リュシカの眼
「な、なにあれ……」
「やばいわよ、リュシカ。あいつら、壁門を突破して中に入っていったわよ。このままじゃ迷宮街がめちゃくちゃにされてしまうわ」
だめだ。
頭がうまく働かない。
隣でジェーンが大声でこちらへと話しかけているのはわかる。
が、それでも、わたしの意識は隣にいるジェーンよりも、迷宮街の中に入り込んでしまった白い悪魔たちに釘付けになっていた。
いったいなんなの、あいつらは?
迷宮に潜って【能力解放】を受けた者はその人それぞれの能力が向上したり、魔法を使えるようになったりする。
わたしの場合、特に眼が良くなった。
【遠見】のようにすごく遠くを見通すこともできるが、それ以外も変わった力がある。
それは相手の姿を見れば、おおよそだがその強さがわかるというものだ。
そのわたしの自慢の眼が今は信じられない。
だってそうでしょう?
あそこにいる使役獣に乗った連中はどいつもこいつも信じられないくらい強いのだ。
迷宮に潜ることが多いとはいっても、それ以外の仕事を受けた経験で今まで何人もの騎士たちを見たことがある。
あそこにいる騎兵たちはそのどれもが騎士と同じか、あるいは一般的な騎士よりも強い。
その強さの騎士が、ざっと見ただけで多分1000人くらいはいるはずだ。
もう一度、突破された門の外、つまり、騎兵隊が走ってきた方向を見る。
……いない。
どれほど【遠見】を使っても他に部隊の姿は見えなかった。
つまり、あれが向こうの戦力全てなのだろうか?
昔、大雑把に強さの基準を聞いたことがある。
貴族は騎士を配下にし、騎士は従士を率いて、従士は一般兵をまとめて戦に向かう。
おおよその場合、そこにおける階級は強さと一致するという。
従士は一般兵が10人まとめてかかっても勝利する。
騎士は従士を10人まとめて相手にしても互角以上に戦うか、あるいは勝ってしまう。
そして、貴族の当主級はそんな騎士が複数まとまって攻撃しても相手取ることができるとかなんとか。
もちろん、そんな単純に計算ができるものではないが、少なくともそれくらい強いという表現としてはあながち間違いではないと思う。
つまり、騎士相手には弱いものが数だけで対抗しようとしても蹴散らされてしまうのだ。
……そんな騎士を超えるような実力の者だけが1000人近く集まって組織的に行動している。
ちょっと意味がわからない。
わたしだって迷宮深層に潜るだけあって、騎士相手にも意外といい相手をするし、なんだったら勝ってしまったことだってあった。
だけど、それは一対一で邪魔が入らない状況での試合みたいなものだ。
騎士が強いのは身体能力だけではない。
雑魚を圧倒するだけの実力を持ちつつ、良質な武器などの装備を有しているからだ。
例えば、剣一つとってもそうだ。
お互いが同じ実力であれば、所持している武器によって勝敗が決まることはよくある。
つまり、相手よりもより良い武器を持つ者、つまり出自が良くて金を持っているやつらというのはそれだけで強者なのだ。
だというのに、あの連中の持つ武器は異様だ。
今も、侵入した騎兵隊を止めようと出た守備兵を切り捨てた剣一つとっても業物だというのがわかる。
普通の剣と違い、剣身にまだら模様が入っていてどこか妖しい光を放っている。
が、それはあくまでもあの集団の持つ武器の中では一番格が低そうなものだった。
騎兵隊の半分くらいが魔法剣を所持している。
わたしの眼は本当にどうしてしまったのだろうか。
そんなことあるはずない。
高価な魔法剣は貴族家や騎士家に代々伝わるような代物で、一つの部隊の半分が所持して実際に戦闘に使っているなんて考えられない。
が、どう見てもあれは魔法剣としか思えなかった。
……多分、切れ味が良くなるか、あるいは折れにくいという効果を発揮する剣なのではないだろうか。
魔法剣そのものが魔法を飛ばすようなものではないようだが、どうも恐ろしく頑丈なのだと思う。
だって、今も守備兵の金属鎧ごと叩き切っているのに、全然剣が傷んだような感じがしていないのだから。
けど、そんな魔法剣すら霞んでしまっている。
最初に門を突破した巨大化男も大いに目立っているが、それ以外もやばい奴らがいたからだ。
……当主級、なのだろう。
迷宮街に入り込んだ騎兵隊の中にとりわけ強そうな人が何人かいた。
その人達が魔法を発動した。
それもそのへんの騎士が使う普通の魔法ではなく、上位魔法と呼ばれる魔法だ。
大きな氷の動物たちが迷宮街で暴れまわっていた。
一番遠くまで走っていったのは氷の狼だろうか?
騎兵隊の一番後ろには殿担当なのか、大きな氷の亀が後方からの攻撃を防いでいる。
その他にも氷の蛇や大猿なんてのもいる。
……当主級、なのよね?
いやいや、おかしくない?
だって普通は当主級の実力者は5000とか10000とかの大軍を任されるんじゃないの?
なんで、たった1000人の中にこんなに当主級がいるの?
それに普通は当主級の実力者がいても、戦では温存するという話を聞く。
理由は簡単だ。
普通の騎士は当主級相手だと束になってもかなわない。
なので、当主級を相手にする場合には相手側も当主級をぶつけるからだ。
もし、相手の当主級が出てきたときにすでに力を使っていたら負けてしまう。
なので、相手の当主級が出てくるまでは様子を見るというのを聞いたことがある。
でも、そんなこと関係ないか。
だって、この迷宮街に攻めてきている時点でここにいる当主級のことなんて調べているだろうし。
「ねえ、どうするの、リュシカ? あいつらを止めに行かなくていいの?」
「本気で言っているの、ジェーン? わたしたちに止められるわけないじゃない。出ていっても無駄死にするだけだわ」
「でも! この迷宮街には知り合いもたくさんいるのよ。それに怪我をして体を休めているあの子達だっているんだから……」
「だったら、なおさら止めに行くのはやめましょう。多分、この迷宮街は負けるわ。なら、それを前提に動きましょう。幸い、あの騎兵隊の進行方向にはあの子達の宿はないわ。避難を優先すべきよ」
「くっ。分かったわよ。でも、パーシバル家が出てくるんじゃないの。あいつも曲りなりにも当主級なんだから、ここで逃げるわけにもいかないでしょう?」
「……無理でしょうね。格が違うわ。あんな寄生して迷宮に潜って魔力量だけを上げたようなやつは、たとえ当主級たる上位魔法を持っていても白い悪魔に勝てるとは思えないから」
この地を治める大貴族であるパーシバル家。
当然、この迷宮街を統治するために当主級と呼べる存在がいる。
だけど、あいつが役に立つとも思えなかった。
迷宮街は迷宮を中心に発展した街だ。
その迷宮から魔石や武器防具の素材が採れる。
だから、ここはパーシバル家にとっても重要な場所と言える。
もちろん、その重要拠点を守るためにもこの地にパーシバル家の当主級を置いている。
だが、今ここにいるのは家柄によって当主級になった男で評判は悪い。
代々、この迷宮街を治める当主級は自身も迷宮に潜って腕を磨くのが習わしで尊敬される強さと迷宮に対する深い知識と怖さを持っていた。
だけど、今の代の迷宮街領主は迷宮に潜る際に護衛をつけていたのだ。
迷宮深層に潜る実力のある者に迷宮内の戦闘を任せ、その後に付いていくだけ。
当然、深層に潜るような実力者であっても護衛対象がいるというのは普段どおりに動けずにやりにくい。
だというのに、あいつはそれまでの高潔な迷宮街領主たちとちがって横柄でわがままで人の言うことを聞かなかった。
わたしたちの探索隊は女性だけで構成されていたが、一度だけ受けた依頼でひどく嫌な思いをしたのは今でも覚えている。
けれど、そんな「連れ回し」という行動であっても魔力が濃密に漂う深層での活動を経験すると魔力量が上がるらしい。
もちろん、自分に都合の良い者を騎士に任命してそれで魔力量を上げているというのもあるだろう。
だからこそ、結果を見届ける必要もなくはっきりと分かる。
魔力量だけのやつがあの騎兵隊に勝てるとは思えない。
だって、そうだろう。
あの騎兵隊の中にとびっきりの化け物がいるんだから。
上位魔法を使う当主級になにか命令しながら、迷宮街の管理区に向かって突き進んでいる。
多分、そのままあいつがいる管理区で戦闘になるだろう。
「行きましょう、ジェーン。命あっての物種だわ」
「ええ、そうね。分かったわ、リュシカ。でも、街に住む人達の避難くらいはできるはず。あの子達を逃したら、大渋滞を起こしている他の門の避難民の誘導に行くわよ」
「ええ、できることをやりましょう」
そして、わたしたちは仕事を放棄して外壁を降りていった。
後で探索組合がなにか言ってくるかもしれないけれど、どうとでもなるだろう。
そのまま、宿に戻り、怪我をした仲間を外へと逃してから避難民の誘導を行う。
そうして、知った。
迷宮街管理区でふんぞり返っていたあいつが白い悪魔によって倒されたということを。
わたしたちの迷宮街は、その日陥落したのだった。
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