出世の影響
「この度はおめでとうございます、パウロ司教」
「パウロ司教ではありませんよ、アルス」
「は?」
「これからは私のことは聖人パウロか、あるいはパウロ大司教と呼ぶように」
「ああ、そういえば教会から大司教へと任命されたんでしたね。ですが、確か大司教になるためには清めの儀式ができる位階へと上がる必要があるんじゃなかったんでしたっけ?」
「そのとおりです。今回は私が聖人として認定されたことを受けて、特別に大司教と位置づけられました。ですが、アルスの言うように私は清めの儀式を執り行うことはできません。ですので、中央への異動はなく、このままフォンターナ領の教会を取りまとめることになります」
「なるほど。まあ、こちらとしても今更パウロ司教、じゃなかったパウロ大司教以外に代わられても変な感じがしますしね。そのほうがありがたいです」
「そうですね。これからもアルス、あなたとは良い関係でいたいものです。そこで、あなたに頼みたいことがあります」
「頼みたいことですか? なんでしょうか、パウロ大司教。いまなら大司教就任祝いとして俺が聞けることならなんでも聞きますよ」
「今、なんでもと言いましたね?」
「え、あ、いや。まあ、できる範囲でって感じですけど」
「では、あなたがフォンターナ領の騎士たちに行ったバルカ式強化術というのを私にもしてはもらえませんか?」
「……あの強化術ですか。確かにあれは俺や騎士の位階を引き上げた実績があります。けど、短期的にみて体に影響はないのは確認していますが、長期的にみてどんな影響があるかはまだはっきり分かっていないですよ。そんな危険を冒す必要があるんですか?」
「そうですね。確かにそうかもしれません。が、私がこれからも教会内での立場をあげようと考えた場合、多少の危険には踏み込む必要があるでしょう。それに、あなたも自身の体にその強化術を施しているのでしょう? ならば構いません。私がここまで来られたのはアルスという人間と関わってきたからです。毒を食らわば皿まで、と言いますしね」
……え、それって俺が毒だってことだろうか。
せめて一蓮托生だとか、そんなふうに言ってくれればいいのに。
まあ、いいか。
なんだかんだで、パウロ大司教には世話になっている。
それに大司教というのは本当に位の高い地位に当たるのだ。
普通ならば簡単に会うことすらできないだろう。
以前フォンターナに呼んだ中央所属の大司教はパウロ大司教に声をかけてもらい、多額の喜捨をしてさらに移動費・滞在費などすべて俺が負担したりしていたのだ。
それでも、ちょうどスケジュールが空いていたから来てくれただけで、数年先まで予定が埋まっていることもあるとか。
そんな忙しい大司教と呼ばれる人がフォンターナ領にいてくれて、比較的簡単に会うことができるというのであればこちらにとっても助かるのは事実だ。
なので、俺は特にためらうこともなくパウロ大司教の腹に雫型魔石の埋め込み術式を施した。
この魔石による内部バッテリーの効果によって、名目上大司教という地位についただけのパウロ大司教は本当に位階が上昇した。
清めの儀式に用いられる【浄化】という呪文を使えるようになったのだ。
不死者の穢れを防ぎ、清める効果のある魔法。
これでいつなんどき、また不死骨竜が現れても大丈夫だろう。
いや、できれば二度と来なくともいいのだが。
※ ※ ※
「はい。というわけで、無事、パウロ大司教が清めの儀式を執り行うことのできる、正真正銘の大司教となりましたとさ。というわけで、さしあたって必要なものがあるけど、なにかわかるか?」
「……そうですね。いろいろ必要なものというのはあるでしょうが、やはり新しい教会ではないでしょうか、アルス様。ここ、フォンターナの街にある教会も歴史あるものではあるでしょうが、大司教様ほどの地位のお方がいる場所としては少々格式が落ちてしまうというのは事実でしょう。大司教様に相応しい教会が必要かと思います」
「はい、正解。ペインの言うとおりだ。というわけで、フォンターナの街はまた壁を増築して再開発する必要がある。でっかい教会でも建てることになるだろうな」
「新しく教会を建てるなら、またアルス様の出番ということになるのでしょうか?」
「いや、俺の魔法はそんなに万能じゃないからな。それに、教会の伝統ある格式を保った建築方法なんてのも知らないし。リオンに連絡をとって、王都圏から専門知識のある人を呼ぶことになる」
「なるほど。確かにそのほうがいいでしょうね。あとから大司教様にふさわしくないと言われて作り直すなんてことになっても大変ですから」
「そういうことなんだけど、ちょっと問題もあるんだよな」
「問題ですか? いったいどのような問題なのでしょうか、アルス様?」
「パウロ大司教はバルカ城にあるステンドグラスを大教会にも導入したいって言っているんだよ。それくらいなら、俺が魔法で手伝うこともできる。だけど、そうなると今度はこのフォンターナの城が問題になるんだよな。このままじゃ、フォンターナの街で一番大きくて目立つ建物がフォンターナ家の城じゃなくて、教会になるっていうことになるからな」
「それは、そうかもしれませんね。しかし、そうなるとこの城まで改築ですか? 大変な作業になるでしょうね」
「まあ、大規模建築ってことで仕事の創出にはなるっていう面もあるから、いいんだけどさ。また、調度品なんかも含めて金が掛かりそうだよ」
世の中、出世するとそれだけ見栄えを整えなければならないらしい。
これはたとえパウロ大司教が別にいいと言っても、教会関係者からクレームがくるため、教会を新たに建てるというのは覆すことのできない決定事項となった。
まあ、たしかに大司教でありつつ聖人認定まで受けたのだから今まで通りというわけにもいかないのだろう。
大教会を建てるための費用はもちろん教会側が捻出するので、人を雇って建物を建てる以上、多くの人がその恩恵を受けることになる。
地震によってフォンターナの街に集まってきた人たちの一助になるだろう。
が、それによってさらにフォンターナ家の居城までもを改めなければならないことになった。
こちらは教会とは関係なく自前で費用を捻出しなければならない。
地震の影響で税収を数年抑えるという処置を取らざるをえなかったフォンターナ領としてはなかなか痛手だ。
だが、やらねばならない。
当主代理の俺が城を新しくしなければ、主であるガロードをないがしろにしていると非難されかねないのだから。
こうして、俺は再び新たな城作りに着手することになったのだった。
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