行商人の思惑
ひどい不作が続いている。
何年にも及ぶ飢饉によって、人は死に、大地は荒廃した。
人間というのは愚かなものだ。
もともと戦争を繰り返していたというのに、近年では食べ物を争ってさらなる戦が勃発している。
そんななか、俺はとある食べ物に出会った。
ハツカと呼ばれるものだ。
どこにでもあり、荒れた畑でも育つことで有名なものだ。
だが、味がひどく食べられたものではない。
何でも食べる雑食性の家畜でもなければ食べないため、貧乏農家の作るクズ野菜として知られている。
だが、このとき食べたハツカは違っていた。
味はまずい。
まずいのだが食べられないというほどでもなく、腹を満たすだけなら問題ないだろう。
塩漬けにされたハツカは作物の育たない冬でも食卓に上がっていた。
それまでのものよりも大ぶりなので、シャキシャキした歯ごたえもあり、食べごたえもある。
このハツカがほかのハツカと違う点はほかにもある。
それは育つスピードが他のものよりも早いのだ。
普通のハツカは20日ほどで食べられるようになる。
だが、こいつはその半分ほどでも十分に育つのだという。
これがごく一部の地方で密かに広がり始めていたのだ。
これがあれば、不作を乗り越える農家が増えるかもしれない。
俺は行商人だ。
戦があればものが動き、利益が出る。
出そうと思えば利益を出すことはできる。
だが、ここまで世の中が荒れていてはさすがに困る。
このハツカがあれば、少なくとも餓死するものの数は減るだろう。
こうして、俺はこのハツカについて少し調べてみることにしたのだった。
北の森近くにある辺鄙な村。
そこがこのハツカのルーツのようだ。
森で新種のハツカでも発見されたのだろうか。
俺は調査も兼ねてその村へと行ってみることにしたのだった。
ついてみて驚いた。
最近ではどこの村に行ってもどんよりとした辛気臭い雰囲気が漂っているものだ。
だが、この村ではそういったものが感じられなかった。
行商をしても、みな貧乏ではあるが餓死寸前というわけでもない。
どうやら例のハツカを村中で育てており、空腹とは縁遠い生活を営んでいるようだった。
そんな中で、俺はひとりの少年と出会った。
洗礼式もすませていないまだまだ幼い男の子だ。
その子は大量のサンダルを売りたいようだった。
例のハツカの茎で作ったサンダルだった。
これにも驚かされた。
普通のものよりも茎がしっかりとしているのか、かなり丈夫そうだったのだ。
通常ならばサンダルはあまり買い取りたいものでもない。
単価が安い上にそれなりに場所をとるので利益も出ないのだ。
だが、この村は森のそばでこれ以上先へと行商を続けるわけでもなく、これから街に戻るルートへと通るだけだった。
この村で売って減った商品のぶんだけ荷物に空きが出る。
その穴を埋めるためにもこのサンダルを買ってもいいだろう。
そう思って、俺は少年からサンダルを買い取ったのだ。
この少年だが不思議な子どもだった。
非常に聡明だったのだ。
どうやら初めてお金を見たようだ。
であるというのに、サンダルの買取金額では即座に総額の計算をやってのけた。
通常、農民というのは数の計算が苦手なものが多い。
だが、その頭の良さは俺に対する質問攻めでも発揮されてしまったのにはまいった。
なにか売れるものはないかとずっと聞いてくるのだ。
俺は各地を回って得た商品情報をすべて話す勢いで質問に答える事になってしまった。
サンダルと一緒に大量のハツカも買い取り、それからはいろんな村へと回った。
各地の農家にそのハツカを栽培するように促したのだ。
といっても、どこの村でもハツカなんて育てている。
新しい種類のハツカだといっても、わざわざ買い取ってまで育てようと考えるものはいない。
サンダルとセットでハツカを売るようにした。
そのおかげかはわからないが、購入者はゼロではなかった。
そこまで言うならと話半分で興味を持って栽培するものも少数だがいたのだ。
俺はそんなふうに各地を回っていたが、何かにつけて例の村の少年のことが頭に浮かんだ。
やはり、あの少年の頭の回転の速さは農民のものとは思えない。
そう感じていた俺は、なぜかまた少年に会いに行ってみる気になったのだった。
それからは定期的に北の村へと行商へ訪れた。
例の少年は毎回サンダルを持ってきてくれた。
そして、そのたびに長時間の質問攻めを繰り出してきた。
だが、それは決して嫌なものではなかった。
いつしか俺はその時間を楽しみにするようになっていた。
少年との関係は年を越しても続けていた。
村を訪れるたびに見る少年はどんどんと大きくなっていく。
その少年がいつの頃からかサンダル以外も売りつけてくるようになった。
魔力茸だ。
森で取れる魔力茸は貴重であり、高値で取引される。
今まで大した利益のでなかったこの村への行商だが、これで十分もとが取れる。
だが、こんな小さな子どもが森に入っているのだろうか。
それはあまりにも危険すぎる。
せっかく知り合えた少年がまだ小さなうちにいなくなってしまうのは悲しすぎる。
俺は森に入るのはもう少し大きくなってからにしたほうがいいのではないかと忠告した。
だが、問題ない、の一点張りだ。
少年は絶対に自分は大丈夫だという確信に満ちた目をしている。
しかし、これは危険だ。
今までこのような目は何度も見てきた。
妄信的な自信を持つ若者はこれまでも数多くいたからだ。
自分ならば大丈夫。
そう言って死んでいった才能ある若者も多かった。
せめてそうならないようにしてやりたい。
そう考えた俺はほかに少年から買い取れるものがないか考えた。
そして、それはすぐに見つかった。
レンガだ。
少年の家の裏には物置として使っているレンガ造りの建物がある。
最初はこの物置のほうが少年の家かと思うほどしっかりしている建物だった。
俺はそのレンガに目をつけたのだ。
このレンガは驚くべき精度で作られていたのだ。
すべて寸分たがわず、全く同じものではないかと思ってしまうようなレンガだったのだ。
しかも、すべての面が恐ろしいほどきれいな面をしており、狂いがない。
ただ積み上げただけでもしっかりした建材になるのではないかと思ってしまうくらいだった。
そんなレンガが物置の近くの地面にゴミのように山積みされていたのだ。
なんのためにこんなにレンガを作ったのだろう。
ちらっと聞いた話ではほかの村人が勝手に持っていって使ったりもしているそうだ。
それならこっちが買い取ってやってもいいだろう。
なにせ今ならば建材となるレンガを買い取ってくれるところがあるのだから。
そう思って少年にレンガを売らないかと話を持ちかけた。
だが、その俺に対して少年は驚くべき返答を返してきた。
レンガよりもこっちを買い取らないかと、とある食器を出してきたのだ。
やはりか……。
俺はその食器を目にして少年の正体に察しがついた。
見たこともないほどきれいな食器に、ガラスでできたグラスまである。
こんなものは農民が持っているはずがない。
少年の農民とは思えないほどの異常な頭の良さ。
少年はおそらく貴族出身なのだろう。
多分あれは先祖伝来の家宝に違いない。
この村でほかの農民と一緒のボロボロの服を着て生活しているところを見ると、没落した家系なのかもしれない。
それにしても、こんな貴重なものを他の人にも見せて回っているのだろうか。
話を聞きつけた盗賊がやってこないとも限らない。
俺は少年にこの家宝のような食器をむやみやたらと人に見せないほうがいいと言って聞かせようと思った。
だが、以前の森へ入るなという忠告のときのことを思い出す。
大丈夫だとこちらの話を聞く耳すら持たないかもしれない。
そう考えた俺は別方向から説得してみた。
それは、自分にはこの食器を売るためのコネがないから無理だというものだった。
それを聞いた少年は素直に、そうか、とうなずいて、それ以降食器については話を持ち出さなくなった。
まあ、欲が出て1セットだけ格安で購入はしたのだが。
そんな風に少年とのやり取りは続いた。
早いもので少年は洗礼式を終えるほどの年齢へとなっていた。
洗礼式を終えたら、どこの家庭でも子供の魔法によるいたずらに難儀するものだが、そんな気配はかけらもなかった。
そんな少年、もといアルスには再び驚かされることになった。
それはアルスが買った使役獣の卵がなんと騎獣型として生まれたからだ。
アルスのすごいところは常に向上心があるところだろう。
レンガや魔力茸といったものを売っているにもかかわらず、常に新しい売り物がないかと探している。
以前、その理由を聞いたことがあった。
戦争に行くための武器がほしい。
それがアルスの話してくれた理由だった。
やはりそうか。
アルスは戦で武勲を立てて没落した貴族家を復興させたいに違いない。
もしかしたらアルスの両親は本当の親ではないのかもしれないと思った。
何らかの理由があり、家宝を手に逃げ延びた貴族の子を預かり育てているのではないだろうか。
それはヴァルキリーという使役獣にこともなく乗りこなすアルスの姿を見て確信へと変わった。
こいつは間違いなく大物になる。
俺の中で予感がした。
ここはひとつ、より強固な関係を築いておく必要があるかもしれない。
そう思った俺は取引を持ちかけた。
アルスの育てる使役獣を専売するという取引だ。
これまで大した利益も出ないサンダルを買い取ってきた事もあったのだろう。
アルスの中でも俺のことはそれなりに信用に値する人物だと思われていたようだ。
取り決められた契約条件はほとんど対等に近いものだった。
この関係はなんとしても保たなければならない。
いずれ大きく成長し、貴族へと復帰するその時までに、今よりもさらなる信用を得なければ。
こうして、俺の人生はいつしか辺境の少年を中心に回りだしたのだった。
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