南北同盟
「アルス様、バルガス・バン・バレス様がアーバレスト領を手中に治めました。旧アーバレスト領はガーナ・フォン・イクス様のイクス騎士領とバレス騎士領で分け合うことになったようです」
「報告ご苦労さま、ペイン。バルガスがうまくやったか。とりあえずこれで東から西までをフォンターナでまとめることに成功したな」
「そうですね。バルガス様の報告によると、アーバレスト家当主のラグナ様はすでに亡くなられていたようです。賠償請求書を提示され反抗した者たちが倒されて、残りがバルガス様に降伏した形になります」
「地元に勢力基盤を持つ一部の騎士が正式にアーバレストからフォンターナへと鞍替えした形になるのか。バルガスも一思いに全部潰せばあとが楽だったのにな」
「少しお聞きしてもいいでしょうか、アルス様? アルス様は正式にフォンターナ家当主のガロード様の後見人、つまり当主代行としての立場を確立されました。ですが、フォンターナ領は今、三大貴族に目をつけられているもっとも危険な状態にある貴族領です。今後領地を守るための方針というか、展望などがあるのでしょうか?」
「あれだけみんなの前で大見得きったからな。確かにある程度の方向性を出しておいたほうがいいか」
「はい。フォンターナ家当主代行となられたと言っても、まだつい先日までは現フォンターナ領はフォンターナ・ウルク・アーバレストの3つの貴族領だったのです。それをまとめた直後で非常に不安定と言わざるを得ません。もしも今三大貴族家がアルス様に戦いを挑みこちらが敗北するようなことがあればすぐに瓦解してしまいますよ」
「そうだな。だけど、方針としてはやっぱり時間稼ぎが当面の目標だな」
「時間稼ぎ、ですか?」
「そうだ。なにをするにしても時間を稼ぐ必要がある。冬が来ればメメント軍も引き返さざるを得ないしな」
俺は今、フォンターナの街にあるカルロスの居城にいる。
そこでペインから報告を受けていた。
ガロードの保護などで一度はバルカニアにいたが、新たにフォンターナの当主となった幼子のガロードの代わりに仕事をする必要があったからだ。
フォンターナの街はフォンターナ領に張り巡らせた道路網が一点に集まる場所でもあるので、こちらのほうが政務がしやすかったのだ。
そんな中で西へと派遣したバルガスがアーバレスト領を制圧したという報告があった。
どうやらうまくいったようだ。
アーバレスト領当主だったラグナが不在になっていたのも大きい。
一応ラグナはフォンターナ家に忠誠を誓い降伏していたのだが、その配下の騎士はやはり不満があったようだ。
バルガスが賠償請求書をチラつかせて煽ると簡単に反発してきたようだった。
まあ、なんだかんだあったが、これでとりあえず隣り合った貴族領をフォンターナ家が完全に手に入れたことになる。
だが、ペインの言う通り俺の目的はフォンターナの領地を増やすことではない。
俺個人の目的もフォンターナ家としても、三大貴族家相手にどう生き残り戦略を構築するかという問題が残っているのだ。
いくら領地を拡大したところで再び他の勢力に奪われることなど、このご時世当たり前にある話なのだから。
「まあ、思いつく手は一応打ってあるよ。他の貴族家と連携をとってフォンターナ領を三大貴族家が攻め込みにくくしようとは思っている」
「他の貴族家ですか? それはどこの貴族家でしょうか、アルス様。三大貴族家から自分たちが睨まれることになってまでフォンターナと手を結ぶ相手がそうそういるとは思えませんが……」
「いや、いるだろ。都合のいい相手が」
「……それはどこでしょうか?」
「リゾルテ家だよ、ペイン。三貴族同盟に敗北して覇権貴族から転落したあのリゾルテ家だ。フォンターナはリゾルテ家と手を組み、三貴族同盟へと対抗する」
「リゾルテ家ですか。……王領や三大貴族家のどの領地よりも南にある南部貴族ですよ、リゾルテ家は。最北の土地にあるフォンターナ家と最南のリゾルテ家が連携するには遠すぎるのではないでしょうか? あまりいい相手とは思えませんが……」
「そうかな。遠交近攻だよ、遠くの領地と手を組んで近くの相手と戦うってやつだ。三貴族同盟が連携して一斉にフォンターナに押し寄せてくれば、さすがにいくら頑張っても勝つことも守りきることもできない。だけど、曲がりなりにもフォンターナがリゾルテ家と手を組んだと知っていたらどうだ? 三貴族同盟が全軍を投入して北に向かっている間に南が動くかもしれない。そう考えたら三貴族同盟は全力を北へと向けることはできなくなる。まあ、そのかわりリゾルテ家が攻撃されそうになったらこっちはその救援に向かわないといけないんだけどな」
「なるほど。つまり、いつでも後背をつく相手がいる状況にすることで三貴族同盟を動きにくくするということですか。一理あります。が、その交渉は誰が向かうのですか?」
「もう向かっている。リオンだよ。カルロス様と一緒に襲撃されたけど、リオンは無事だった。で、そばにリード家の人間もいたからな。カイルに【念話】で連絡をとってもらったんだ。フォンターナに戻るよりも、さらに南下してリゾルテ家に行ってくれってな」
「そうでしたか。すでにそこまで動いていたのですね。出過ぎた心配でした。ご容赦を」
かつての覇権貴族だったリゾルテ家。
王領や三貴族同盟のどの領地よりもさらに南にあり、広い領地を持っていた大貴族家だ。
フォンターナが隣のウルクやアーバレストと小競り合いを繰り返している間、覇権貴族と三貴族同盟が大規模な戦いを行なっていた。
そうして、勝者についたのは覇権貴族のリゾルテ家ではなく三貴族同盟だった。
だが、負けたと言えどもリゾルテ家が完全消滅したわけではなかった。
あくまでも三貴族によって勢力を大幅に減らしたものの、それでも他の貴族よりも力のある貴族として残っている。
現状では三貴族と同時に戦うだけの力はないというだけで無視していい勢力ではない。
それがこちらにとっては都合がよかった。
かつて覇権を握っていたときであればリゾルテ家と同盟を組もうと提案しても聞く耳を持たない状態だっただろう。
しかし、今の弱り目のリゾルテ家であれば話が違ってくる。
今まで交流のあまりなかったフォンターナ家と手を組むことはリゾルテ家にとってもメリットがあるからだ。
再び三貴族同盟に連携して攻撃されたら困るのはフォンターナだけではなくリゾルテ家も同様なのだから。
それにフォンターナと同盟を組んだことがデメリットにもなりにくいという点がある。
北と南で遠く距離が離れ、間には他の貴族領があるからだ。
同盟を組んだものの裏切られて領地を取られる、といった心配もないわけだ。
なんならとりあえず同盟を組んでおいて、いざフォンターナが攻められても援護に向かうのはゆっくりでもいいと考えているかもしれない。
あくまでも必要なのは北と南で同盟を組んだことで、三貴族同盟が全力で攻勢に出てくる可能性を減らすという狙いが重要なのだ。
そのことをリオンに説明し、リゾルテ家に話を持っていってもらった。
どうやら向こうであれこれ言われたようだが、最終的にはこの話をまとめることができた。
こうして、長い戦乱が続くこの地にあって初めてフォンターナ家とリゾルテ家による南北同盟が結成されたのだった。
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