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献上

「ここが貴族様の住んでいる街だ」


 俺は人生はじめての旅を経験している。

 といっても、前世でしたような旅行とは違い、そこまで距離的に遠くではなかった。

 だが、思った以上に時間がかかった。

 車や新幹線のような移動手段がないので当然だろう。

 使役獣が引っ張る荷車に乗り込んで、でこぼこの道を進むのだ。

 数日間の移動でも多分そんなに進んでいないのではないだろうか。


 俺が生まれ育った村が広大な森の近くに存在し、そこから南へと3日進んだところに貴族が住んでいるという街があった。

 少しだけ盛り上がったような小高い丘の上に貴族の家があり、そこを中心にして街がある。

 この街はレンガで作られた壁によって囲まれている。

 どうやら城壁都市というやつらしい。


「結構人で賑わっているんだね」


「ああ、あっちをみてみな」


 そう言って行商人が指し示すほうを見る。

 ただの壁があるだけにしか見えない。

 だが、その城壁は見た感じ比較的新しいもののようだった。


「今、レンガの特需があるって言って買い取りしてただろ? あれがその理由さ」


 行商人が言うには街を囲む壁の一部を改築しているらしい。

 部分的に取り壊して、街を広げるようにして新たな城壁を建築しているのだそうだ。

 一部のレンガは再使用しているようだが、それでも圧倒的にレンガの数が不足していた。

 そこで、足りない分を補うように購入していたというのがレンガ特需の理由だった。


「あの感じだと、まだもう少し特需は続きそうかな?」


「そうだな。ただ、このへんでもレンガは作れるからな。もうしばらくしたら遠くから運んでくるレンガは利益が出なくなりそうだよ」


 なるほど。

 ということは、これからは今までのようにレンガで利益を出しにくくなるってことか。

 ならば、しっかりと今回の貴族との商談をまとめなければ。

 俺は城壁を見ながら、気合を入れ直したのだった。




 ※ ※ ※




「フォンターナ家の家宰、レイモンドだ。よろしく頼む」


 貴族であるフォンターナ家へと使役獣を献上するためにやってきた次の日。

 街の中心近くへ目的を達しにきた。

 だが、俺の予想とは違い、貴族のお宅拝見とはいかなかった。

 今いるのは貴族の館からは離れた厩舎前の広場だったからだ。


 まあ、考えてみれば当たり前かもしれない。

 馬型の使役獣は体が大きい。

 そんな生き物を貴族の住む館にいきなり通すはずもなかった。

 さらに言えば、別にトップである貴族の当主に会うようなこともなかった。

 農民や商人である俺たちに対してわざわざ会う必要などないのだ。

 当主の部下であるレイモンド氏が応対してくれるようだ。

 行商人側も貴族家とのコネを作りたいのであって、貴族様に直接会いたいというわけでもなかったようだ。

 ちらりと横顔を見てみると緊張した面持ちながら、かすかに口の端が上がっていた。


「ふむ。確かに事前に話に聞いていた通り、この使役獣は騎乗が可能そうだな」


「はい、そのとおりでございます。体格も立派で鎧を着込んで騎乗しても問題ないかと思います。ぜひこの使役獣をフォンターナ様にお使いいただきたく、この者たちとともに馳せ参じた次第でございます」


「ふむ。ひとりは子供のようだが……」


「はい。実はこのアルスこそがこの使役獣を育てたのです。となりにいるのはその父親にございます」


「そうか。それが本当であれば今後もこの使役獣の生産を長く続けられそうだな」


「はい。この使役獣はヴァルキリーといいます。ぜひ、このヴァルキリーの生産と販売の許可をいただきたいのです」


 レイモンド氏と行商人が話をしているのを、地面に膝をつきながら聞いていた。

 だが、話を聞いていて思わず口を挟んでしまいそうになった。

 ヴァルキリーは最初に生まれた子につけた名前であって、別に種族名ではないのだが。

 しかし、行商人はヴァルキリーという名前を俺が育てた使役獣を指す名称としてレイモンド氏に紹介してしまった。

 ちなみに本物のヴァルキリーは村でお留守番中だ。

 あいつは俺の相棒だから売る訳にはいかない。

 今回はヴァルキリージュニアの3頭を献上するためにこの街へと連れてきていたのだ。

 まあ、別にいいか。

 多少ややこしいことになるが、あくまでそれは俺の中での話だ。

 それほど問題にはならないだろう。

 俺が話を聞きながらそう考えていたときだった。


「よし、いいだろう。後ほど許可証を発行しておこう。フォンターナ様にもその旨を伝えておこう」


「あ、ありがとうございます」


「よい。今後もしっかりと励むように」


「はい、かしこまりました」


「だが、このヴァルキリーは戦には使えんかもしれんな」


「え? そ、それはいったいどういうことでしょうか?」


「頭に生えた角が邪魔だ。これでは得物が振るえんだろう。おい、誰かおるか?」


「はっ」


「この使役獣の角を切り落とせ」


「かしこまりました」


 いや、ちょっと待てよ。

 何だこいつは。

 献上した使役獣をいきなり傷物にするつもりなのか。

 口出しすることのできない俺が唖然として見ている中で、俺の育てた使役獣の最大の特徴でもある2本の角が切り落とされる。

 俺はそれを黙ってみているしかなかったのだった。

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