カリスマ教師
「なんか……、俺が思っていたよりも脳筋の集まりみたいになっちまったな」
善は急げとばかりにフォンターナの街に新たに学校を設立した。
といっても、主な通学対象が騎士などの子息であることとするため、とりあえずこの冬に臨時で開校するものとした。
思いついたら即行動できる今の地位は本当にありがたい。
が、この騎士学校(仮)には致命的な問題があった。
それは教える内容もはっきりしなければ、教える教員もいないというものだ。
これからのフォンターナを担う若者たちに対して教育を施すというのはいい考えだとは思う。
だが、具体的な統治システムというのは実際のところなにもない。
せいぜいが、領地を持っているときにこういうことがあればこうするんだよ、というケースバイケースの勉強法くらいしか提供できなかったのだ。
なので、とりあえず騎士学校(仮)はバルカ塾と命名して、バルカ騎士領で行っている領地運営についてのノウハウを教えるものとすることにした。
実際に領地の仕事をしている人に教壇に立ってもらい、指導してもらうのだ。
まあ、これでも十分意味はあると思う。
バルカでしか使えない【整地】や【農地改良】を行った場合、おおよそどのくらいの期間でどのくらいの面積の農地に手を加えることができるのかといった具体的な数値や、それらによる収穫量の向上はどれほど見込めるかなどを若者たちに教えていく。
いかにバルカの魔法を使うのが効率的であり、賢い領地運営につながるのかというのを頭が柔らかいうちに叩き込んでおくのだ。
それ以外にも、新しく作った時計と暦をもとに、どの時期から作物を育て始めるのがいいのか、あるいは収穫時期はいつがいいか、冷害の兆候をどう見定めるのかなどのノウハウを提供していく。
また、各地で取れる特産物や物流による商品価格の変動の見極めなどの基本もレクチャーする。
さらに、バルカニアなどを中心として裁判の判例なども出していくことにした。
できれば、いずれはフォンターナ領内でくらいは権力者の気分しだいではなく、ある程度の罪の重さなどを共通のものにしておきたいというのもあったのだ。
だが、これらの講義内容は基本的に若者たちにとって面白い話ではなかったようだ。
まあ、それもそうだろう。
俺がバルカ塾を開くとした際に入学に手を挙げた生徒や親はこう思ったのだ。
バルカの戦い方を学んで戦で手柄を上げる方法を学ぶことができる、と。
そう考える者にとっては領地運営のケーススタディなどよりも、手柄をたてて領地を増やしたほうが収入が増えると考えたようだ。
それが蓋を開けてみれば椅子に座ったまま細かいことを言われる講義しかなかった。
騎士の卵という脳筋たちにとって、それは歓迎すべき内容ではなかったのだろう。
しかし、そんなバルカ塾は意外なことにすぐに人気が出て多くの騎士の卵たちが集まってくることになった。
カリスマ教師がバルカ塾に参加したからだ。
その名をバイト・バン・バルト。
俺の兄にして、バルト騎士領の当主であり、新進気鋭の騎士だ。
新年を迎えてもまだ17歳になるというばかりの若い騎士でありながら、今まで数多くの戦場に立ち、その先頭で戦ってきた武功を持つ騎士で、フォンターナ領の当主代行を務める俺の実の兄が教師役を買って出たのだ。
実務中心の講義ばかりだったバルカ塾に突如現れたバイト兄はその場で全員を外へと連れ出して模擬戦を行い始めたらしい。
そして、全員と戦い、誰一人立ち上がれないほど疲れるまで模擬戦を繰り返したにもかかわらずバイト兄は平然としてたった一人大地に立っていた。
そうして、地に伏せる少年たちにこう言ったのだそうだ。
そんなことだと戦場では全員死ぬぞ、と。
もし、俺が同じ立場だったら次の日から登校拒否を考えるレベルの体育会系のニオイがする。
が、どうやらこれが若き騎士の卵たちに突き刺さったそうだ。
自分たちは騎士として戦い、その戦いで手柄をたてて領地を広げるのだ。
あるいは、騎士家の子供であってもその家を継ぐ可能性のない三男・四男以下の少年たちは独立して家をたてるためにこれくらいできねばならないのだと考えたようなのだ。
彼らのニーズにピッタリとマッチしたということになるのだろう。
バイト兄の授業はなかなか巧みに行われたらしい。
バルカ村にいたときから喧嘩ばかりしていたうえに、俺と一緒に戦場に出て、そして自分の領地を持ち、反抗勢力を潰しもした。
それらの話をたくみに織り交ぜながら、少年たちが潰れるか潰れないかのギリギリを見極めながらシゴキまくったのだ。
最初は一対一の素手での戦い。
それがさまになってくれば一対複数での戦い。
さらに複数同士での戦いや、異なる武器を使った戦い、攻撃と守備に分かれた戦いなどいろいろやっているらしい。
もちろん地味な基礎トレーニングも怠らない。
そういえば、バルカが独立した直後から軍の訓練をバイト兄とバルガスに任せていたなと思い出した。
力を持て余した若者たちの扱いはバイト兄が一番理解しているのかもしれない。
いずれは自分の領地を得てやるんだ、という上昇志向の強い連中もどうやらバイト兄の言うことは絶対従うというくらいまで徹底的に鍛えられていった。
実はバルカ塾は騎士学校という名前を取らずにスタートしたこともあり、騎士の家庭以外からでも優秀であると判断された領地運営のための人材も一緒に机を並べていた。
というか、バルカ由来の生徒の場合はほぼ騎士家出身ではないのだ。
そのため、騎士家出身かそれ以外かで差別や分裂が起きるのではないかという心配もあったのだが、どうやらバイト兄のシゴキがきつすぎてそれどころではなくなってしまったようだ。
なんとなく一体感のような雰囲気が出来上がっていた。
バイト兄のカリスマ力がすごい。
本人的には暇だったところにいいおもちゃを見つけた、くらいの認識だったのかもしれないが。
と、まあそんな感じで実の兄がいい感じにバルカ塾の空気を整えてくれたのでそれを利用することにした俺。
あのバイト兄でも領地を持ったらこんな大変なことがあったんだよという方向から領地運営の大切さも教え込んでいく方向にしたところ、それなりに授業を聞く者も現れたのだ。
肉体的にバイト兄のシゴキで上位の成績は取れないと判断した者が、せめて勉強で存在をアピールしてやろうと考えたのかもしれない。
なぜなら、バルカ塾でその力を認めた者には仕事を斡旋することも説明しているからだ。
就職先は領地は持てないかもしれないがバルカやフォンターナの文官や武官としての地位で給金を支払う形になる。
これも十分三男坊以下にとっては魅力的な仕事場に映ってくれるだろう。
こうして、フォンターナの街には新たに将来の地位を約束された若者たちがバルカ色に染まる教育機関に教え込まれる仕組みが出来始めたのだった。
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