フォンターナ憲章の狙い
フォンターナ貴族家が支配領域としている領地に対してフォンターナ憲章が発布された。
主に貴族や騎士、あるいは領民にたいしての権利と義務がそこには書かれている。
フォンターナ家当主代行としてアルス・フォン・バルカの名で署名されたそのフォンターナ憲章だが、実際のところどれほどの効果があるものかはわからない。
なぜなら、書かれている内容が基本的には大枠でしかなかったからだ。
貴族が騎士たちに対して命令できる内容についてや、騎士の裁量権などが規定されてはいるのだが、基本的には今まであった内容を明文化したという意味合いが強い。
なので、このフォンターナ憲章ができたことでフォンターナ領がガラリと変わるというわけではない。
……と、多くの騎士は考えているのだと思う。
が、俺はそうは捉えていない。
粗だらけではあるが基本的な決まり事ができたのは大きな進歩だと思うからだ。
というよりも、前世の記憶を持つ俺はこの貴族と騎士の統治方法は全く別のものに見えていたのだ。
俺から言わせると貴族や騎士の支配というのはマフィアが土地を牛耳っているようなものだと認識していた。
力があるだけの暴力集団がその地の支配権を主張して、そこに住む人々から金品を巻き上げているのだ。
暴力でもって金を得るかわりに、そこに住むものを守る組織にもなり得る。
それが貴族や騎士といった存在なのだ。
つまり、今の統治者たちは俺が考える国や行政というシステムとは根本的に違っている。
俺の感覚的にはこのような暴力組織が土地を得ているのはどう考えてもおかしいと思ってしまう。
が、それをおかしいと声をあげる者もいなければ、正す者もいない。
なぜなら、彼らは強大な武力でもってそこを支配しているのだから。
騎士が貴族へと税を納めるというのは上納金で、有事の際に兵を引き連れて馳せ参じるというのは他派閥との抗争に出ていくことに他ならない。
なんとも物騒な話である。
が、まあそれはそういうものだと割り切っている。
初代王が国を作ったあとならもう少しまともな統治機構があったのだろうが、それも完全に崩れ去り、力だけが領地の維持にとって重要な時代が長く続いたのだ。
だが、そうは言っても暗黙のルールがあるだけの現状はひどく不安定だと思う。
なにか問題があれば暴力でしか解決する術がないのだ。
実際問題、俺も人のことは言えないだろう。
力だけで問題を解決してきたという認識はある。
しかし、そんな状況はできれば克服したい。
そういうわけで作ったのがこのフォンターナ憲章である。
暴力集団の集まりでしかない貴族と騎士をせめてまともなルールの中で動く組織として位置づけたい。
そのためにわざわざ面倒な話し合いを続けてこんなことをやってきたのだ。
……などという側面もあるが、フォンターナ憲章を作った理由は他にもある。
それは、将来のバルカを守るためでもある。
俺は今、フォンターナ家の当主代行として行動している。
が、これはいずれ終わり、ガロードが当主としてフォンターナ家をまとめる日がいずれ来るのだ。
そのときにガロードは俺を見てどう思うのだろうか。
頼れる親戚のおっちゃんとして見てくれるのか。
あるいは、カルロスから見たレイモンドのように殺したいと思うほどの目障りなやつに見られるのか。
俺としてはうまいことガロードとスイッチして、バルカニアで隠居生活でもしたいところだ。
が、そこで重要になってくるのが俺の持つ資産だろう。
自分で言うのもなんだがバルカの魔法は優秀なものが多い。
そのバルカ姓を持つ者が、かつてのティアーズ家のように飼い殺しにされたりしないだろうか。
あるいは、ヴァルキリーやその他のバルカでしか作られていない物を未来のフォンターナ家が無理やり奪い取ろうとしないだろうか。
いろいろと心配は尽きない。
だからこそ、ほかの騎士たちの意見を聞いてフォンターナ憲章を作り上げた。
たとえ上位者である貴族といえども勝手に騎士の所有物を奪い取ってはならないといった騎士のための条約なども盛り込んでいる。
そして、そんな未来の憂いを無くすのと同時に現在の問題にも対応できるルールを作ることにした。
現在の問題、それは他の勢力による領地の侵略である。
上位者であるフォンターナ家にバルカの物を奪われる可能性よりも、もっと重要視すべきことがある。
それは他の貴族家などから攻撃を受けてフォンターナ家そのものが消滅することである。
そうなったら、バルカ家を保障するものはなにも残らなくなってしまう。
なので、フォンターナ領は強くあらねばならない。
なんだかんだで、現在の世の中では弱いことは悪いことなのだ。
というわけで、領民の権利と義務をフォンターナ憲章に加えたわけである。
領民もある程度の財産の保証などの権利が記載されている。
が、それ以上に大きいのが徴兵の義務だ。
今まではフォンターナ家直轄領とバルカ系統の騎士領だけからしか徴兵制を行えていなかった。
が、それを正式に今回のフォンターナ憲章によって規定したのだ。
文句を言う騎士もいたが、かなり粘り強い交渉でこの徴兵制は導入が決定した。
これにより、フォンターナ領では予備役兵も含めて40000人規模の軍が出来上がることになった。
ちなみに、騎士が自分の力で手柄をたてたい場合は2つの選択肢がある。
自分の騎士領でさらに兵を集めて独自の騎士団を作って戦場に出るか。
あるいは、フォンターナ軍に士官として入り、フォンターナ軍の一部として戦うかだ。
後者の場合、戦で手柄をたてても領地はもらえず、階級の昇級と給料アップが主な報酬となる。
ビルマ家の騎士エランスやイクス家の騎士ガーナなどは独自軍を作っていくと言っていた。
が、ピーチャなどはフォンターナ軍に入ることにしたようだ。
そうして、俺も正式にフォンターナ軍に入ることになった。
5000人でひとつの軍として、それぞれに当主級などがその軍の将となる。
そして、俺はその複数の軍をまとめたフォンターナ軍をまとめる全体の将という地位につくことを全騎士に認めさせることに成功した。
結果、俺はフォンターナ家当主代行としてだけではなく、フォンターナ軍の大将軍としての地位を確立することになった。
こうして、ガロードが当主として領地に君臨しても軍という暴力機関は俺が手中に収め続けることに成功したのだった。
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