迷宮探索行
……なんでこんなことになったんだろうか。
思わず出そうになったため息をこらえて歩く。
わたしが今歩いているのは迷宮内だ。
しかも、今まで一緒に迷宮に潜っていた仲間とは違う人がわたしたちの後ろを歩いてきている。
本当になんでこんなことになったんだろう。
ある日突然侵攻してきたフォンターナ軍によって迷宮街は陥落した。
そして、その直後にわたしは迷宮街を完膚無きまでに叩き潰したアルス・フォン・バルカその人を連れて迷宮に潜ることになったのだ。
無事に帰ることができるんだろうか。
がんばれ、わたし。
※ ※ ※
「君がリュシカさん? 俺の名はアルス・フォン・バルカだ。よろしく」
「あ、あの……。よ、よろしくおねがいします。アルス・フォン・バルカ様」
「ああ、頭を上げて。別に君になにかしようっていうわけじゃないから。こっちのお願いを聞いてほしいだけだよ」
「す、すいません。なにか粗相をしたのでしょうか。そ、その、わたし全然覚えがなくて、申し訳ありません」
「いや、そうじゃなくてね。ん〜、困ったな。さっきも言ったとおり、別に君になにかしようっていうわけじゃないんだよ。ちょっとお願いがあるだけだから」
「はい、わかりました。なんなりとお申し付けください」
「君はこの迷宮で深層って言われているところまで探索する、熟練の探索者だって聞いた。そんな実力者の君にお願いがあるんだ。俺も一回迷宮に入ってみたいから案内してくれないかな?」
……何言っているんだ、この人は?
大貴族パーシバル家の領地にまでいきなり土足で踏み込んできて、その領地の中でもとびっきりの重要地点である迷宮街に侵攻をかけた。
そんな迷宮街を鎧袖一触で打ち破ったと思ったら、迷宮に入りたいだって?
しかも、それを案内させようとしてなんでわたしを指名するのか。
怪我をして休んでいた仲間を避難させ、さらに迷宮街に住む住人たちが逃げようとして大渋滞を起こしていた壁門で誘導をしていたら、急に探索組合から呼び出されて来てみれば、なんでこんなことになるの?
というか、これってどう考えても組合連中がわたしのことを教えたってことよね。
他に探索者なんていくらでもいるじゃない。
女のわたしに押し付けるとかあんまりだ。
だけど、どう考えても拒否なんてできないだろう。
だって、わたしの目の前にいるこの少年は迷宮街管理区にいた迷宮街領主のあいつを倒してきたのだから。
あいつがいかに評判が悪かったとは言え、実力はわたしのはるか上だった。
逃げようとしたら殺されるだろう。
わたしは諦めて、このアルス・フォン・バルカなる人物を迷宮に案内することになったのだった。
※ ※ ※
「おおー。すごいぞ。さすが迷宮ってだけあるな。地下に続く洞窟って感じなのに光があるのか。すげえ」
「いいんですか、アルス様? 迷宮街に来たばかりでこんな迷宮めぐりなんてしていても」
「まあ、大丈夫だろ。一応、この迷宮街は完全に攻略して、現場での指揮権は父さんに預けているから問題ないよ。つーか、なんでお前がここにいるんだ、エルビス?」
「はは、バイト様にお願いしてアルス様の護衛についてく許可をもらったんですよ」
「護衛か。まあ、迷宮内に入るならいたほうがいいけど、タナトスがいるからな。巨人化しなくてもお前より頼りになりそうで、護衛として役に立つのかって気もするけど」
「それなら荷物持ちでもなんでもしますよ、アルス様。こう見えて、昔から荷物を運ぶのが得意なんですよ、自分は」
「とかなんとか言って、お前実はこのリュシカ狙いなんじゃねえのか、エルビス? さっきから視線がチラチラ向こうを向いているようだけど」
「ち、違いますよ、アルス様。俺は真剣にアルス様のことを思ってですね」
「はいはい。隠さなくてもいいから」
「あの……、おふたりともちょっといいですか。ここはまだ迷宮に入ったばかりであまり危険ではありませんが、それでも迷宮の中なのです。油断は常に死を招きます。あまりおふざけにならないほうがよろしいかと思います」
「ああ、ごめん。そうだよな」
「す、すいません、リュシカさん」
迷宮に入ると言ってわたしについてきたのは3人だった。
アルス・フォン・バルカ様と巨人化する男、そして、エルビスという青年騎士だ。
巨人さんは特に喋らずに注意を払って行動しているが、この人この迷宮内で戦えるのだろうか?
迷宮はある程度広さがある洞窟のような形をしているのだが、それでもあのときの門を壊したときのように巨大化されたら一緒にいるわたしまでもぺちゃんこになりそうなんだけど。
対して、よく話をしているアルス・フォン・バルカ様と騎士エルビス。
結構仲が良さそうだが、所属的には直属の配下ではなく、バルカ様の兄であるバイト・バン・バルト様の騎士なのだそうだ。
なんでそんな人がと思うが、さっきからわたしのことをチラチラと見ているのは本当だ。
だけど、これも油断ならない。
わたしに気があると見せかけて、何かあればいつでもわたしを斬るつもりなのかもしれない。
……怖い。
なんでこんな味方に怯えながら迷宮に入らないといけないのだろうか。
おうちに帰りたいよー。
そんなふうに心のなかでは怯えながらも、探索者の矜持として常に堂々とした行動を意識する。
弱みを見せて良いことなんて一つも無いからだ。
アルス・フォン・バルカ様が迷宮について詳しく話を聞きたいと言えば、知りうるかぎりのことをお教えする。
いくらでも聞いてほしい。
説明して話している方が逆に心が落ち着くから。
「なるほど。ようするに迷宮っていうのは魔力の過剰地点ってことか。魔力量が特別に多い地点に起きた突然変異的な土地で、その内部がおかしくなっていると」
「ええ。といっても、迷宮は魔物の一形態であるとか地面を掘る魔物の作るものと言う人もいるようで、何が正解なのかはわたしもあまり詳しくは知りません。ですが、その内部は濃密な魔力にあふれていて、しかも深層に行けばいくほど濃度が濃くなります。そこには魔物も住み着いていますが、魔石なども産出され、主にその魔石が探索者にとっての収入源ということになります」
「奥に行くほど高く売れる魔石が採れるっていうことだよな? ティアーズ家の【能力解放】で探索者は強くなるって聞いたけど、どういう仕組みなんだ?」
「【能力解放】の仕組みですか? 特別な魔法とは聞きますが詳しくはわかりません。けれど、探索者になる際に必ず儀式を行い、その儀式をした者は迷宮に潜り、一定深度を超えると【能力解放】を受ける権利を得ます。そこで自身に見合った強さを得ることになります」
「必ず受ける儀式? 探索者っていうのは必ず迷宮に潜る前にティアーズ家になにかされるのか?」
「いえ、少し違います。正確には探索組合に、ですね。探索者を志した者はまず探索組合に登録します。そして、登録を終えると迷宮に潜る許可を得ることになるのですが、そこで儀式を行うのです。といっても、わたしたち探索者が儀式と言っているだけで、ただの苦い薬を飲むだけなのですけど」
「薬?」
「はい。それを飲んで迷宮に潜ると体に迷宮の魔力が馴染みやすくなると言われています。魔力が体に馴染めば馴染むほど、【能力解放】の魔法を受けたときに体の機能が向上しやすいらしいです」
「へー。そんな薬もあるのか。後で組合から見せてもらうか。で、一定深度に潜るって言ってたけど、あそこに見えるのがその基準点か?」
「あ、はい。そうです。あれが、転送石です。この迷宮には時々ああいうふうに大きい特殊な石があるんですが、あの石に触れて魔力を通すと迷宮入り口近くにあった別の転送石に一瞬にして送り届けられるんですよ。一度でも転送したことのある石に対してであれば、今度は入り口の転送石からこちらに移動することもできるので、探索には必須ですね」
「まじか……。本当にこんなファンタジー要素満載のものが存在するのか。まじですげえな」
迷宮に入り、かなりの距離を移動してきた。
その間、周囲に注意しながらも迷宮についてのあれこれについてアルス・フォン・バルカ様に説明しながら進んだが、巨人さんが遭遇した魔物をすべて一撃で叩き潰していたので、なんの問題もなく移動することができた。
そんなわけで、こうして割と簡単に迷宮にある転送石のもとまでたどり着くことができた。
どうやら、アルス・フォン・バルカ様は迷宮の中でもこの転送石が見たかったようだ。
転送石に触れたかと思うと、実験だ、といって荷物持ちをしてくれていた騎士エルビスに実際に転送させた。
もちろん、わたしが偽物の転送石に案内したわけではないので騎士エルビスは転送石に魔力を送ると一瞬にして姿が消える。
それを見てものすごく驚いていた。
が、すぐに騎士エルビスが戻ってくると、今度は自分も、と言いながら転送しては戻ってくるを繰り返している。
なんどか転送を繰り返した後は、今度は転送石にペタペタと触りながら、周囲をくるくる回って観察していた。
ふふ。
なんだか、その姿を見ていると白い悪魔とも呼ばれる人が年相応の子供に見える。
そういえば、わたしも初めてこの転送石を使ったときはひどく興奮したものだ。
そう思うと、なんとなくかわいいとすら思えてくる。
「記憶保存。……おっ、これ記憶できるんだな」
「……え? 記憶、ですか?」
「うん。この転送石を記憶した。これでいつでも同じものを作ることができそうだね」
そう言って、迷宮の地面に手を触れたアルス・フォン・バルカが魔力を練り上げて何かをする。
すると、次の瞬間には転送石の数がその場にもう一つ増えていた。
……ありえない。
転送石は今まで多くの人が研究して、その仕組みすら判明していないはずだ。
それを……作った?
ちょっと待ってほしい。
これってわたしは見てはいけないものを見せられているのではないだろうか。
わたしの目の前で複製した転送石で再び転送して姿を消したあと、また戻ってきたアルス・フォン・バルカ様の背中をみてわたしは冷や汗が止まらなくなったのだった。
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