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死を悼む

「アルス様、少しお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「どうした、ペイン。なにか新しい問題でもあったのか?」


「いえ、問題というほどではありませんが、もしかするとこれから問題化してくるかもしれません」


「なんだ? 気になることがあるなら言ってくれると助かる」


「アルス様はカルロス様の仇を討とうとはお考えではないのでしょうか?」


「……仇? いや、カルロス様に攻撃を仕掛けた犯人ってまだ調査中だろ。だれだかわかったのか?」


「いえ、まだ判明していません。が、フォンターナ家当主であるカルロス様に勝てるということは普通の騎士ではまず無理です。少なくとも当主級の実力者であることは間違いないでしょう。そして、王領に入る直前に王ともども襲われた。……あの場で当主級を複数動かすことができた勢力は当然限られています」


「やめろ。確定していないことでむやみに疑いだしたら敵を増やすことになる。憶測だけで仇討ちを叫ぶなんてやったら、こちらが痛い目を見るぞ」


「私もそう思います。ですが、そう思わないものもいるでしょう」


「……もしかして、フォンターナ領でそういう声が上がっているのか? カルロス様の仇を討とうって」


「フォンターナのために、という目的を達成するためには卑怯にも闇討ちされて命を落としたカルロス様の仇を討とうと考えるのはある意味自然です。物事を大きく大局的に捉えることができずに感情だけで動こうとする者は特に」


「なるほど。と、すると結構根深い問題になるか。カルロス様の仇を討つのは当然だと考えるような奴なら、俺が仇討ちに動かないとなったときに矛先が変わるかもしれない。仇を討とうともしない俺は腰抜けだとか弱腰だとか言い出すかもってことだな?」


「はい。そのとおりです」


 フォンターナの街でフォンターナの力をつけるために農地を改良したり、人材を集めたり、学校を作ったり、統一基準を作ったりという仕事をこなしていた。

 机にかじりついてせっせと仕事をしていたそんな俺にペインが話しかけてくる。

 その内容は俺があまり考えていなかったことだった。


 急死したカルロスの仇討ちを考える連中がいる可能性。

 俺はそのことをあまり考えていなかった。

 実を言うと自分の命が最優先でフォンターナ家の当主代行という地位についたので、カルロスの死についてしっかりと向き合っていなかったのだ。


 カルロスは俺にとってはいい上司だったと思う。

 フォンターナ家家宰のレイモンドを倒した直後はその後の展望が全く見えずにいたが、それがカルロスによって救われたのだ。

 カルロスの配下の騎士になるということでレイモンドを討ち取ったことについては不問となり、領地まで与えられたのだ。


 それにその後もなんだかんだでカルロスは俺に甘かった。

 バルカとしての力がカルロスにとっても必要だったということもあるだろう。

 だが、それでも俺はカルロスの庇護下でかなり自由に動けたのだ。

 例えば商売一つにとってもそうだ。

 俺が新しいものを開発し、それを商売の種にして稼いでいたときも、カルロスはそれを見守ってくれていた。

 もし、カルロスが俺を下賤な農民上がりの騎士だとバカにして、開発した商品を取り上げたりする強欲貴族だったらどうなっていただろうか。

 今のように金を稼いで、それをもとにさらにバルカを発展させて新たな商売につなげていくなどということは到底不可能だっただろう。


 たまに無茶振りが飛んできて死ぬんじゃないかと思うときもあったが、総合的に考えるとかなり自由にやらせてもらっていたのだ。

 感謝してもしたりないくらいだろう。

 そういう意味においては俺はカルロスに対して好意を抱いていた。


 が、だからといってカルロスの死を深く追及していくかというと難しい問題になる。

 もちろん、ペインの言う通り、カルロスが襲われて死んだことについて完全になにもしないというのはありえない。

 だが、だからといって、誰を仇討ちしろと言うのか。

 もし、名指しでどこかの貴族を非難してそれが違った場合、大きな問題となる。

 最悪の場合、そのことが原因で戦に発展する可能性だってあるのだ。

 もちろん、今の状態でフォンターナがどこかと戦うなどありえない。

 今はまだ、力を貯めるべきときだからだ。


「現状で仇討ちに動くことはできない。が、たしかにカルロス様を思う気持ちは俺にもある。というわけで、不満をそらすために別のことをしてみようか」


「別のことですか?」


「カルロス様の葬儀を大々的に開こう。それこそ、フォンターナ中で亡くなられたカルロス様を悼んで思いを馳せるようにしようじゃないか」


「……そういえば、以前旧アーバレスト領のパラメアで祭りを開いたのだそうですね。なるほど、カルロス様の死についてアルス様も心を痛めていると広く知らせると同時に、一緒に涙を流して興奮した気持ちを抑えようというわけですか」


「ああ、金ならあるからな。盛大な葬儀を行おうじゃないか。なんなら、カルロス様がいかに優れたお方だったかを本にまとめてフォンターナ領全体に配布するのもいいかもしれない。で、最後にこう付け加えよう。カルロス様の死を悼んでフォンターナは一年間喪に服す、と」


「喪に服す。つまり、フォンターナは一年は戦をしない、ということですか?」


「駄目かな? 何かあれば防衛はするけど、基本的にはこちらからは攻勢にはでないと表明する。どっちかと言うと、フォンターナ領の中の過激派騎士の動きを抑える口実になると思うんだけど」


「そうですね。念のために他領と領地を接する地点は防衛軍を配置する必要はあるでしょうが、味方の暴走を防ぐ効果はあるかと思います」


「よし、なら決まりだ。葬儀の準備を進めようか。ただ、喪に服するというのは先に発表していいだろう。頼めるか、ペイン?」


「はい、かしこまりました、アルス様」


 よしよし、これでまた少し時間をかせぐための理由ができた。

 葬式関係についてはフォンターナ家の歴史を調べて、一番盛大になるようにするとしよう。

 喪に服するとか言っておいて盛大に式をするというのもおかしいのかもしれないが、まあいいだろう。

 こうして、少しずつ雪が降り始めた時期を迎えながらも、俺はカルロスの偉大な軌跡という本の執筆を命じながら葬儀の準備をすすめることになったのだった。

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