天変地異
「おおー、すごいな。真っ暗になったぞ、カイル」
「ほ、ほんとに太陽の光が無くなっちゃった……。まだ夜じゃないのに……。こんなことってあるんだね」
「うん、世の中不思議なことだらけだな。つーか、ここの月はちょっとサイズが大きいのか、いや、距離の問題か? 完全に太陽が隠れるんだな」
「え、なにかおかしいの、アルス兄さん?」
「いや、おかしいってわけじゃないけど、俺の中では月で隠れた太陽の光がうっすら漏れ出て輪っかみたいになるのかと思ってたんだ。けど、完全に太陽が隠れているから、俺の考えていたのと違ってちょっと意外だったってだけだよ」
「な、なんだ。じゃあ、問題ないんだね。もう、びっくりさせないでよ。……あ、よかった、ちょっとずつ明るくなってきたね」
「本当だな。太陽が隠れる時間はこんなもんか。まあ、もうしばらくは薄暗いのが続くと思うよ」
キリが予想した皆既日食、そしてその前に起こった2つの天文現象は計算通りの日付で空に現れた。
他の暦ではそこまで予想できていなかったり、あるいは何日もずれていたりしていたうえ、星の明るさについては言及がないものも多かったようだ。
さらに、キリはカイルから名付けされて使えるようになった【自動演算】でさまざまな暦を数学的に再計算もしていた。
その結果、どうやらキリの言う太古の暦が一番優秀だという結論に至ったらしい。
少なくとも、数百年から千年単位で星々の運行を計算できているのであれば実用に耐えるというのは間違いない。
俺はこの暦を新たに導入することを決めた。
とりあえずは、カレンダーでも作ってみようか。
一年を月日で区切って表示して、さらに日常的に使いやすいように月の満ち欠けも一緒に表記しておくようにでもしよう。
そうすれば、満月や三日月、あるいは新月などを目安にできるので、その日が何月何日だったかをうっかりわからなくなるということもなくなるだろう。
そして、その暦をもとにして時間を正確に表示することのできる時計を作ることにしよう。
それがあれば、少なくとも時刻というものをフォンターナ領のなかでみんなが共有することができるはずだ。
ついでに暦にも新しく名前をつけてしまおうか。
大昔に使われていたとはいえ、その暦は歴史の彼方に置き去りにされて現在ではほとんど忘却されているのだ。
古いものを持ち出したというよりも、今回新しく再発見したということにしてはどうだろうか。
ほとんど資料も残っていなかったような暦を再発見することに成功したのはひとえにカイルの持っていた【自動演算】という魔法にある。
あれがなければわずか数年でキリが確証を得るほどの計算もできなかったはずだ。
「よし、キリの提唱した新たな暦をガロード暦とでも名付けようか」
「ガロード暦かぁ。ガロード様が成長して暦に自分の名前が使われていることを知ったら驚くだろうね」
「結構いい考えだろ? じゃあ決まりだな」
ほとんど思いつきで考えたが、ガロードの名前を暦にしてしまうことに決めた。
きっとガロードも自分の名前が暦になれば、大きくなったときにでも喜んでくれるだろう。
先代当主のカルロスをヨイショするために酒の名前に使ったことを考えると、かなり大きな待遇の差があるような気もしないではないが、まあいいだろう。
将来ガロードが大きく成長したときに、俺がガロードのことを軽んじていたわけではないという言い訳にもなる気がする。
と、俺がそんなふうに考えているときだった。
「ん……、なんだ?」
「え、うわっ、あ、アルス兄さん、揺れてる。建物が揺れているよ!?」
「……いや、違う。建物が揺れているんじゃない。これは地面が揺れているんだ。地震だ。カイル、頭にものが当たらないようにしっかり守っていろ」
フォンターナの街にある元カルロスの居城のテラスで皆既日食を見ていた俺たちの足元が大きく揺れた。
とっさにはわからなかった。
だが、これは地震だ。
建物どころか、地面が揺れているために部屋の中にあった机などが大きく移動してしまっている。
そして、最初にグラグラっと揺れたあと、すぐに別の揺れが起こった。
下からドンッと突き上げるような大きな揺れだ。
直下型地震というやつだろうか?
「おいおい、まじかよ。貧弱すぎんだろ」
しばらくはテラスにある手すりに掴まりながら、カイルの身を守っていた俺。
俺の中では「結構大きな揺れだったな」くらいの感じだった。
しかし、それはあくまでも俺の個人的な感覚だったようだ。
そばにいたカイルが俺の体にギュッと抱きついてガタガタと震えている。
それはそうだろう。
カイルが生まれてこのかた地震が起きたという記憶はない。
いや、それだけじゃない。
たぶん、父さんやそれよりも年上のマドックさんでも地震があったということは知らないのではないだろうか?
もともとこのあたりでは地震なんて聞いたことすらない場所だったからだ。
そして、それは別のことも意味していた。
もともと地震なんてものがあまり起こらない土地。
さらに、そんな土地に建っている建物はそのほとんどがレンガ造りの家なのだ。
耐震性なんてあまり考えていないであろう、レンガを平積みしたような建物は地震に弱い。
俺はそれをこの目でまざまざと見せつけられた。
フォンターナの城のテラスから見えている街の中の建物がいくつも崩れる様子をこの目で目撃することになったのだった。
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