使者との謁見
「……以上が王家より発せられた王命である。フォンターナ家は速やかに王家と同盟を結び覇権貴族として行動することを願うのみである。返答はいかが、フォンターナ家当主代行アルス・フォン・バルカ殿」
「大変光栄なお話ですが、現在フォンターナ家は北の森にて目撃情報のあった不死者に対しての対処に集中しています。そちらが片付かぬ限り、フォンターナ軍は軽々しく軍を遠方まで派遣しつづけるのは難しいかと存じます」
「なに? そのような情報はなかったように記憶している。不死者など本当に出たのだろうか?」
「目下確認中です。しかし、数年前に我が目ではっきりと不死者の存在を確認している以上、完全に無視して行動することはできかねます。ご容赦を」
「それならば、私からも教会に願い出て、すみやかに浄化の儀式を執り行える大司教を要請いたしましょう。さすれば、不死者が出たとしても早急に対処できるはず。であれば、フォンターナ家が覇権貴族として行動することに問題はありますまい」
「いえ、それには及びません。フォンターナ領にはすでに大司教様がおられます。そのため、いつでも浄化の儀式を執り行うことは可能。ですが、だからといってこの地を空にして王都圏まで出向くにはフォンターナの力は強大ではありません。不甲斐ない話であります」
「……すると、フォンターナ家としては王命には従えぬということですかな?」
「滅相もない。そのようなつもりは毛頭ありません。が、現状では動くことかなわず。現在のフォンターナ家の状況を正確にお伝えしたに過ぎません」
「分かっておいでではないようですな、フォンターナ家の当主代行ともあろうものが。古来、この国は王家と貴族によって統治されてきたのです。今、王家は初代王に忠誠を誓った名門フォンターナ家に対して要請しているのですよ。今こそこの地を正常な状態に戻すべきときである、と。もっともバルカ殿は正確にはその気高き血が流れていない農民出身のようで、ことの重大性が正確に推し量れていないようですが」
「……お言葉ですが、貴族家というものの存在意義を使者殿も当然ご存知でしょう。かつて初代王がこの国を興して以来、各地の統治を各貴族家にまかせてきました。それはなぜか。それは広大な国土に出現する不死者に即座に対応するためです。我がフォンターナ家は初代王より与えられた本来の役目を果たすべく注力しているということです。まさか、初代王のころよりの貴族の役目を放棄せよ、などとは王もおっしゃいますまい」
「し、しかし、不死者などという存在は長い間出現していない。そのようなおとぎ話にかまけて国の安定をないがしろにするわけにはいかん」
「これは不思議なことをおっしゃりますな。つい数年前に不死者の存在が確認されたのは記憶に新しいところ。もしや、王都圏という安全なところにおられた使者殿はそのような話は与太話だとお思いなのでしょうか。であれば、当時不死者の存在を認めた教会のことも全く信じていないということになるのでは?」
「そんなことはない。そんなことを言っているのではない。バルカ殿、あまり話を曲解しないでいただきたい。ただ、私が言いたいのはフォンターナ家は王命を蔑ろになどしないであろうということだけだ」
「これは失礼した。わたしの早合点を許していただきたい。そして、使者殿の言う通り、フォンターナ家は王家を蔑ろになどしているなどあろうはずがありません。それは先の王を守って戦った先代当主の行動をみても言えるでしょう」
「では、王命を受けるということでよろしいか?」
「ですから、先程からお伝えしている通り、現在のフォンターナ家はこの地を離れるわけにはいきません。代々この地を守ってきた貴族としてまずは民の安寧を守るためにも、不死者への対応に専念したいと申しているのです」
しつこいなこいつは。
王命とやらを携えた王都からの使者がフォンターナの街にやってきた。
思ったよりは早く、まだ暑くなる前に到着した。
どうやら、移動の速い騎竜などを用いて急いで移動してきたようだ。
その使者と早速面会し、王命とやらを正式に聞いた。
そして、それは事前にリオンから聞いていた通りの内容だった。
王家とフォンターナ家で同盟を結び、フォンターナ家が覇権貴族として行動することを求めるという内容だ。
もちろん、そんなのは無理だ。
事前にほかのフォンターナの騎士とも話し合い、この王命はなんとしてもスルーする方針であることを決めている。
が、思った以上に粘ってくる。
不死者目撃情報というのはそれなりに重大事項なはずだが、それでもガンガン押してくる使者。
向こうも、なんとしても話をまとめてこいと言われてここに来ているのかもしれない。
上からの命令で大変だとは思うが、こちらも引くわけにはいかない。
暖簾に腕押し作戦でなんとか穏便に断ろうとしていた。
「なるほど。ではこうしようではありませんか。フォンターナ家が軍の一部だけでもを王都に置くというのはどうか。これならフォンターナ領での有事にも対応できるでしょうし、王都圏の安全を守ることもできる。いかがか?」
「……は? いえ、それは難しいですね。フォンターナ軍は精強なれど、ほかの大貴族ほどの大軍ではありません。分割した軍でできることなどたかが知れているでしょう」
「まさか、謙遜するものではない。フォンターナ軍の強さは今、すべてのものが知り得るところだ。それになにより、バルカには魔獣部隊がいると聞き及んでいる。かのパーシバル家の討伐戦では大いに活躍したともな。そうだ、それがいい。魔獣部隊を王都に配置しよう。さすれば王もお喜びになる」
「……使者殿。それは我がバルカの持つヴァルキリー部隊のことを言っておられるのかな?」
「然り。そのヴァルキリーなる魔獣型使役獣がいれば王都圏は安泰だ。これは王命である。すみやかにフォンターナ家は魔獣をすべて王都に送るように。これに逆らうのであれば、王への反抗として見られてもおかしくはないということをご承知いただきたいところですな」
こいつ、まじで言ってんのか?
まさか、最初からこれを狙ってフォンターナの街に来たのか?
ヴァルキリーをすべて王都に置け?
……もしかして、ここにきた足の早い騎竜のことも関係しているのかもしれない。
普通の使役獣はその人の魔力によって姿形が変わるため、その人が死んでしまうと同じ使役獣を手に入れられなくなる。
が、例外はなんにでも存在する。
もしかしたら、手に入れたヴァルキリーを使って王都で繁殖させる術があるのかもしれない。
あるいはヴァルキリーが使役獣の卵だけで簡単に量産できることを知っているのだろうか?
だが、この使者と話していて分かった。
こいつは、いや、王家はフォンターナのことを、その当主代行の俺のことをかなり下に見ている。
王が命じているんだからごちゃごちゃ言わずにやれという雰囲気がプンプンしている。
これはやはり、俺が舐められているということにほかならないのだろう。
というか、なんで王家の命令を俺が聞かないといけないんだと今更ながら思った。
俺は死んだカルロスに忠誠を誓ったが、王家にはかけらも忠誠を誓っていない。
それに王を守って死んだカルロスの働きを少しも労うこともなく、こちらから都合よく奪っていこうというのも気に食わない。
一番気に食わないのはヴァルキリーをよこせと言い出したことだ。
それを聞いた瞬間、頭に血がのぼった。
つい昔のことを思い出してしまった。
そういえば、俺がこんな戦いばかりの生活になったのも、かつてバルカ村に来た兵士がヴァルキリーをよこせと言ってきたことが始まりだったなと思った。
そして、これまでの人生で学んできたことのひとつに「話し合いを実現するには同じテーブルにつく必要がある」ということだ。
今、俺は目の前にいる使者と話しているがその奥にいる相手は王家だ。
その王家は俺が対等なテーブルで交渉すべき相手とはかけらも認識していない。
王家にとってみたら俺はただの成り上がり農民で、王の命令には無条件に従うべき相手だと思われているのだろう。
つまり、いくらこの使者と言葉を交えてもあまり意味がないのかもしれない。
じゃあ、どうすればいい?
そう考えたとき、ふと思いついた。
王家とは手を切ってもいいんじゃないか、と。
上から目線で不条理な命令をしてくるくらいならそれが一番いいんじゃないか?
そうだ、そうしよう。
「バイト兄、やれ」
「おう」
俺はいいアイデアを思いついた次の瞬間、行動に移した。
謁見の間にいたバイト兄に一声かける。
その短い俺の言葉を聞いて、バイト兄はすぐさま動いた。
俺の言いたいことを余さず理解して。
次の瞬間、フォンターナの街に訪れた王家の使者は二度と王都の土を踏むこと無く天に召されることになった。
使者の仕事も大変だな。
つい他人事のようにそう考えてしまった。
こうして、フォンターナ家はなんの前触れもなく、唐突に王家と決別する姿勢を打ち出したのだった。
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