経済的つながり
「一応、ほとんどの騎士は農地改良を受け入れたことになるのか」
新年の挨拶という行事が終わったあと、俺は子供の体にはにつかわしくない肩をポンポンと叩く仕草をしながら独り言をつぶやいてしまった。
まあ、それも仕方がないことだと思う。
随分といろんな騎士と話し合いをし続けたのだから、それも当然だろう。
俺がフォンターナ家の当主代行について行なった仕事の中でも、もっとも重要で影響が大きかったこと。
それは税制改革だったからだ。
各地における土地の広さとそこにある畑の面積を算出し、翌年の収穫量を予想し計算する。
そして、それらのデータをもとに各地を治める騎士たちから取り立てる税を発表したのだ。
その税の額面は去年までと比べると全く違っていた。
予想以上に膨れ上がった納税額を見れば誰だって文句を言うだろう。
だが、この数値はあくまでも今年のものであり、来年からはさらに変わる可能性もないではない。
もしかすると、どうしても受け入れられない騎士たちのなかには目の前にいる俺に殴りかかってくる可能性があるのではないかとすら思っていたほどだ。
しかし、計算上ではかなり甘めに設定しているというのも事実だ。
それほど、俺の魔法の【整地】と【土壌改良】を行うと収穫量が伸びるということになる。
もっとも、俺も鬼ではない。
ある程度の交渉で、納税額の減額を認めたところもある。
いくらバルカの魔法が優れているといっても、一度にフォンターナ中の土地を改良することはできないからだ。
まずはフォンターナ家直轄領をしっかりと改良したうえで、他の騎士領などにも広げていく。
あくまでも交渉術のひとつとして、先に大きな数値を見せておき、そこから両者で妥協案を探るためのものだったのだ。
さらにいえば、麦以外でも税を納めることができる仕組みも考えていかなければならない。
いくら収穫量を伸ばすのが当面の目的であるといっても、ありすぎても困るという面がないわけではないのだ。
今までよりも遥かに麦が収穫することができれば、いずれ麦相場は下落する。
すると、結局はたくさん麦を作っても思っていた以上にはお金にはならなかったということになる可能性もあるからだ。
実はこの点についてもある程度考えている。
それが、メメント家と交わした講和の条件だった。
メメント家には今後数年間に渡って麦を格安で販売するという約束を交わしている。
これは俺が戦ったメメント軍を撤退させるための条件としても役に立った。
麦は税である、という認識のなかで格安で販売し続けるというのはメメント軍の面目を保つための狙いがあった。
あたかも彼らがこの条件をフォンターナ側に突きつけて認めさせたのだという体面をとることができるからだ。
そのことだけを考えると、メメント軍にいた当主級を二人も討ち取ったフォンターナはかなり割りを食ったように見えなくもない。
が、相手の軍をスムーズに引き返すことを優先したことと、麦相場のことも頭の片隅にあったのだ。
フォンターナ領で増える麦の相場を安定させるために、当初は酒造りを推奨するつもりだった。
たくさん収穫した麦の一部を蒸留酒の材料にすることで、麦相場の値段を安定化させようと考えていたのだ。
だが、この発想はあくまでもカルロスが存命だったときのものだ。
カルロスがいる段階では、そこまで急激にフォンターナ領の農地を再開発する気はなかった。
あくまでもゆっくりしたペースで農地改良の派遣を請け負い、麦相場についても酒造りを広めつつ、市場原理が働いて安定するのを待つというスタンスだったのだ。
が、ほかの大貴族たちから目をつけられかねない状態になってしまった以上、相場の変動を悠長に見守るというのは危険だった。
なので、各地の騎士たちからは強引にでも税として麦を納めさせ、それをメメント家に直接販売することで麦の相場価格の安定を狙ったという意味合いがあの講和にはあったのだ。
今後、数年間はメメント家に麦を売りさばき、その間はデータをさらに集める。
そうして、麦のほかに別の野菜や油が取れるアブラナなどにも移行していけばいいだろう。
あとは、さらに金を稼げる方法があればなおよしだろうか。
「と、いうわけで、こいつを売りたいんだが……。売れるよな?」
「そりゃ、もちろん売れるだろ。というか、買い手が付きすぎるからこれこそ価格調整が必要だと思うぞ、坊主」
「だよな。おっさんもそう思うよな。魔力回復薬よりも早く魔力補充できるし、使い勝手がいいからな」
麦の相場について思考が一段落ついたら、今度は別のことをおっさんと話し始めた。
それは魔石の販売についてだった。
実は先日ようやく【魔石生成】という呪文を完成させたのだ。
その名の通り魔石を作り上げることができる魔法だ。
青いクリスタルのような魔石は、魔力が込められるほど青色が濃くなっていく。
魔石に内包された魔力がなくなれば色は薄くなるが、再び【魔力注入】すれば色が濃くなり魔力が補填される。
そして、その魔石を手にしながら魔法を使えば、その魔法に必要だった魔力消費量を魔石から肩代わりさせることもできる。
今までバルカでも使っていた魔力回復薬というのは魔力茸を使ったお茶のようなものだった。
粉末状にしたものをお湯でといてから飲み干す。
そうして、しばらくすると魔力が回復してくるというものだった。
つまり、効果は遅効性であり、魔石のほうが即効的な効果がある。
どう考えても便利なのは魔石のほうだというのは、全騎士の共通認識だった。
この魔石を作り上げる呪文を作り出した。
そして、この魔石には販売できるだけの価値がある。
売れることには間違いがない。
おっさんの言う通り、買い手には困らないだろう。
だが、もっといい使いみちがあるような気がする。
「……魔石の販売はラインザッツ家に限る、っていうのはどうかな、おっさん?」
「ラインザッツ家に限る? うーん、たしかにあそこは大貴族に相応しい金を持っているだろうけど、なんでラインザッツ家なんだ?」
「覚えていないのか? 俺がメメント家に麦を格安販売するのは通商問題を警戒したからでもある。フォンターナから東側を通って王都圏に行くならメメント家の影響があったからだ。その反対に、西側はラインザッツ家の影響が大きい。魔石販売は他の貴族家にはせずに、ラインザッツ家に限ることで経済的なつながりを維持することを狙ってもいいんじゃないか?」
「なるほど。それはいい考えかもしれないな。西からラインザッツ領に魔石を運ぶなら川の輸送も使える。住民数が減ったアーバレスト地区の仕事を増やすこともできるかもしれないし、一石二鳥じゃないか?」
「よし、なら決まりだ。今後、魔石販売は専門機関を作って、そこからラインザッツ家にだけ販売することにしよう。ラインザッツ家に使者を送って話をまとめるように手配してくれ」
「わかった。すぐに準備しておこうか」
おっさんと話をして、即座に決めた。
だが、これには通商問題以外にも狙いがある。
三貴族同盟としてまとまっていた三大貴族家がお互いにらみ合うような情勢になってきているのだ。
メメント家とだけ取引をしていては、もしも三大貴族家同士が争った場合、フォンターナが自動的にメメント陣営の一員だと判断されても困る。
こちらとしてはどこともイーブンな関係でいたい。
だからこそ、魔石の販売をラインザッツ家に限ることにする。
話がうまくまとまれば、今後ラインザッツ家ともそれなりに良い関係でやっていけるのではないだろうか。
フォンターナ領にいる自陣営の騎士との関係に対しても頭を悩ませながら、俺は領地外にも目を向けて執務を行なっていったのだった。
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