ミームの暴走
「はあ……。つまり、お前が言いたいのは人間の体と魔力の関係ってことでいいんだな、ミーム?」
「そう、そのとおりだよ、我が同志よ。人体解剖をしているときに同志とも話し合ったが、魔力の多寡で身体能力が変動する。それはもちろん人体が持つ自然治癒力などにも関わってくるのだよ。魔力量を無視して人体を語ることは無意味だ、とね」
「確かにそうだな。けど、あのときはとりあえず一般的に使える情報を集めようってことにして、解剖して調べるのは基本的に農民なんかばかりにしていたはずだ」
「そうだね。その結果、人体解剖図は魔力量が突出していない一般人に適合した研究で、騎士や貴族といった地位にあるものたちには適さないものがある。同志もそれはよく分かっているはずだね?」
「……まあね。もともとウルク家の魔法にあった【狐化】なんて、体に耳や尻尾が生えてきたんだからな。しかも可逆性があって、もとの体に戻ることもできるときた。人体解剖図はそのへんの事情を無視して作らざるをえなかったからな」
「何を言っているんだね、同志よ。君もウルク家に負けず劣らず無茶苦茶な体になっているじゃないか」
「へ、俺がか?」
「バルカ家が持つ【毒無効化】なんてまさにそうじゃないか。臨床試験でも明らかに致死性があると認められた毒物を摂取してもピンピンしているなんて、医者泣かせと言わざるをえないよ」
「なるほど。確かにそりゃそうだ。人体の構造は変わっていないと思うけど、機能的には人の領域を逸脱していると言ってもいいかもしれないか」
「そう。つまり、人間の体は魔力に大きな影響を受けているというのはまごうことなき事実であると考えられる。では、人間以外であれば魔力がどう関わってくるかという点についても見ていかなければならないはずだ。そこで、我が同志が遭遇した2つの存在が重要になってくるというわけだ」
「俺が関わった2つの存在? なんだっけ?」
「おお、君ともあろうものがわからないのかい。なんと嘆かわしいことだ。そんなことでは学問をより深く掘り進めていくことができないよ。実に簡単なものだ。同志の言い方を借りれば、不死骨竜と泥人形のことだよ」
「……なるほど。魔石と魔電鋼のことか。不死骨竜も泥人形も生物学的には動くはずのない体だ。それを動かす核が存在して行動を可能としていた」
「そのとおりだ。そうだよ。骨も泥も核となる物を破壊、あるいは摘出されたら行動できなくなる。では、人間はどうだ? 人体に核はあると思うかい、我が同志?」
「……おい、ミーム。お前まさかカルロス様のご遺体の損傷を修復するのを喜んでいたのはそれが理由か? なにかしたな?」
「ふふふ。まさか私がこの手で貴族家の当主様のお体を拝見する機会があるとは思いもしなかったよ。たとえそれが亡くなられた後だったとしてもね」
「おい、いいから答えろ。あのとき、何をしたんだ?」
「そんなに怖い顔をしないでおくれよ。私はただカルロス様の体に核となるものがないか観察しただけさ。損傷の修復をしながらね」
「お前、あのときそんなことをしていたのか……。せめて、そういうことは事前に相談しろ。……で、見つかったのか、その核とやらは?」
「……腹部の臍の下、いわゆる丹田と呼ばれる場所に魔石が見つかった。これは一般人には見られなかったものであることは間違いない」
「魔石が体内に? ってことは、もしかして……」
「そうだよ、我が同志。このバルカには魔石が溢れているね。それを活用しない手はない」
「……もしかして、もうやっちゃったのか? 人体実験を」
「もちろんだとも。医学の研究のためには必ず調べておかなければいけないからね。外から魔石を取り込んだ人体はその後どのような変化を現すのか、あるいはなにもないのか。調べておく必要がある」
「ちょっと聞いてもいいかな、ミーム君。その研究内容を知っているのは他に誰かいるのかな?」
「うん? いや、これを知っているのは私の他には我が同志以外いないよ。手術は私が責任をもって一人で執り行ったからね」
「……画家くんは立ち会ったりはしなかったのか?」
「モッシュ君かい? いいや、彼は手術には加わっていないね。それがどうしたんだい?」
こいつ、本気で頭がおかしいやつだった。
なんにも悪気がなく、ここまで突っ走るやつをマッドサイエンティストというのだということがよく分かった。
さすがにこれはちょっといただけない。
特にカルロスの体をかっさばいて中をいじくり回していたと他に知られたらお終いだ。
ミームではなく、俺が。
なにせ、損傷の激しかったカルロスの体をエンバーミングしてきれいにしようと言い出したのは俺であり、その修復を行う者をミームに決めたのも俺だったからだ。
いざとなったら、こいつは俺が殺そう。
だが、その研究自体には非常に興味をひかれるというのは確かだ。
もしかして、俺の体にも魔石があったりするのだろうか?
さらにペラペラと自身の研究について熱く語るミームを見ながら、俺は腰にある氷炎剣の柄に手を置きつつ、その話を聞き続けたのだった。
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