高額報酬
「よし、でかしたぞ、ペイン」
「ありがとうございます、アルス様。フォンターナ軍と交戦状態にあったメメント軍ですが、狙い通りこちらの案をもとにした条件で講和を結びました。順次、逗留している軍を退いていく手筈となっています」
「よくやった、ペイン。ここでメメント家が軍を退けば、じきに冬になる。そうすれば雪で進軍することは無理だ。西の旧アーバレスト領もなんとか安定化しているようだし、これでフォンターナ領にも少し猶予ができたな」
「ですが、まだまだ危険な状態ではあると思いますよ。リオン様からはその後連絡などはあったのですか?」
「ああ。リオンは今王都を中心に情報を集めて報告してもらっている。現在行われている三貴族同盟の会談はまだ話がまとまってはいないらしい。正式に覇権貴族を名乗り出るのがどこになるかは、これも来年までかかるんじゃないかってのがリオンの予想だ」
「なるほど。では、とりあえずの時間的猶予は来年の雪が溶けて収穫が終わるころになるでしょうか。しかし、そうなると今後の動き方が決定しづらいですね。どこが覇権貴族としての立場に収まるのかということで、フォンターナは身の振り方がかわってきますよ」
「そうだな。できれば、三貴族同盟の三家とは個別に接触しておきたいところではある。メメント家との麦の取引みたいに、それなりのつながりがあったほうがいいのは確かだ」
「やはり外交ですね。ですが、フォンターナ領にとって外交力は少々課題が残るところですね。失礼ながら、あまり外交が得意な者がいないようですが……」
確かにペインの言うとおりだ。
前から思っていたがこちらの陣営は少々外交に不安がある。
まあ、それもこれも俺が原因なのだが。
もともと、フォンターナ家というのはそこまで外交力に問題がある家ではなかった。
それはかつてレイモンドがこのフォンターナ領をきっちりとまとめていたことからもある程度わかる。
まだ幼い頃のカルロスしかいないときに、レイモンドはフォンターナ領を守り、維持していた。
それは外交力があったからこそでもある。
東と西に領地を接する貴族や騎士とのやり取りのほかにも、遠方の貴族ともそれなりに付き合いがあったらしい。
が、現在はその外交力はフォンターナに残されていない。
それは、当時のフォンターナの外交がレイモンドの人脈によるものだったからだ。
コネクション。
他の貴族といかに知り合いがいるかという人脈がこの世界の政治では意外と大きな力となり得る。
歴史あるフォンターナ家の正式な家宰として昔から仕事をしていたレイモンドはほかの貴族や騎士に顔が利いたのだ。
だが、俺は違う。
他の貴族のことなんて全く知らないのだ。
よく知りもしない俺が一時的にフォンターナの当主代行として振る舞っているという状態を他の貴族は良しとしないだろう。
少なくとも俺がそれなりにフォンターナ領を切り盛りして回していく実力があると判断されない限りはまともな交渉すらままならない。
レイモンドが突然俺に討ち取られて、急遽頭角を現したカルロスがさらに急死してしまった。
そのため、他の貴族とのパイプの多くが失われてしまったのだ。
その失われたコネクションはすぐに回復するような代物ではない。
だが、それでも一応残されたつながりだけはきっちりと次に繋げるようにしておいたほうがいいだろう。
「喜べ、ペイン。お前は今回の使者としての仕事を見事果たして三大貴族家と呼ばれるメメント家との講和を実現した。その成果を認めてペインを騎士として取り立てよう」
「え、……はっ、ありがとうございます、アルス様。このご恩は忘れません。私はアルス様のためにこれからも誠心誠意働いてみせましょう」
「よろしく頼むよ、ペイン」
「……で、どういうおつもりですか? いきなり、私を騎士へと叙任するとは?」
「いや、別に大したことじゃないんだけどな。お前には成功例となってもらおうかなと思って」
「成功例、ですか?」
「そうだ。ペイン、お前は元ウルクの騎士であり、こちらと交戦したこともある。そのお前が俺のもとに下って、働いて騎士となった。だけど、それは決して戦場での働きだけではない。特に最後の決め手となったのはメメント家との交渉だ。つまり、武力ではなく、交渉力で俺から取り立てられたってことになる」
「ははあ、なるほど。つまりは、アルス様のもとで騎士として認めてもらうには戦での働きだけではなく、他貴族との交渉力も成果の一つとして認められる、ということを他の者達にも広げていきたいというわけですか」
「そうだ。ついでに言えば、ペインがウルク出身だってのも意味がある。もともとウルクやアーバレストにいたやつも頑張り次第じゃ俺から騎士として認めてもらうことができるって思わせられれば、まだ見ぬ人材が出てくることもあるんじゃないかな?」
「そうですね。では、僭越ながらアルス様にひとつ提案したいことがございます。よろしいでしょうか?」
「うん、なんだよ、ペイン。提案って?」
「騎士として叙任する以外にもなにかいただけないでしょうか? そうですね、できれば金銭がよろしいかと思います。それも高報酬で私を評価してくださいませんでしょうか?」
「……なんでだ? ペインが有能だってのはわかるけど、高額の報酬が必要なのか?」
「はい。私がアルス様のもとで働いたのは今年になってからです。その私がアルス様から高評価を受けて身分とお金を頂いたとします。すると、それを聞いた者たちはどう思うでしょうか。ペインという男がそこまで評価されるなら自分のことも評価してくれるかも、いや、自分のほうがペインよりも有能なのだからもっと高報酬でフォンターナ家の一員として雇い入れてくれるのではないかと考える者が出てくるはずです」
「ペインよりも有能なやつが? いるのか、そんなやつがそこらへんに?」
「いると思いますよ、アルス様。私はもともとウルク家の騎士として戦での働き方を磨いてきましたから。分野によっては私よりも有能であるという人は珍しいものではないでしょう。外交分野についてもそうです。きっといい人材が見つかることでしょう」
うーん、本当だろうか。
以前、カイルの魔法を餌にして人材を集めようとしたときには割と変人ばかりが集まってきたような気もするのだが。
だが、あのときは一般的に価値の認められている攻撃系の魔法を持たないカイルの魔法だったからこそ、ほとんど庶民からしか人が集まらなかった。
しかし、今回は俺の魔法を餌にするのだ。
一応【散弾】という攻撃魔法もあるし、フォンターナ家からの【氷槍】なども使えるようになる。
それに俺のネームバリューもそれなりのものになってきたし、その上で報酬を弾むというのだ。
ペインの言う通り、バルカの魔法と金と活躍の場を求めて人が集まるかもしれない。
ペインの主張を認めた俺は、ペインを騎士として教会で名付けをしてから、正式に高報酬の待遇で働いてもらうことにした。
そして、それをフォンターナ中に話が広まるようにした。
こうして、少しずつだが旧ウルク・アーバレスト領からもやる気のある人材が俺のもとに集まり始めたのだった。
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