王命
「急に話があるって聞いたけどどうしたんだ、リオン?」
「アルス様、まずいことになりました」
「まずいこと? 何があった?」
「王命が発令されました」
「はい? 王命?」
「そうです。王命、つまり、王からの命令ですね。その王命がフォンターナ家、ひいてはその当主代行たるアルス様へと伝えられる、という王都での情報を私の配下がいち早く察知して【念話】で知らせてきました」
「王家から俺に命令が? もしかして、またフォンターナ領に来るとかいう話じゃないだろうな」
「いえ、違います」
「じゃあ、なんだよ。もったいぶらずに早く教えてくれよ、リオン」
「わかりました。心して聞いてください。配下によって得た情報ですが、かなり確かな情報であるという裏付けも済んでいます。その王命は、王家とフォンターナ家で同盟を結び、フォンターナ家を次期覇権貴族とする、というものです」
「……なんだって? お前、今なんて言った、リオン。フォンターナ家が次の覇権貴族だと?」
「そうです。王家からはすでに王命を伝えるために使者が送られたようです」
フォンターナ憲章などを作るためにひたすら評議会で話し合いをしているうちに迎えた新年は、評議会が終わる頃には春を迎える頃になっていた。
そして、その後、俺に子どもができて、つい先日バルカニアで住人を巻き込んでの生誕祭が行われた。
暖かな太陽の光が顔を出し始めたそんな季節にリオンがとんでもない情報を知らせてきた。
王家から王命が発せられたというのだ。
しかも、内容はフォンターナ家に覇権貴族となるようにというものだった。
なんでそんな話になっているんだ?
とてもじゃないが、フォンターナが覇権貴族になるのは無理がありすぎる。
「……どういう経緯でそういうことになるんだ? だいたい、覇権貴族になるのは三大貴族のどこかって話だっただろ?」
「そのとおりですが、三大貴族のうちのパーシバル家はその勢力を大きく後退させました。とくに迷宮街を失ったのが大きかったようです。優秀な人材と魔石、武器防具の素材を輩出していた重要地点を押さえられてしまい、もう覇権貴族を狙うことは難しくなったのでしょう」
「パーシバル家はそうかもしれんが、ほかはどうなんだ? メメント家なんてわざわざ王を迎えにという名目でフォンターナまで軍を引っ張ってきたくらいなんだぞ。ラインザッツ家だってそう簡単に引き下がるとは思えないが」
「当然でしょうね。おそらく、この王命の出どころは王都圏の政治的判断によるものではないかと思います」
「政治的判断?」
「はい。もともと王家自体にとって覇権貴族という存在は目障りなものに過ぎません。本来であれば自分たちの支配下にあるはずの貴族家が勝手に覇権を名乗っているのですから」
「それはそうかもしれんが、覇権貴族という力があってこそ、弱体化した王家は存続できていたんじゃないのか?」
「そのとおりです。が、今まではそのほとんどが王都に近い位置にある大貴族でした。ですが、それがもし最北に位置するフォンターナ家が覇権貴族になれば王家と覇権貴族との間に距離が生まれます。おそらくはそれが狙いなのでしょう」
「……わからん。距離があるのが王家にとっての利点たりえるのか?」
「もちろん、利点はあるでしょう。フォンターナ家が覇権貴族になった場合、本来の領地を離れた王都圏に場所を提供され、そこに軍を駐屯することになります。そして、中部から南部にかけての貴族領における紛争を覇権貴族としておさめるために動かなければなりません。自由に軍を動かすには王家の協力も必要になるでしょう。つまり、フォンターナ家が覇権貴族として軍を派遣すれば、それは王家にとって使いやすい手駒が手に入るという意味になるのです」
なるほど。
メメント家やラインザッツ家、あるいはパーシバル家や元覇権貴族のリゾルテ家も領地の位置を見るとフォンターナ家よりははるかに王都圏に近い。
覇権貴族は王家と同盟を組む関係から、ある程度対等であるという名目があるが、実際のところは大きな領地を背景に王家に圧力をかけることなど、今まで何度もあったのだろう。
その圧力を王家は嫌った。
なので、他のどの貴族家よりも距離があるフォンターナ家が覇権貴族となれば、その鬱陶しい圧力から少しでも逃げ出せると考えたのだろう。
それに、フォンターナ家は当主のガロードがまだ今年で4歳の子どもであり、そのかわりに実権を握っている俺も15歳の元農民だ。
権力闘争では海千山千の王都圏の連中には相手にもならないと見られているのかもしれない。
要するに、フォンターナ家が覇権貴族となれば王家からすれば非常に使い勝手のいい戦力だけを自由に出させることができる手駒になると思われているのではないだろうか。
「フォンターナ家というより、俺が王家に舐められてるな。でも、実際問題うちが覇権貴族になるのは無理だろう。そもそもの話としてメメント家やラインザッツ家とはまだ戦力的に大きな力の差があるはずだ。たとえ、うちが王都圏のすぐ近くの領地だとしても、覇権貴族を名乗るのは難しいと思うぞ。そんなことが王家にはわからないのか?」
「いえ、おそらくそのようなことは重々承知の上でしょうね。そのうえで、この王命を持ち出したのかと思います」
「無理だと分かって王命を出す意味があるのか?」
「これは私の推測でしかありません。が、おそらくはこういうことなのでしょう。王家はどの貴族家にも力をつけてほしくないのです。あらゆる貴族家から力を削ぎ落としたい。ですが、王家には実質的な戦力があまりありません。では、どうすべきか。それは、各貴族同士を戦わせて潰しあわせるのですよ」
「……そうか。だから、王命を届ける使者がフォンターナ領にまで来ていない段階で情報が漏れているのか。そんな王命が発せられたとわかれば、メメント家なんかは間違いなくフォンターナに対して怒るだろうな。もしかしたら、ラインザッツ家も同じか」
「自らが戦わずして周囲から戦力を削ぐというのは、なかなかしたたかな戦略だと思います。もし、フォンターナ家が他の大貴族に負けた場合は、フォンターナ側からの要請で断れなかったなどと言う可能性もあるのではないでしょうか」
「無茶苦茶だな。なんにしても、その王命だけはまともに受けたらだめだな。その餌に飛びついたら最後、フォンターナは戦禍に巻き込まれる」
「では、なるべく早く動く必要がありますね」
「え? 動くって何がだ、リオン? 使者が来たときに正式に断りを入れればいいだけなんじゃないのか?」
「それでは遅すぎます。もし、その使者が来て王命をアルス様に伝えたとしましょう。すると、フォンターナの騎士たちは間違いなくそれを喜びます。我々のような最北の領地を持つ貴族家や騎士にとって覇権貴族になる機会など、断ればもう二度とないことなのですから」
「そう言われればそうか。その後の面倒事についてなにも考えずに、ただただ喜ぶやつがいてもおかしくはないか。そして、それを断れば俺は王命に背いた者として突き上げられるかもしれない。そういうことだな?」
「はい。この手の話は理屈を語っても感情が優先されます。まず間違いなく、アルス様はフォンターナの当主代行にふさわしくない判断をした者であると言われ続けるでしょうね」
「でも、断らないのも自ら崖があると分かって進むことになる。どうすればいいんだ、リオン」
「……使者に対して言質を与えない。上手くはぐらかす。そうするしかありませんね」
「はぐらかし、か。あるいは……。あー、こういう権謀術数みたいな話は俺以外のところでやってほしいよ」
「仕方がありませんよ。では、私の方でも使者への返答を考えておきましょう」
「すまん。頼むよ、リオン」
リオンと目を合わせてうなずく。
リオンならばうまい返事を考えてくれるだろう。
が、それもどこまで通じるのかはわからない。
王命はその内容までもがすでに周囲へと漏れているのだ。
当然、それはメメント家やラインザッツ家も知るところだろう。
つまり、パーシバル家を食ってさらに大きくなったその二家がフォンターナ家の敵に回る可能性がある。
王家というのはフォンターナ家にとって本当に疫病神みたいなやつだなと思ってしまった。
が、嘆いてばかりもいられない。
俺はさらに情報を集めるように指示して、フォンターナ家の今後の動きを考えることにしたのだった。
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