身体測定
「ミーム、いるか? 地震は大丈夫だったか?」
「おお、これはこれは、我が同志ではないか。よく来てくれたね。いやー、まいったよ。急に揺れてしまって貴重な資料がいくつかだめになってしまってね」
「ああ、なるほど。なんか液体につけた標本みたいなものがあったからな。ガラス容器だとこういうときに困るね。けど、ミームの体が無事だったのならよかったよ」
「どうやら同志には心配をかけてしまったみたいだね。お互い何もなくてなによりだよ。して、今日はどうしたのかな?」
「ああ、ちょっとミームにお願いがあってな。人体の構造について詳しい情報を持っているのはフォンターナでミームが一番だろう。実は新しく服作りをすることになってね。その服作りにミームの持つ情報がほしいんだよ」
「服作り? 医学のというわけではないのだね。しかし、人体の情報と言っても服を作るのならその手の職人が採寸して必要な情報を得るはずだと思うが……」
「うん、ふつうならそうなんだけど今回はちょっと違うことをしようと思ってね。各個人の体に合わせた服を作るんじゃなくて、こちらが作った服を購入者が選んで着るようにしたいんだ。で、そこで必要になってくるのがどんな体型の人が多いのかっていうことなんだ」
ドレスリーナという服作りに特化した街を作り始めた俺は、その事業を更にすすめるために再びバルカニアに戻り医師のミームと会うことにした。
ミームに既製服についての説明を行う。
各個人にあわせるオーダーメイドの服ではなく、「いくつかのサイズの服を用意することで多くの人に対応できる」という服が作りたい。
そのためには、たくさんの人の体のサイズを測る必要がある。
もちろんそれは服職人と一緒に多くの人に対して採寸を行うのが望ましい。
が、その手間を省ける存在がいた。
それが医師のミームだったのだ。
ミームはこのバルカニアにきてからは主に2つの仕事を俺から任されていた。
一つは解剖学についての研究だ。
亡くなった検体を解剖し、その情報をまとめて人体解剖図としてまとめる研究。
そして、もう一つは既存の薬の効能について調べる臨床試験だ。
こちらは薬を投与するグループをいくつかに分けて、本当にその薬が効果を出していると言えるのかという研究をしている。
現在、ミームは人体解剖図を本としてまとめることに成功しており、もっぱら臨床試験の方をしているらしい。
そして、ミームはものすごく几帳面な性格でもあった。
細かなデータも見逃さず、そして、集めた情報はきちんと残す。
解剖した検体も臨床試験をした人体も、その情報を余すことなくしっかりとデータ化していたのだ。
その情報は体の部位ごとの長さにまで及んだ。
例えば、薬を使う対象者の身長だけにとどまらず、頭や胴体、腕や足など、その体のパーツごとの長さまで情報を集めていたのだ。
初めてそれをみたときは呆れたと同時に、なぜそこまでするのか疑問だった。
身長くらいならわからなくもないが、腕や足の長さで薬の効果が変化するとも思えなかったからだ。
が、ミームから返ってきた答えは非常にシンプルなものだった。
それは、体の大きさを測るのは一瞬で終わるからだというものだった。
ミームは医師であると同時に、カイルから名付けを受けたリード家の人間でもある。
つまり、カイルの魔法である【自動演算】という魔法も使えるのだ。
どんな計算も一瞬で終えることができるこの【自動演算】を使って、体の大きさを測定していたのだという。
やり方は簡単だ。
ミームの研究所にある壁の一つには高さや幅を測ることができるように格子状の線が入ったものがある。
その測定器となる壁に背をつけるように被験者が立ち、それを見ながらミームが【自動演算】と呪文を唱えるのだ。
すると、あら不思議、壁に書かれた線を基準にして体の各パーツごとの長さを一瞬で測定することができるのだという。
そして、そこで得た情報は【念写】を使えば一瞬で紙に記録することもできる。
ミームの言う通り、体の大きさを測定することなどまたたく間に終わるのだ。
これによってミームの持つ情報はかなりの数にのぼり、かつかなり正確なものさしとなった。
この情報をミームにさらにまとめてもらう。
ミームが研究対象とするのは上位の身分の者ではなく、一般人だ。
この一般人はどれくらいの身長をしているのか、など一番多いであろうボリュームゾーンを計算してもらい、それを標準体型として設定する。
そうして、男女ごとに出した標準体型をMサイズと仮定し、そこから更に標準体型よりも痩せ型でもっとも多い体型をSサイズ、逆に少し肥満気味の体型をLサイズとした。
多数の人から集めたこのデータをもとに出した最大公約数的なMサイズをもとに型紙を作れば多くの人がそこそこ体にあった大きさの服というのを作れる、はずだ。
まあ、あとはこれを服職人に渡してなんとかしてもらおう。
なにせ、ミームの測定方法では体の長さを測ることはできても、ウエストなどの周径を測るには不向きだったからだ。
実際にこのデータからだけで服を作るにはまだ情報が足りないだろうが、それは職人の腕で補ってもらうことにしよう。
「しかし、同志よ。この情報はいずれ古くなるかもしれないよ」
「情報が古くなる? どういうこと?」
「そのままだよ。人の体の大きさは発育状態で変わってくる。たくさん食事ができる富裕層なら太り気味になるし、逆であれば痩せてしまう。当然、背の伸び具合も変わるだろう」
「そりゃそうだね」
「で、このバルカでは若い世代が少し発育が良くなってき始めているように感じるんだ。たぶん、同志の持つ魔法で食糧事情が他の土地よりもいいからだろうね。いずれはもっと身長の高い世代というのが登場してくると私は考えている」
「なるほど。たぶん、それは間違いないだろうな。まあ、けどそれはもう少し先の話だろ。今使えるならそれでいいし、いずれ必要なら標準体型の見直しをすればいいさ。身体測定そのものはリード家のやつらなら、誰でも簡単にできるんだし」
「ふむ、たしかにそうだね。で、同志の話というのはこれで終わりかな?」
「え、うん。とりあえず、これだけ詳細な身体測定の結果がわかれば十分だよ。これを持って帰って職人たちに渡しておくだけできっちり仕事をこなしてくれるだろうし。ミームは俺になにか用でもあるのか?」
「ああ、よくぞ聞いてくれた、我が同志よ。実は人体解剖図という大きな仕事をしながらも、私は新たな研究に目を向けていたんだ。そして、それをゆっくりと、しかし着実に進めていた。そして、最近になって非常に興味深い知見が得られたんだよ。これは非常に興味深い発見だと私は確信している」
俺が型紙についての話に一区切りついてから、急にミームの興奮具合が変わった。
どうやら、俺の用事が終わるまでは抑えていた感情が爆発したようだ。
なにやら興味深い研究とやらの結果が出たようで、俺に話したかったらしい。
が、その興奮したミームの話を聞いて俺は頭を抱えてしまった。
出身地で許可なく人体解剖をして住む家と仕事を捨てて放浪することになってしまった狂気の医師、マッドサイエンティストのミーム。
解剖学は必要な研究だと判断した俺はそんなミームをバルカで受け入れて仕事を与えたが果たしてこれは正しかったのだろうかと思ってしまった。
ミームは俺に報告なしに新たな研究に着手してすでに一定の成果を見出していた。
そして、その研究はまごうことなき、生きた人の体を使った人体実験だったのだった。
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