カーマス家との戦い
「アルス様、敵影発見しました。この先に進んだ川の向こうにカーマス軍が布陣しています」
「分かった。予想通りだな。ここでカーマス家を叩くぞ」
フォンターナ領の南隣にあるカーマス貴族領。
その領地に入る前にある川にカーマス家の軍勢5000が待っているという。
この数はフォンターナ家を相手にするのは少し少ないのではないか。
カーマス領目前の宿泊地で情報を得た俺達の中でそんな声も上がった。
だが、そうとも言えないだろう。
今回、迷宮街を攻略に向かった中でわずかだがリード家の人間も連れていっていた。
そして、無事に俺たちが迷宮街を攻略し、その支配権をメメント家に譲り、カーマス家に宣戦布告をした。
が、ここで重要なのは俺がリード家の人間に命じて【念話】を使って、一度フォンターナの街に連絡をとっていたということである。
つまり、カーマス家に宣戦布告を行ったのはあくまでもフォンターナの街から送られた使者であり、まだ迷宮街にいた俺たちではない。
そのため、宣戦布告を受けたカーマス家の人間は慌てて招集した農民で軍を構成したものの、自分たちの領地とフォンターナ領が接する北側に軍を派遣すればいいのか、あるいは、数日前に突如として南下していったフォンターナの騎兵団を抑えるため南を防衛すればいいのかがわからなかったのだろう。
だからこそ、おそらくは軍を分けたはずだ。
どちらにも対応できるようにとフォンターナ領と接する北側とその反対の南側に。
その意味で言えば、この南側に5000も待機させているのは優秀なのではないかと思う。
なにせ、数で言えばたった1000騎の騎兵だけの軍をきちんと警戒しているのだ。
ちなみにカーマス家と領地を接するフォンターナ領の3つの陣地には10000を超える軍を集めるようにカイルに指示している。
数字だけを見れば北に意識が行くほうが自然だが、釣られたりしなかったということなのだろう。
が、そんなことはあまり関係ないだろう。
なにせ、こちらは大貴族家の迷宮街をあっという間に叩き潰した精鋭揃いの部隊なのだ。
情報を得た次の日、フォンターナ騎兵団はカーマス家が待ち受ける場所へと突撃を仕掛けていったのだった。
※ ※ ※
「氷精たちよ、川を凍らせろ」
ヴァルキリー部隊の周りを覆うように宙に浮かんでいる氷精に命令を告げる。
この氷精は俺が【氷精召喚】で召喚していた青い光の玉のような氷の精霊たちである。
こいつらは一体ずつは強くはない。
が、なぜか他の人と違って複数の氷精を召喚できるので、変わった使い方をしていたのだ。
今回の遠征で使ったのは氷の精霊たちに周囲の「寒さ」を吸収させて気温の低下を防ぐというものである。
騎兵団の周りに氷精をだしていることで、その氷精たちが寒さを吸収すれば凍えるような寒さはなくなる。
といっても、風を切って走るヴァルキリーに乗っている以上、風の影響を受けるので寒いと言えば寒いのだが。
だが、雪が降り始めている状態ならば氷精を数多く召喚しやすく、維持もしやすい。
そのために、騎兵団として移動中はずっと氷精を出しっぱなしにしていた。
その氷精たちにカーマス家が陣取る手前にある川の水を凍らせるように指示した。
今まで寒さを吸収していたからだろうか。
以前、アーバレスト家と戦ったミッドウェイ河川の水よりも手早く凍らせることができたように思う。
複数の川が流れ込んで大きくなったミッドウェイ河川よりもここの川は狭く水量が無い。
それも速く凍った要因ではあるだろう。
だが、それを見て明らかにカーマス軍に動揺が走った。
……なるほど。
もしかするとアーバレスト家と俺が戦ったときの状況を詳しく知っているのかもしれない。
以前、俺がアーバレスト家に対して完勝した際にとった方法がこの川の水を凍らせるというものだった。
その氷の上にいたアーバレスト軍はすべて焼死した。
氷を炎に変える俺の持つ魔法剣、氷炎剣の力によってだ。
それを警戒しているのだろう。
だからこそ、カーマス家は動かなかった。
凍った川の氷の上をヴァルキリーに騎乗した騎兵たちが続々と前に進み、お互いの距離が近づくのを見ても動かなかった。
それをいいことにフォンターナ軍も気にせず速度を上げながら待ち受けるカーマス軍に接近する。
だが、その騎兵団が後少しでカーマス軍にたどり着くという直前になって、相手に動きがあった。
カーマス軍の先頭に立つ身なりの良い男が前に出て、大きな木の杖を握りながら魔法を唱えようと動く。
その姿を見ると、その男は魔力量が他の者よりも多い。
しかも、それは通常の騎士よりも遥かに多い魔力を持っていた。
おそらくは当主級。
貴族同士の戦いでは通常ならば当主級の力は温存するのがセオリーだ。
だが、カーマス軍をまとめる当主級である男は初撃でフォンターナ軍に手傷を与える作戦のようだった。
【王水津波】。
カーマス家に伝わる上位魔法の名前だ。
文字通りの恐ろしい攻撃能力を持つ魔法をカーマス家の当主級が放とうとしている。
王水というのは強力な酸性の液体だ。
それを津波のように出現させ、相手に向かって押し流す。
それがカーマス家の上位魔法たる【王水津波】の効果だ。
ウルク家の【黒焔】やアーバレスト家の【遠雷】もやばかったが、こいつも相当やばい。
聞いた話では津波の高さは1mくらいらしいが、それでもまともに喰らえば即死級だろう。
なにせ、【壁建築】するにしても横幅5mの壁では完全には防げないだろうから。
だから、俺はそれを封じた。
カーマス家の先頭に立つ男が【王水津波】を発動しようとした瞬間、魔道具を発動させたのだ。
【封魔の腕輪】。
迷宮街に保管されていたマジックアイテムのひとつだ。
迷宮街を攻略した折に保管されていたこの封魔の腕輪を頂戴してきた。
そして、それを今、使用した。
その効果は腕輪の周囲に一切の魔法を発現しないというもの。
情報では効果範囲はかなり広めなようで戦場一つを丸々カバーできるとされているという。
そして、それは正しかった。
カーマス家の当主級が杖を振り上げて発動しようとした【王水津波】は、しかしなんの現象も引き起こすことがなかった。
実はこの封魔の腕輪こそが、カルロスや王殺しの元凶がパーシバル家であるとした理由の一つだったりする。
王を護送していたカルロスがいくら不意打ちとは言え、なんの抵抗もできず、王を守ることもできずに壊滅したのは不可解だった。
そして、その場にいたリオンの証言で、襲われたカルロスは【氷精召喚】という上位魔法を発動せずに剣で立ち向かおうとしていたと聞いている。
つまり、カルロスはなんらかの理由で魔法を使えず、武器のみで抵抗するしかなかったのではないか。
では、それはなぜか。
それこそ、迷宮街に保管されているという【封魔の腕輪】による魔封じによるものではないか、というのがこちらの主張だ。
実際、それは合っているのではないかとも思った。
なにせ、【王水津波】という自身が持つ最高の攻撃を放とうとしてそれができなかったカーマス家の当主級の男は完全に混乱していたからだ。
何度も自分が持つ杖を見ながら振り、魔力を込めて魔法を発動しようとする。
が、それは叶わなかった。
そして、そこへフォンターナ軍が激突した。
こちらも封魔の腕輪によって魔法を使うことはできない。
この腕輪の効果は相手に対してかけるデバフではなく、フィールド効果みたいなものなのだろう。
どちらの陣営も魔法が使えなくなる。
が、なんの問題もなかった。
なぜなら、先頭を駆けるヴァルキリーに騎乗する俺が手にしている武器は聖剣グランバルカなのだから。
魔法を使えなくとも魔力を込めることはできる。
そして、魔力を込めたこのグランバルカはあらゆる物を切り裂くほどの性能を持つ、斬鉄剣という名称を与えたほどの名刀なのだ。
もしかしたら、このグランバルカをカルロスに預けていれば、あるいは今頃カルロスも生きていたのかもしれないな、と思わなくもない。
が、今更そんなことを考えても仕方がないか。
聖剣グランバルカがあっさりとカーマス家当主級の体を斬り飛ばし、更にそのままカーマス軍を蹴散らしながら、俺はそんなことを考えていたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
ぜひブックマークや評価などをお願いします。





