移住者問題
「マドックさん、久しぶりだね」
「おお、そうじゃな。お主はどんどん出世するからなかなか会えんが、元気にしておるようじゃな」
「もちろん。マドックさんこそ元気?」
「もちろんじゃよ。戦には行かなくなったが、こうしてバルカニアでは常に忙しく仕事をしておるんじゃ。まだまだ老いを感じるには早すぎるというものじゃよ」
「そりゃよかった。なんか、いつの間にかマドックさんも仕事量増えていたみたいだしね。あんまり会えてなかったとは言え、心配していたんだよ」
「そうじゃのう。最初はバルカニアという街の裁判官として、そのあとは商人連中の格付けを見る仕事じゃったが、それ以外も増えておるのう。頼まれたら断れなくなってしまってな」
バルカニアでグランたちと話をしたあと、俺は会う頻度が減っていたマドックさんと顔を合わせていた。
もともと木こりだったマドックさん。
俺が幼少期のころから魔力茸の原木を調達する相手として知り合った仲であり、バルカの動乱時には戦場に出て俺を助けてくれた存在でもある。
しかし、そんなマドックさんももう戦場には行けないといい、バルカニアで仕事をするようになり、対して俺のほうがフォンターナの街で暮らすことになった。
そのため、あまり会うことが無くなってしまっていたのだ。
そんなマドックさんだが、しっかりと裁判官などの仕事を勤め上げてくれている。
バルカニアは父さんが治安維持をしっかりと行い、マドックさんが揉め事などの裁判を住民の不満がなるべく出ないように執り行なっているので、大きな問題もなくすんでいる。
さらに、バルカ騎士領にある他の村からの揉め事でもマドックさんは意見を求められるようになっており、実質的にバルカ騎士領における裁判長のような立ち位置になっているのだ。
この人がいなければ、俺は安心してフォンターナを活動拠点にできていなかったかもしれない。
「それで、今回はどうしたんじゃ? わざわざこうして会いに来たということはなにか話したいことがあったのではないのかの?」
「マドックさんの顔を見たかったのは本当だよ。ただ、話したいことがあったのも確かだ。ちょっと気になる動きがあってね」
「気になる動きじゃと? それはバルカのことでか、それともフォンターナ領のことでかの? わしがわかるようなことなのか?」
「そうだな……。バルカでというよりはフォンターナ領でのことなんだけどな。そろそろ雪解けになる。そうしたら、人が大きく動くかもしれない」
「……人が動く。もしかすると、先にあった地震の影響かの?」
「うん、そうだよ。この冬に起こった地震はかなり広範囲で揺れたらしい。それはフォンターナ領でも大きな被害を出したけど、ほかの貴族領でもそうだったみたいだ。かなりの死者が出ているらしい」
「ふむ、痛ましいことじゃ。しかし、それがどうしたというんじゃ? フォンターナ領はお主が動き回って被害を減らしたという話だったと思うが。バルカの住民は概ねお主の行動に感謝しておったが」
「そうだね。各騎士領のケツを叩いて動かしたこともあって、フォンターナ領は地震の被害があったとは言え、まだマシだ。けど、それでも生活の場を失った人はいる。避難所に逃れたものの、もとの仕事に戻れないって人も多いんだ。そんな人が仕事を求めて大移動してくる可能性があるらしい」
「仕事を求めて人が集まる、か。まるであのときみたいじゃな」
「ああ、あのときは本当に大変だったからな」
マドックさんは俺が会いに来たのはなにか理由があるとすぐに察してくれたらしい。
だから、今少し気になっていることを話す。
本当ならフォンターナ領についての問題でもあるので、マドックさんに話をするよりフォンターナの街に戻って実務をしている連中に相談することかもしれない。
だが、それでも俺はマドックさんと話をしたかった。
それはかつて俺とマドックさんが今回に似た問題に直面したことがあったからだ。
フォンターナ領を直撃した地震の影響。
一応被災した人たちを対象に救助を行い、なんとか命に関わる冬の寒さを凌げるだけのことはした。
しかし、住む家を失った人たちが、もとの生活に完全に戻れるかというとそうではないだろう。
崩れた家を再建する際に家を出て新天地で仕事を探そうという人がそれなりに出てくるのだ。
とくに農家の次男以下のやつなんかはそんな傾向がある。
だが、無学な農家出身の人ができる仕事なんてそう簡単に見つかるものではない。
近くの街に出ていき、日雇い仕事を請け負って日々を暮らして次の冬には蓄えもなく死んでいく。
そんな流れになるのは火を見るよりも明らかだった。
しかし、そうではない可能性がある。
特別な技能がなくとも入ることができ、しかも衣食住が保証されている仕事があるとしたらどうだろうか。
そんなものがあると知れば、思わず飛びつきたくなってしまうのを誰が非難できるだろうか。
地震の影響で家を飛び出してくるやつが向かう先。
それは間違いなく、去年新たに創設されたフォンターナ軍という組織だ。
軍に入れば住む場所と日々の食事、さらには衣服まで支給されるのだ。
当然、軍に参加する以上戦いに身を投じて命を失う危険性はある。
しかし、そんなことをあまり心配せずにやってくるものが多いだろうという予想がたてられていた。
なぜなら、そのフォンターナ軍のトップに立つ俺は今のところ負けなしでここまで来ており、しかも軍の損耗率は低いという実績があるからだ。
つまり、冬が終わればフォンターナの街に人が集まってくる可能性が高いのだ。
まずは街に出て仕事を探す。
そうして仕事があり、安定して暮らせることができるのであればそれでいい。
そうでなければ、軍に入隊する。
そうすれば、当面の間は食っていけると考えている者が一定数いるのだ。
だが、それは結構厄介な問題に発展する可能性がある。
一つはフォンターナ軍は無尽蔵に兵を募集しているわけではないということにある。
というか、必要だと思う人数を徴兵制を導入してすでに集めているのだ。
今以上に兵が増えると、その分だけ軍に必要なお金が増していき財政を圧迫してしまうのだ。
では、フォンターナの街なら流入してくる人を受け入れることができるかと言うとそうでもない。
なぜなら、現在のフォンターナの街は流通の集積点となっており、商人たちが生き馬の目を抜くように活動しているからだ。
村から出てきた何も知らない無学の者が満足に働くことができる仕事がそこまで多いわけではないかもしれない。
するとどうなるか。
街に集まった人は仕事を得ることもできず、街でたむろするようになってしまう。
つまり、貧民街のようなところでしか、生活できず、そうなると次に取る行動は犯罪だ。
盗みや殺しという犯罪行為に手を染める人が出てきてしまう。
これと似たことは以前バルカでもあった。
俺がバルカ騎士領の領主としてカルロスに認められて領地を得たあとのことだ。
最初は村が2つの小さな領地で、その後さらにいくつかの村を加増されたがそれでも村数個分しかない小さな騎士領だったのだ。
そこに人が集まってきた。
あのときも同じだ。
俺の魔法を使って豊作だったことを聞きつけて、食い詰め者たちが各地から集ってきたのだ。
村が数個の領地に数千人レベルで人がどんどん集まってきたときのことは俺もマドックさんも今でも覚えている。
特にバルカニアができて間もない頃はバルカ村の住人くらいしかいなかったのだ。
そこにどんどんと集まるよそ者。
特に何か仕事ができるわけでもなく、しかも、土地を持たない流れ者。
そんな奴らを最初は受け入れていたが、だんだんともともといた住人と他所からの流れ者たちで意見の衝突が起こり始めたのだ。
実はあのとき、領地運営は大きな危機を迎えていたと言ってもいい。
元いた住人とバルカニアができた直後でまだ人を受け入れる余裕があったときに来た移住民と、その後バルカの活躍を聞いて来た流れ者などがぶつかり合っており、裁判官をしていたマドックさんも大変だったはずだ。
最終的にはよそからの金も技能もない流れ者は強制的にバルカ軍に入れられて、規則を絶対に守らせるというやり方でなんとか乗り越えたのだ。
「しかし、今回もあのときのようなことになりそうなのかの? 当時のバルカと違って、今のお主はフォンターナ領全体に影響力があるのじゃから、適度に人を割り振っていけばよいのではないのかの」
「そうだね。フォンターナの中だけならそれでもいいかもしれない。けど、今回はほかの貴族領からも移民が来るかもしれないんだ。地震の影響が大きかったからね」
「なるほどのう。ほかの貴族領からだと間者のような存在もおるだろうて。なかなか、厄介なことになりそうじゃな」
「だよね。フォンターナの街に限界以上に人が集まったら、去年数が減ったアーバレスト地区に流してやろうかと思ったんだけど、間者の話を聞いてバルガスとかもちょっと嫌がっているみたいなんだよね。どうしたものかと思って、今から頭が痛い問題になりそうだよ」
「フォッホッホ。相変わらず気苦労が多いのう、お主は。まあ、頑張るんじゃの。なんなら、また新しい街でも作ってそこに移民たちをまとめてしまってもいいんじゃないかの。そうすれば、少なくとも既存の住人たちと揉めることはなくなるじゃろうしな」
「……なるほど、新しい街を作る、か。それもいいかもしれないな」
あまりによそ者が増えすぎて困るのであれば、よそ者ばかりを集めた街を作るのはどうか。
強引と言えばあまりにも強引な意見だろう。
だが、そのマドックさんの意見にうなずけるところもないではない。
仕事もそうだが、土地が絡むと人は本当に殺し合いにすら発展するトラブルを起こすようになるからだ。
マドックさんの助言を受けて、俺は新しく街を作ろうかと検討し始めたのだった。
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