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研究課題

「結局のところ、俺個人としては一番の被害はガラス温室だったな」


「ふーん。ガラスの温室っていうのはあれだよね。ここバルカニアの隣にあるリンダ村の薬草を作ってるっていうやつだったっけ?」


「うん、そうだよ、キリ。この寒い中でも薬草を育てられていたのは壁をガラスで覆っていたからだ。そのガラスが地震の揺れで結構割れちまったからな。村の人達がすぐに他のガラスで塞いでくれたけど、割れたガラスで怪我した人もいれば、寒さに負けて枯れた薬草もあったからな」


「へー、それって大丈夫なの? 貴重な薬草もあったんじゃないのかな、アルス君?」


「まあな。ただ、うちには植物に精通した人がいるからな。ぶっちゃけて言えば、ほとんど問題なかったとも言えるかもしれん」


「それってカイル君だよね。さすが、森の精霊と契約しているっていうだけあるよね。やっぱりすごいねー、カイル君は。こりゃ、世の女の子たちが放ってはおかないだろうね」


「……おいおい、何言っているんだよ、キリ。あいつはまだ子どもだろ?」


「えっ、それはこっちの台詞だよ、アルス君。君は何を言っているの。カイル君ほど将来有望な子もそうはいないでしょ。かわいいし、仕事もできるし、それにもう今年で11歳になるんじゃなかったっけ? いいところの男の子ならそろそろ結婚相手を考える頃合いだよ」


 フォンターナ領の被災者対策が一区切りついたころ、俺はバルカニアに戻ってきていた。

 そこで、キリと話をしている。

 本来の要件は暦などについてだが、温かい飲み物を飲みながら雑談に興じていた。


 でも、まじかよ。

 カイルってもう結婚を意識される年齢なのか。

 しかし、早すぎないかと思ってしまう。

 が、俺も10歳で結婚しているからカイルが特別早いというわけでもないのか。


 というか、あれか。

 カイルの結婚相手って俺が決めないといけないのか?

 誰がいいとかあるのだろうか。

 カイルに好きな人でもいるのか聞いてみたほうがいいのかもしれないが、しかし、相手は厳選しなければいけないだろう。

 なんといっても、カイルはリード家という家をたてているのだ。

 しかも、フォンターナ領のなかで大きく根を張るようにリード家の人間がいて、もはや仕事をするうえで切り離すことはできない存在感がある。

 リード家の当主であるカイルにふさわしいと俺が認められる相手なんているんだろうか。


「……アルス殿、キリ殿、世間話がしたいなら他所でやってもらいたいのでござる」


「あ、ごめん。けど、グランには聞きたいことがあったからここに来たんだ。魔電鋼と水晶を使った時計の開発ってどうなっているんだ?」


「……今必死に考えているのでござるよ」


「そ、そうか。なんか、ピリピリしているみたいだな、グラン。えっと、キリのほうはどうだ? お前が提唱した古代の暦の名称をガロード暦ってつけようかと考えているんだけど、かまわないか?」


「うーん、暦の名前は昔のと変えてもいいかな。昔の暦とは少し違うところがないわけでもないからねー」


「え、そうなのか? てっきり、全く一緒の暦だとばかり思っていたんだけど」


「違うよー。実は【自動演算】で計算し直したら、ちょっとだけ気になるところがあったんだよね。それを再計算して暦に落とし込んでいるから、厳密には新しい暦とも改良版とも言えるんだよ。それに、ガロード様のお名前を暦にいただけるのは素直に嬉しいし」


「よし、なら決まりだ。フォンターナ領ではガロード暦を新しく発表して、採用することにする。今年のうちに各所に公示して、来年くらいから正式に使っていくって形のほうがいいかもな。で、あとは正確な時計があれば言うことないんだけど」


「……ふう。アルス殿、ちょっといいでござるか?」


「なんだ、グラン?」


「本当にアルス殿の言う通り、水晶と魔電鋼を組み合わせるとそのクオーツ時計とやらが作れるのでござるか? いえ、アルス殿が嘘を言っているとは思わないのでござる。たしかに、拙者も水晶に電気を流すと細かく震えることが分かったのでござる。が、それを時計にするのはなかなか難しそうでござるよ」


「う、それを言われると困るな。俺も水晶と電気でクオーツ時計ができるくらいの知識しかないから、細かいことはわからないんだよね」


 俺とキリがグランのそばで話をしている間、グランは常に眉間を寄せて額にシワを作っていた。

 そして、何枚もの紙を見つめてひたすら計算を行い、その結果を紙に書き付けてから再び考え込むという行動を繰り返していた。

 それはどうやら、俺が求めたクオーツ時計の開発に難航しているということを意味していたらしい。


 本当にクオーツ時計などできるのか、というグランの問いかけに対して俺が答えられるかというと不可だ。

 前世の知識では水晶に電気を流すと非常に細かく、しかし規則的に震えるという性質が発見され、それがクオーツ時計の開発につながったということだけを知っているだけだ。

 水晶振動子の細かな震えをどうやって測定し、それを歯車の回転へとつなげて時計の針を動かしていたのかと聞かれるとわからないとしか言えなかった。

 というか、わからないからこそ、グランに情報を与えて丸投げしているのだ。

 そのグランがお手上げであるというのであれば俺にはどうしようもない。


「というか、単純に疑問なのでござるが、アルス殿の言うようにわざわざ電流を物を動かすための動力とする必要があるのでござるか?」


「どういう意味だ、グラン? 電気でものが動かせられたら時計以外にも応用範囲が広がると思うし便利だと思うけど」


「アルス殿の中ではそうなのでござろう。きっとそこにはなにか考えがあると思うのでござる。ただ、拙者はこの魔電鋼をもっと別の使い方をしてもいいのではないかと思っているのでござるよ」


「別の使い方? 物を動かす以外にってことならやっぱり雷鳴剣のような電気の武器にするのか?」


「いや、これは失礼。別の使い方というよりは別のやり方で物を動かすことができるのではないかという意味でござる」


「別のやり方? どういうことだ、グラン?」


「いいでござるか、アルス殿。もともと、この魔電鋼というのはアーバレスト地区にあるネルソン湿地帯に出現する泥人形の中にあったものでござる。それは間違いないでござるな?」


「ああ、間違いないよ」


「つまり、この魔電鋼は泥を動かす力がある、ということでござる。本来は動くはずのない泥を動かす。つまり、物体を操作する力が本来魔電鋼には備わっているはずなのでござるよ」


「う……ん。そうなるのか、な。よくわからんけど」


「いや、間違いないでござる。魔電鋼には物を動かす力がある。ではどうやって泥のような土を人間のように二足歩行で動かしているのか。それを調べれば、時計の針を規則正しく動かすことができる可能性につながるのではないかと拙者は思うのでござるよ」


「お、おう。ようするに、できるかもしれないってことだよな、グラン」


「そうでござる。できる可能性は十分にあるのでござるよ、アルス殿」


「なるほど。で、いつぐらいにできそうなんだ?」


「……時計はまだ完成していないのでござる。正確な時間は答えられないでござるよ、アルス殿」


 あ、こいつ、なんだかんだ言ってまだなんの手がかりもついていないってことじゃねえか。

 なんかよくわからんことを言って煙に巻こうとしている。

 もしかして、いつ完成するかわからないから、期限を設定せずに研究したいだけなのではないだろうか。

 その場合、もちろん研究中に必要な魔電鋼やその他の機材、あるいは人件費や食費などの生活費もグランには必要になる。

 ようするに、グランはこう言いたいのだろう。

 時間も金も気にせずに思う存分に魔電鋼の性質について研究したい、と。


 ……まあ、いいか。

 グランがものづくりやその研究に没頭するタイプだというのは前から知っている。

 そして、俺も無茶振りしているという自覚もある。

 こうして、グランはバルカニアの家に完全に引きこもり、魔電鋼について研究することになった。

 その姿を見て、俺は時計が出来上がるまではまだ先のことになりそうだなと思わずにはいられなかったのだった。

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