屁理屈二人
「これ、すげえいいな。めちゃくちゃ暖かいぞ、アルス」
「ふっふっふ。感謝しろよ、バイト兄。この新作ダウンジャケットは今のところバルカでしか作れないんだからな。なんせ原材料の使役獣がバルカにしかいないんだから」
「へー、都会に行ってもないのか。よくこんなものをポンポンと作れるな、お前は。ヤギの毛で作ったセーターでもびっくりしたのに」
「冬の寒さは本当に大変だからな。本音を言うと一年中一定の気温に保たれたところで生活したいくらいだし」
「いや、それは無理だろ。そんなの現実じゃありえねえから。相変わらず夢みたいなことを考えてんな」
リリーナのために作った羽毛布団。
そして、その羽毛布団に使用した使役獣の毛を今度はダウンジャケットにしてみた。
かなり分厚いモコモコのダウンジャケットが完成したのだが、思ったとおりかなり暖かいものが出来上がった。
今はそれをバイト兄にも一着あげて試着してもらい、感想を聞いているところだ。
最初はあまりにもモコモコと大きすぎるそのダウンジャケットをみて面食らっていたバイト兄だが、実際に着てみるとそれがいかに優れているかというのが理解できたらしい。
だけど、暖かいことはいいのだが見た目はちょっとおしゃれではないというのもわかるかもしれない。
なんというか太って見えてしまうのだ。
もう少しおしゃれなデザインにできないか職人と相談してみたほうがいいかもしれない。
そんなふうにふと服のデザインについて考えているときに、別の服のことを思い出した。
冬に着るコートの一種で、しかも軍用としても使用されたにもかかわらず後世ではファッションとして着こなすこともあるデザインの服だ。
トレンチコートのことをなんとなく思い出した。
膝丈くらいまであるロングトレンチコートをドレスリーナで作ってみるというのはどうだろうか。
コートの上からウエスト部分を締めるようにするベルトなどを取り付けることで、いろんな体型の人が着ることもできるだろうし、なにより統一して軍で着ればかっこいいのではないだろうか。
地震の影響での人の移動対策に作ったドレスリーナだが、現時点ではそこまで難しくないTシャツっぽい服ばかりを作っている。
これはゼロから始まった新しい街に移住してきた人に針子の仕事をさせているため、現状ではまだ簡単な構造の服ばかりを作っていたのだ。
ドレスリーナで作った服のほとんどはフォンターナ軍で使用することにして、なるべく耐久性の高いものを作るように意見をフィードバックもしている。
だが、そろそろ次のステップに進んでもいいのではないかと思ったのだ。
そう考えた俺は早速トレンチコートのイメージ図を紙に描き起こして職人に見てもらおうと動き始めた。
「ほんと、相変わらずだな、アルスは。基本的にいつもなにかものを作るようなことをしているよな」
「そうかも。まあ、半分趣味みたいなもんだけどね」
「それよりも、ちょっと剣の相手をしてくれよ。体を動かしたい」
「……あんまり俺のこと言えないよね、バイト兄も。暇さえあれば戦いたがるし」
「そりゃそうだろ。次にいつ戦が始まるかわからないんだ。普段からしっかり鍛えとかねえとな」
「いや、単に暴れ足りないだけでしょ」
俺がサラサラっと紙に服のデザイン案を描いていると、バイト兄がそれを見ながら口を挟んでくる。
このやり取りもなんだか懐かしい気がする。
昔からよく俺が畑仕事なんかをしていると、すぐに喧嘩に飛び出していったり、俺とも戦おうとしてきた。
久しぶりにその誘いを受けて、なんとなく懐かしい思いがした。
こういうのはいつぶりだろうかと考えると、それは明らかにバイト兄がバルト騎士領という領地を得て独立して以来だった。
バルカニアともフォンターナの街とも離れた遠方に領地を持つことになったため、俺とバイト兄は極端に顔を合わせる時間が減ったのだ。
たまに俺がバイト兄のいるバルトニアに行ったときも、基本的には仕事などの用事があるためそちらを優先した。
なので、こうしてちょっと時間が余ったときに出てくる訓練の誘いは久しぶりなのだ。
まあ、それも今後はまたちょくちょくあるかもしれない。
今、バイト兄がこのフォンターナの街にいるのはもうすぐある新年の祝いをここで過ごすためにである。
が、去年までなら年が明けて移動ができる時期になればすぐに自分の領地に戻っていたが、今度からはそれもなくなる。
なぜなら、すでにバルトニアとは転送石で一瞬にして行き来できるようになっているからだ。
つまり、バイト兄とはこれからは前までと同じようにフォンターナの街で一緒に仕事をする機会も増えるということになる。
転送石のおかげで家族の絆がより深まるということだ。
「そういえば、前から聞きたかったんだけど、アルス、お前の持つその聖剣って教会に奉納するんじゃなかったのか?」
「ん? ああ、これか。これはもう奉納済みだよ。一度教会に奉納した聖剣を俺が使ってるってだけだ」
「あん? そんなことできるのか? だって、お前、三貴族同盟に話し合いをさせるように依頼してその報酬に提示したのが聖剣だったろ。だったら、その聖剣は教会本部に納めることになるんじゃないのか?」
「あはは。俺は三貴族同盟間で会談をすることを成功させたら教会に聖剣を奉納すると大司教様に約束した。それを俺はキチンと守っているよ」
トレンチコートの図案を職人に送るように指示してから、バイト兄と一緒に寒空の下に出て体を動かし始める。
そのとき、俺が手に持っていた聖剣についてバイト兄が聞いてきた。
聖剣グランバルカは教会へと奉納するという決まりになっていた。
が、それを持ったまま俺は戦場へと繰り出して、そして、今になっても自分で所持している。
これはいったいどういうことだというのがバイト兄の質問だ。
その答えは実に簡単だ。
俺は大司教と約束したとおり、聖剣を教会に納めた。
が、それは仕事を依頼した大司教に聖剣を送り届けたわけではなく、別の大司教に納めたのだ。
ではそれはいったい誰なのかと言うと、今年新たに大司教へと昇格し、なおかつ聖人認定までもらったパウロ大司教である。
聖剣を受け取ったパウロ大司教は、しかし、その保管を俺に任せた。
なぜならパウロ大司教のための新しい教会の建物はいまだに建築中であり、聖剣を保管しておくにはふさわしくないから。
では、どこに保管しておくのが一番安全かというと、フォンターナにいる聖騎士のもとが一番いいのではないか。
という屁理屈をこねて、俺はいまだに聖剣を自分で所持しているのだ。
これは教会に奉納するとは言ったものの、どこで聖剣を保管するのか、あるいは誰が奉納を受け取るのかを明確にしていなかったことを利用した。
本筋から言えば会談実現を依頼した大司教に渡すのが流れなのだが、まさかその後フォンターナ領に新たな大司教が誕生するとは誰も考えていなかった。
だが、大司教と言えば教会の中ではかなりの幹部に相当する。
パウロ大司教が聖剣の奉納先であっても、立場上なんらおかしくないのだ。
まあ、あと少しすれば第二・第三の斬鉄剣ができる。
なんならそれにパウロ大司教が清めの儀式を行えば、新たな聖剣を作り出すことも夢ではない。
いずれ2本目、3本目の聖剣を教会に納めれば文句も言わなくなるだろう。
そういうわけで、パウロ大司教とは口裏をあわせて、俺が合法的に聖剣を戦場に持っていける体制をとっていたのだ。
「……ほんと相変わらずだな。お前もパウロも」
俺の説明を聞いたバイト兄はやれやれといった感じで呆れていた。
だけど、これくらい普通だろ。
身近にあれほど地位の高い知り合いがいたら、誰だってこれくらいのことはするだろう。
俺は悪くねえ。
そんなことを言いながら、久しぶりにバイト兄と模擬戦をしながら汗を流したのだった。
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