不満と要求
「貴殿はなかなか無茶をしているようだな」
「無茶ですか? 別に私は特に何もしていませんよ、ピーチャ殿。三大貴族家の一角たるパーシバル家が現在の状況に陥っているのは、彼らの犯した罪のためなのですから」
「ふむ、なるほど。では、そういうことにしておこうか」
「そうしてください。で、今日はどうされたのですか? ピーチャ殿はアインラッド騎士領に戻ったはずだったのでは?」
「うむ、一度雪解けに合わせて領地に戻った。先の地震の影響がどれほどのものだったのか、家臣に報告を受けてはいたが自らの目でも見てみたかったからな。だが、気になることが出てきたので、こうしてフォンターナの街へと舞い戻ってきたのだよ」
「気になること? 何かありましたか?」
「……何かありましたか、ではない。貴殿の配下のバルガスや騎士バイトが当主級に昇りつめたという話を聞いた。それは真のことかと思って確認するために動いているのだよ」
「ああ、そのことですか。そうですね。その二人は【精霊召喚】という呪文を発動することができるのを確認しています。当主級の実力があると言って差し支えないでしょう」
「……やはり、か。そして、それには貴殿の力が大きく関わっている、という噂は本当なのかな?」
「二人が当主級に上り詰めたのは、ひとえに彼らの努力の賜物でしょう」
「ここだけの話、として本当のことを教えてはくれないだろうか。貴殿がなんらかの方法を用いたのだろう? 本当のことを言ってもらえねば、少々まずいことになるかもしれん」
「まずいこと、ですか?」
「そうだ。我が友バルガスが当主級となったことはまだいい。が、騎士バイトが当主級になったことには少々不安がある。下手をすると、ウルク地区が荒れることになるかもしれんぞ」
「ウルク地区が? バイト兄がなにかやったのですか、ピーチャ殿? それとも、もともとウルク家に所属していた騎士たちに動きが?」
「……いや、そうではない。騎士バイトの力が増したことを不満に思っているのはウルク由来の騎士たちではない。ビルマ騎士領を治めているエランス・フォン・ビルマなどだよ」
なんでだ?
バイト兄が当主級の実力者になった。
そのことを気に食わないやつがいる。
そのこと自体は、そう考えるやつもいるんだろうと思うことはできる。
が、なぜそれがフォンターナの騎士の不満につながるのか。
俺の感覚では全くわからなかったが、ピーチャに説明を受けてようやく意味が理解できた。
ウルク地区にあるビルマ騎士領を治めるエランスがバイト兄に対して強く不満に思っている原因。
それは、序列や格付けといったものからくるものだったのだ。
力のあるものが領地を奪い合う恐ろしい環境に身を置く貴族や騎士たちだが、それでも序列・格付けなどといった形式的なものが存在している。
現在のフォンターナ領でもっとも序列が高い者はまだ幼子ではあるが未来の当主であり、先代当主のカルロスの残した子供であるガロードだ。
そして、ガロードをトップとしてフォンターナの騎士たちがその下にいる。
現在、当主代行という地位にいる俺だが、身分的にはフォンターナ家当主に忠誠を誓ったフォンターナの騎士というわけだ。
一応、例外的に教会から聖騎士という認定も受けているがとりあえずこれは置いておこう。
対して、ピーチャやエランスなども先代当主カルロスとともに戦場を駆け抜けたフォンターナの騎士で、俺が当主代行という立場から降りれば同格の地位に位置している。
が、バイト兄やバルガスはフォンターナの騎士ではない。
この二人は俺が名付けを行った、バルカの騎士なのだ。
つまり、序列や格付けといったものでは一段下がったところにいるのだ。
つまり、ビルマ騎士領を治めるエランスというフォンターナの騎士は自分よりも格下の人間が当主級になったことが許せない、ということなのだろう。
俺からすれば、知らんがな、とでも言いたいところだがピーチャに言わせればその気持ちはよく分かるというものだった。
まあ、考えてみればそれもそうかも知れない。
普通に考えれば、魔力パスというものが存在する以上、格下に魔力量的に追い抜かれることはあまりないのだから。
もっとも、大貴族に所属する騎士であれば、こういったケースは往々にしてあることでもある。
他の貴族を吸収して大きくなったような大貴族の内部構造は複雑で、単純な序列だけでは実力を測れないことが多いからだ。
だが、フォンターナは数年前まではまだ今の三分の一ほどの領地しか持ち合わせていなかったので、エランスのように考えるものも多いのだろう。
エランスに対して、うるせえ、ごちゃごちゃ言うな、と言うことは可能だろう。
だが、わざわざこうしてピーチャが俺に会ってまで言いにきてくれたのだ。
おそらく、この問題はエランスに限った話では無いのかもしれない。
もしかしたら、アーバレスト地区では当主級になったバルガスにたいして、パラメア要塞などを統治しているイクス家のガーナなんかも似たようなことを考えているのかもしれない。
だとすると、あまりいい加減な対応をするのはよろしくないのか。
不満を持ったのがビルマ家だけなら強硬策で解決できても、フォンターナ領中で騎士が俺に不満を持てば他の貴族が付け入るスキができてしまうだろう。
「ピーチャ殿の言いたいことはわかりました。ですが、新しく開発した強化の方法を気軽に使う気はありません。私がバルカの騎士たちに行ったバルカ式強化術を他の騎士にも求めるというのであれば、相応の代価を支払ってもらう必要があります」
「代価、か。まあ、無償で提供しろとは当然言わないが、どのような代価を貴殿は求めるのだ?」
「こちらが指定する土地を輸送専用路として提供してもらいます」
「輸送専用路? それはいったい、なんだというのだ? 輸送路ということであれば、バルカの【道路敷設】を使うのか?」
「まあ、そんなものですかね。といっても、道路ではなく、線路を敷くんですけどね」
遠く離れた南の地では三大貴族同士が争っている。
それについての情報を集めながらも、フォンターナ領でもいろんなことを言い出すやつがいた。
だが、丁度いい機会かもしれない。
これを機に、さらに流通について改革を施しておこうと俺は考えたのだ。
領地持ちのフォンターナの騎士に対して、当主級になれるかもしれない魔石埋め込み術式という強化方法をチラつかせて、各騎士領の土地の使用権を求める。
そして、そこに俺は線路を作っていくことにしたのだった。
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