振動の活用法
「あー、テステス。こちらの声が聞こえますか? 応答してください」
「聞こえてるよー、アルス兄さん。……で、これは何? なんで遠くに離れたところにいるボクにアルス兄さんの声が聞こえるの? もしかして、アルス兄さんも【念話】を使えるようになったとか?」
「違うよ、カイル。俺は【念話】を使えない。これはグランの発見したヴァルキリーの角にある共振動現象を利用した道具によるものだよ。ありがとう。試運転は無事終了だ」
俺はフォンターナの街に新たに建てる時計塔の基礎部分を魔力で作り上げた。
地下深くにまで伸びるような硬化レンガの支柱をいくつも作ることで、新たな地震があってもなるべく倒壊することがないようにしっかりと作っている。
その後、他のバルカの騎士が【硬化レンガ生成】という魔法で作った山のように積んだレンガをグランが指示して壁を作らせている。
壁ができたらあとは時計塔内部の機構を作るだけだが、これはもう完全にグランまかせだ。
なので、俺は別に作ったものをカイルと一緒に使ってテストしていたのだ。
作ったのは非常にシンプルで、前世では子供の玩具として作ったものを参考にしている。
それは糸電話だ。
2つの紙コップの底に一本の糸を付け、片方のコップに口を近づけて声を出す。
すると、もう片方のコップに耳を当てていると、向こうの声が聞こえるというものである。
基本的な構造としてはこの紙コップの糸電話と同じようなものを作ってみた。
といっても、今俺とカイルがもっているのは糸ではつながってはいない。
箱の側面に空いた穴に布を張り、そこに同じ形に加工したヴァルキリーの角を取り付けていたのだ。
ヴァルキリーの角は同じ形に加工したもの同士であれば共振動現象を起こして遠隔で震え合う。
つまり、箱に向かって声を発すると、その声という名の空気の振動が箱の側面にある布を震えさせて加工角を振動させるのだ。
そして、その振動が別の箱の布を震えさせることで、離れた場所でも俺の話し声を聞くことができる。
糸でつながっていなくとも声が聞こえる立派な電話の出来上がりである。
「うーん。けど、これなら別にボクの【念話】のほうが使いやすくないかな? 確かに魔力がいるし、リード姓のある人じゃないとできないけど、道具なんていらないんだし。それに、この電話っていうのは会話しにくいよ、アルス兄さん」
「まあ、たしかにカイルの言う通りだわな。加工角も同じ形のものにしか反応しないから、話す相手を臨機応変に変えることもできないからな」
「じゃあ、あんまり意味ないんじゃないのかな?」
「いや、そうとも言えないぞ。こいつのいいところは一気にたくさんの人に声を届けることができるってところにある。それにリード家じゃなくても使えるっていうのも利点だ。やり方次第じゃ、むちゃくちゃ役立つと思う」
「もしかして、アルス兄さんはこれの活用方法をもう思いついているの?」
「もちろんだ。バルカに放送局を作る」
今、俺が作ってカイルと試しているのはあくまでも試作品だ。
カイルの言う通り、中途半端な電話機なんて作っても【念話】のほうが便利なのは間違いない。
だから、俺はこの加工角の活用方法を電話ではなく、別のものにつかうことを考えていた。
それは「ラジオ放送」だ。
加工角は同じ形であれば、すべて寸分たがわぬ振動を同時に再現する。
であれば、これの活用は一対一の関係で使うよりも、一対多の関係で使ったほうが効果を発揮するはずだ。
まずは、発信器を作り上げ、そこに相手に聞かせたいものを吹き込む。
すると、たくさん作った受信器がそれを受け取り、全く別の土地にいながらにして同じ内容の話を聞くことが可能になるのだ。
これは立派なラジオ放送と言えるのではないだろうか。
これをバルカで作り上げる。
バルカが発信する情報を各地に送り届け、相手はそれを享受する関係を作り上げる。
多分、ウケるはずだ。
このあたりの人々の生活では、多くの人が娯楽に飢えている。
毎日生きていくだけでも精一杯で、冬を越すことも難しい人もいるくらいなのだ。
そんな人が楽しめる娯楽を提供しようではないか。
ラジオならば一つあれば、その周囲にさえいればみんなで楽しむことができる。
個人では購入できなくても、例えば教会や学校、あるいはそのへんのお店でかかっているラジオを聞くことができるかもしれない。
それになにより、音というのがいい。
貧乏で勉強したことがない人は文字が読めないため、新聞などを発行したとしても読んで理解できないのだ。
だが、耳から入る話であればほとんどの人が理解できる情報ツールとなる。
こうして、俺はラジオ用の発信器と受信器を開発することにした。
なるべく、小さな音でも正確に拾うことができるマイクのような発信器と、その発信器から送られてくる振動をなるべく大きく音が乱れないようにできるスピーカーのような受信器。
いろいろ試した結果、ラッパと言うかメガホンというか、そんな拡張器のような形をした受信器ならより大きな音を聞く側に届けられそうだということが分かった。
これらを作り上げ、それをバルカニアを中心に広げていくことにした。
とにかく、これはなるべく多くの人に楽しめるようにしなくてはならない。
なので、娯楽を中心に発信することに決めた。
歌のうまい吟遊詩人や歌手に歌わせたもの。
楽器の得意なものに奏でさせた音楽。
面白可笑しく話ができる語り手の話。
あるいは、バルカニアの遊戯エリアにある使役獣レースの実況中継。
とにかく、思いつく限りの音が関係する娯楽要素を詰め込んだ放送を開始したのだ。
ある程度続けてみて人気があるようであれば続け、無ければ新番組を作る。
あるいはこの人のほうが面白いという意見があれば、その人に出演してもらったり、逆に我こそはという者がいればどんどん採用する。
こうして、俺はバルカ文化放送局という、民衆に発信する情報ツールを開発することに成功したのだった。
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