを率いてこの地を統一し国としてまとめたのも、塩を作り出せるという理由も大きかったのだろう。
ちなみに、まだ力のあった頃の王家はその強大な力を使った大魔法と呼ばれるものが存在した。
残された文献では、光の柱がたったあとにはそこにある全ての物質が塩に変換され崩れ去ったとされている。
街ひとつ、あるいは軍をまるごと包み込む【裁きの光】と呼ばれる防ぐこともできない強力無比な魔法は王家の大魔法としてすべての人々から畏怖の対象となっていたのだ。
そんな大魔法はすでに失われているものの、王家だけが塩を作り出せるという状況は変わっていない。
なので、エランスの言う通り、王家の使者を手にかけてしまった今、フォンターナ家は今後塩を手に入れられなくなるかもしれない。
そうなれば、いかにフォンターナが発展しようともいずれフォンターナ家は瓦解する。
だからこそ、エランスは俺にものを知らない愚か者とまで言い切ったのだろう。
「塩については心配いりませんよ、エランス殿」
「なに? そんなはずないだろう。王家と敵対した以上、すべての関係者に話がいく。塩を入手することは著しく困難になるのは明白だ」
「ですから大丈夫です。塩が手に入らなくなることはありません」
「……それは真か? いや、到底信じられない。どう考えても、今後塩の調達は困難になるはず。口先だけでは話にならん。塩が手に入れられるというのなら、それを証明していただきたい」
「では、これが証拠ということで。塩は今後、私が作りますよ。我がバルカが塩の販売を始めます」
「……なに? ば、ばかな。塩を作れるというのか? そんなことがあるはずが……」
「お疑いならこれを手にとってみてください。ひとくちでも口に入れていただければそれが塩であるということはお分かりになると思いますよ。もっとも、王家の塩とは少し違いますが」
今後の塩の入手についてどうするのか、と問い詰めてくるエランスに対して俺が用意すると言った。
そして、その証拠となるものをエランスへと手渡す。
俺が魔法で作った塩だ。
俺は魔法で塩を作り出すことができる。
実ははるか昔から塩を作ることはできた。
最初に塩を作ったのは作物の品種改良のときだ。
濃い塩水を作ってそこに種籾を入れて選別する方法をとったとき、塩を大量に水に入れて親に怒られたのだ。
なので、自分の魔法で塩を作って濃度の高い塩水を作り選別することにしたりしたのだ。
だが、その塩を大々的に作って販売したりはしなかった。
幼い頃から武器購入のために金を稼ぐ必要があったが、それでも塩の販売だけには手を付けなかった。
王家だけが専売している塩相場に農家の子どもが手を突っ込んでまともに済むはずがないことはさすがに理解していたからだ。
しかし、今はそんな農家の子どもではない。
今ならば、塩を魔法で作って販売してもなんとかなる。
というか、俺だって何も考えていなかったわけではない。
王家だけが作れる塩をこちらも作ることができるからこそ、思い切った行動に移れたのだ。
ちなみに俺が作る塩は岩塩っぽいもので、王家のは海水から作った天日塩みたいな味でちょっと違いがある。
が、口にすればそのどちらも塩であるというのはエランスにも分かったようだ。
「これは驚きました。こんな隠し玉を持っていたんですね、アルス様は」
「どうだ、リオン? 間違いなくそれは塩だろう?」
「ええ。少々味が違うようですが、おそらくこれは塩で間違いないのでしょう。これを作る魔法はもう呪文化しているのですか、アルス様?」
「いや、まだだな。だが、王家と決別するのであればすぐに呪文化するつもりだ。これで塩の調達については問題なくなる」
「では、エランス殿に代わって私からもいくつかアルス様に質問があります。お聞きしてもよろしいでしょうか」
「ああ、もちろんだ」
「王家に剣を向けて、塩を作り出す。これはもう言い訳しようにもできない王家への反抗です。このことを実行するアルス様の真意をお聞きしたいのです。アルス様はこのフォンターナをどこに向かわせようとされているのでしょうか」
「そうだな。俺の考えは至って簡単だ。もうこれ以上、フォンターナの未来を外部から手を出させないために、フォンターナは今こそ自立すべきだと思う」
「……自立。フォンターナ家が自立する、と」
「そうだ。そこで俺は皆に提案する。フォンターナ家はこれより王家や他の貴族家とのしがらみを脱して、自主自立すべきだ。すなわち、フォンターナ家当主であるガロード様を元首として国を興す。俺はガロード様を国王としたフォンターナ王国の建国をここに宣言する」
王家がフォンターナ家や俺を格下にみて無茶振りばかりしてくるという現状を打破する方法。
おとなしく言うことを聞くか、反逆罪に問われても命令を無視するか。
いくつか選択肢はあるのだと思う。
が、相手と対等の関係で話し合いをしたいのであれば、相手を自分たちと同じ領域まで引きずり下ろすか、あるいはこちらが相手の領域まで登り詰める必要があるだろう。
なので、今回は相手に合わせることにした。
たったひとつの王家という存在。
塩という生命維持に必要なものを独占販売する王家と交渉するなら、とりあえず相手と同じことをしてみるというのはどうだろうか。
フォンターナでも塩を販売し、そして、王位につく。
すなわち、ガロードを国家元首として国王にして、お互いが王という立場同士で交渉するのだ。
つまりは、フォンターナ王国とでもいう国を建国するということだ。
こうして、使者を亡き者にしたとき以上に再び謁見の間には大きな動揺が広がったのだった。
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