贈り物
「ビリー、いるか?」
「あ、アルス様。す、すいません。その、まだ【産卵】持ちの使役獣の孵化は実現できていなくて……」
「ああ、報告は聞いている。こちらに上がってきた資料に目を通しているから知っているよ」
「ご、ごめんなさい。なかなか思ったようにできていなくて」
「まあ、難しいだろうなとは思ったけどやっぱりそう簡単じゃないな。けど、ビリーを責めるつもりはないから安心しろって。追尾鳥や風見鳥は十分な実績なんだから」
「あ、ありがとうございます、アルス様。ですが、それでは今日はどうしてここに?」
「いや、実は前に報告書で見た失敗作の使役獣がいたのを思い出してな。その時は見逃してたけど、今考えると結構役立つ使役獣だったんじゃないかと思って。そいつについて聞きに来たんだ」
「失敗作の、ですか? あ、アルス様も知っての通りここでは【産卵】持ちの魔獣型につながりそうにない使役獣は基本的に使役獣レースに使っています。ですが、興行的に不向きだと判断されたもので、魔獣型につながらないものは処分することになるので、もういないかもしれません。ど、どんな使役獣だったかわかりますか?」
「ああ。確か病気じゃないかってくらいひたすら毛が抜け続ける鳥型の使役獣だったはずだ。追尾鳥や風見鳥のように役立つこともなくて、魔力量も多くなかったしレースでも使えないって失敗報告があったように思う」
「毛が抜け続ける鳥型ですか? そ、そんな失敗作をどうするんでしょうか、アルス様?」
「俺の記憶が確かなら抜け毛の処理に悩むってくらい大量に毛が出て困ったって話もあったはずだ。不思議なことに体の大きさ以上に毛がどんどん抜けるともな。その抜け毛が使えないかと思ってビリーに聞きに来たんだ。そいつ、もう一度作れないかな?」
「えっと、待ってください。そのときのことなら覚えています。アルス様の言う通り、研究室でも毛が散らばって困ったので。……えっと、ありました。そ、その時の資料にある魔力の配合比なら今も再現できると思います」
「よし、ならもう一度その抜け毛鳥を作ってくれないか、ビリー」
「わ、わかりました。け、けど、何に使うんですか、そんな失敗作を?」
「いや、その使役獣そのものよりも抜け毛のほうが利用できないかなと思ってな。羽毛布団でも作れないかと思ってるんだよ」
リリーナのためになにかできないか。
そう考えたが、基本的にあまりアドバイスできそうなこともないということに気がついた。
この世界で妊婦を見ることは初めてというわけではない。
なにせ、俺は幼少期のときから周囲のことを認識して生活していたのだ。
母親がカイルを妊娠しているときのことも見ていたしな。
だが、それは同じ妊婦としてみるにはいささか身分が違いすぎる。
極貧状態の農家と、城に住み、そこにクラリスなどの優秀な側仕えまでいるリリーナは境遇がぜんぜん違う。
もちろん、クラリスなどはこうした妊娠した女性の扱いも心得ている。
そのため、俺ができる一番のことは、これが必要だ、とか、こうしてほしい、という要求を可能なまでに叶えていくことではないかと思うのだ。
が、それでも必要ではないかと思うものがあった。
それは身重の体でこれからの寒い時期を乗り切るための道具だ。
つまり体を温める道具をもっと充実させようではないかと考えたわけだ。
そのためにバルカ城を微妙に改修した。
とある一室に暖房室のような部屋を用意したのだ。
そこには炎鉱石が設置されている。
その炎鉱石に対して魔石を投入すると超高温の炎が出て、その部屋の温度を暖める。
そして、その部屋には空気の通り道となる管が部屋の外へとつながるようにした。
すでに出来上がった城の内側に俺が魔力で無理やり硬化レンガ製の配管を作ったのだ。
そこに熱せられた空気が通って、リリーナの生活空間などに送り込まれる。
つまり、炎鉱石で熱した空気を他の部屋に送り込むエアコン代わりに使うことにしたのだ。
一応、バルカ城を作ったグランとも相談して配管をつないでいるので構造上問題ないはずである。
炎鉱石は薪が無くとも非常に高火力で暖かな空気を送ることができるし、煤などで汚れることもないはずだ。
他の部屋ともつながるようにしているので、酸欠で苦しむようなこともない空調システムが出来上がった。
だが、俺はそれだけで終わらせる気もなかった。
複数の部屋を一緒に暖めることになったためか、どちらかと言うと暖かいというよりも寒くなくなったというくらいなので、もうひと押し暖かい状況を作りたいと考えたのだ。
そこで目をつけたのが寝具だった。
貧乏農家とは違い、暖かい毛皮や毛布などがあったのだが、ふかふかの羽毛布団みたいなものがないということに今更ながら気がついた。
ならば自分で作ってしまおう。
そう考えたときに以前もらった使役獣の失敗報告にあった抜け毛の多い鳥型のことを思い出したのだ。
しばらくしてビリーからその鳥型を再現できたと報告があったので見に行く。
するとそこには丸々とした水鳥っぽい使役獣がいた。
俺が見ている前でもハラリハラリと毛が抜け落ちている。
が、どうやらこの羽毛はその鳥に十分な餌さえ与えていれば禿げ上がることもなくずっと抜け続けるらしいとビリーが教えてくれた。
自然に抜け落ちているのはきれいな小さな白い羽根だ。
だが、その鳥型の胸の部分をすくうように指で触るとふわふわのたんぽぽみたいな綿毛のような毛も取れた。
ダウンとフェザーみたいなものなのか?
こいつが本当に水鳥なのかどうかはあやしいが、実際にこの羽毛を使って布団を作ってみる。
ダウンだけやフェザーだけ、あるいは両方を混ぜてなどいろいろ試して布団を作ってみる。
そうして完成した。
なめらかで丈夫な布を用意し、そこに気持ちダウンの方を多めにした羽毛を入れて布団を作った。
その完成した羽毛布団は軽く、なめらかな肌触りでありながらも非常に暖かいものができあがったのだ。
クラリスと相談して、最後に布にきれいな刺繍をしてもらってからリリーナへとプレゼント。
まるで天国ではないかと思うほどの気持ちのいい羽毛布団に身を包まれたリリーナはあまりの使い心地にしばらく言葉を失った後に、涙をにじませながらお礼を言ってくれた。
よし、成功だ。
まともに家庭のことなど何一つしていないが、これで結構ポイントを稼いだはずだ。
リリーナの喜ぶ顔を見ながら、ついそんなことを考えてしまったのだった。
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