父親
「くやしい〜。あいつら、俺の可愛い子どもたちを傷つけやがって」
貴族家へ使役獣を献上し終えて、現在は街でとった宿へと戻ってきている。
その部屋の一室で俺は次々と文句を口にしていた。
はらわたが煮えくり返るというのは、まさにこのことを言うのだろう。
角を切り落とされる使役獣を見ているとき、思わず殴り掛かりそうになってしまったくらいだ。
手のひらはなんとか飛びかからないように我慢していたときにぐっと握っており、自分の爪が刺さって血が出ている。
ふと、前世で聞いた話を思い出した。
目が不自由な視覚障害者を助けるためにいる盲導犬の話だ。
盲導犬は視覚障害者の目のかわりとなるために専門的な調教を受ける。
その最初の一歩は、どんなときも吠えないようにするというものらしい。
むやみやたらに吠えるようでは盲導犬として働けないからだ。
だが、ある時信号待ちか何かで立ち止まっている盲導犬に対してタバコの火を押し付けたやつがいたらしい。
焼印を押されたように毛は焼ききれて皮膚にはやけどが残るほどだった。
しかし、それでも盲導犬として調教を受けた犬は鳴かなかった。
目の見えない飼い主は鳴き声もあげないため、その時、その卑劣な行為には気づくことができなかったという。
後ほどその事に気がついた飼い主は大いに嘆いた。
普通ならそんなことをされたら人間嫌いの犬になりそうなものだが、優秀な盲導犬であったその犬はその後も死ぬまで人間に寄り添って支えたという。
有史以来人間とパートナーで有り続けた犬は教育次第ではここまでの存在になる。
そして、それと同じくらいのことを使役獣もできるのかもしれない。
自分の頭から生えている角を切り落とされるという行為を受けても使役獣は鳴き声もあげずに我慢していたのだ。
俺は思わず涙を流してしまっていた。
「いい加減、そろそろ落ち着け」
「なんだよ、父さんは悔しくないのか」
「俺はそれより、角を切られたヴァルキリーたちが早死しないか心配だよ。献上した使役獣がすぐ死んだりしたらどんなお咎めを受けるかわかったもんじゃないぞ」
むむむ。
確かにそういうこともありえるのか。
俺と違って父はえらく冷静だった。
俺と違ってこの世界で生きている父は学のない農民ではあるものの、頭が悪いというわけではない。
俺が気が付かないことにもいろいろ気がつくのだ。
特に、自分たち農民がいかに社会的弱者であるかというのが骨身にしみてわかっている。
さっきの発言もそこからきているのだろう。
角を切られた使役獣が早死にする可能性。
俺は考えもしなかったが、確かにその心配はある。
というか、ヴァルキリーたちの寿命がどの程度あるのかということすら把握できていないのだ。
何年くらい生きてくれるのだろうか。
角を切られたら病弱になったりするんだろうか。
悔しいが後で調べておかないといけないかもしれない。
さらにこの問題以外にも父親には気になっていたことがあったようだ。
それは俺が切り開いた森の土地のことだった。
放っておけば村を侵食しかねないような森を子どもの俺が短期間のうちに切り開いていく。
それをどんな気持ちで見ているのかは正確にはわからない。
多分、恐ろしく不気味な存在に見えるだろう。
だが、それ以上に心配事があったようだ。
それは税の取り立てについてという現実的な問題についてだった。
農民は一人頭いくらという人頭税と、農地の広さによって支払う地税が主な税の取られ方になる。
しかも農民は税の支払いを畑で作った麦で支払う決まりがある。
そして、今回俺がガンガン土地を広げていったことで今年の税がどれほどのものになるのか予想もつかなかったらしい。
実は村の人もあんなに畑を広げたら絶対に税を払えないだろうと考えていたらしい。
村長なんかは税を支払えなくなった俺から畑を取り上げてしまうという計画まで密かにたてていたらしい。
今回土地を治める貴族家の家宰とめぐりあうことができた。
父はそこで前から考えていた陳情を行ったのだ。
今後も使役獣を生産するためには畑でハツカをつくる必要があり、森を開いて作った畑では麦の生産ができないと訴えたのだ。
貴族側にしても、使役獣の生産と森の開拓は願ってもないことである。
必死に陳情する父の話を聞いてくれて、使役獣の生産・販売の許可と同時に、土地の正式所有と麦ではなくお金での納税を許可してくれたのだった。
頼れる父親のもとに生まれることができたのは、俺にとって非常に幸運なことだと言えるだろう。
こうして、俺は正式に土地の所有者になったのだった。
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