コネクションづくり
「追加で使役獣の卵を持っては来たものの、いやはや、もう前に渡したやつは全部孵化したのか……」
俺が森を開き、畑を広げながら、騎乗訓練に明け暮れる日々を過ごしてしばらくした頃、再び行商人が村へとやってきた。
以前行った契約どおり、新たに使役獣の卵を持ってきてくれたらしい。
そして、その際に前回もらった卵が全て孵化が終わっていると話したところ、ひどく驚かれたのだった。
というのも、行商人の予想ではまだ1個か2個くらいしか孵化していないのではないかと予想していたようだ。
どうやら俺が育てる使役獣の卵は成長がかなり早いらしい。
【魔力注入】の効果かもしれない。
普通はその人が持つ魔力を自然に吸収していき成長するため、1つの卵を孵すのに1ヶ月以上かかるというケースが多いようだ。
しかも、それは複数の卵を持っていても同時進行ではないため、時間がかかるという。
そのため、もう成獣にまでなっている使役獣を見て驚いたのだ。
「とりあえず、もう売りに出すことはできるよ。どうする? ていうか、どこか買い取ってくれるようなあてはあるの?」
「ん? ああ。そうだな。実を言うと最初は売るつもりはないんだよ」
「え? じゃあ、自分で行商にでも使ってみるってこと?」
「それもありだが、今回は違うな。人に渡すんだよ、タダでな」
はあ?
あれだけ「この使役獣なら間違いなく売れる」とか言っていたのに、タダでプレゼントでもするつもりなのだろうか。
行商人がいったいどういうつもりなのか、俺には理解できなかった。
「ふっふっふ。わからないか? アルスもまだまだお子ちゃまだな」
「なんだよ。女にプレゼントするとか言うんだったら契約切ることも考えさせてもらうからな」
「違う違う。そんなんじゃないさ」
「じゃあどうするつもりなんだよ」
「献上するんだよ。この土地を治めている貴族様にな」
「貴族に献上?」
「そうだ。お前は以前俺が言ったことを覚えているか?」
「……なんのこと?」
「俺のような村を回る行商人には高価なものを扱うコネがないって話さ」
そういえば聞いたような、聞いていないような。
なんだっただろうか。
俺は行商人の言葉を受けて、記憶を掘り返してみた。
そういえば、以前俺が白磁器やガラスの食器をもっと高値で買い取ってくれと行商人に頼んだことがあった。
だが、通常の日用品の食器の数倍程度の値段はつけてくれたものの、高級品としては見てくれなかった。
それは、この行商人が食器を高値で売る伝手がなかったことが一因にある。
貴族という階級の存在するこの地で貴族に商品を買ってもらうにはそれなりの信用が必要だ。
通常は大きな商店が独占的に貴族との取引を担っている。
貴族側は専属の商店に注文すれば大抵のものは揃うし、長年の取引による信用関係があるため、下手なものを掴まされるリスクも減る。
専属商店も貴族との取引を独占できるかわりに、何か粗相があった場合にはそれ相応の責任を取らされることになる。
その分だけ真面目に商売しなければならない。
このように売り手と買い手が強固なつながりを得ているため、新参が参入しづらいという状況が生まれているのが現状だ。
当然のことながら、うちの村に来るような行商人では貴族とのパイプはゼロだ。
どれだけ俺が自分の作った食器が高く売れると主張しようとも、希望の金額で買い取ることはなかった。
そんなに高価なら貴族相手でしか売れず、かと言って売ろうにもまともに会うことすらできないのだから。
だが、今回に限っては違う。
今回、商品として持ち上がったのが、俺が自作した食器ではなく、この世界でも貴重で有用であると認識されている騎乗可能な使役獣だからだ。
間違いなく需要はある。
どこに出しても売れること間違いなしだ。
では、なぜそれを売るのでなく献上するという話になるのか。
それは社会情勢も関係している。
今、この地では戦がそれなりの頻度で行われている。
そして、騎乗可能な使役獣というのは、戦を勝つうえで非常に大きな要因になりえる。
言ってみれば戦略物資となるだろう。
そんな戦略物資をこの土地を治める貴族を無視して、敵対している貴族へと販売しようものならどうなるか。
まず間違いなく、関係者一同の命はないという。
であるならば、貴族を無視した商売はできない。
そこであえて、最初の取引を行う前にこちらから無償で渡しておくほうがいいという行商人による判断があった。
気に入ってもらえれば今後の購入にも繋がり、何より貴族との強力なコネになる。
もしかしたら、ほかの貴族へと繋がりを作ってくれる可能性もあるだろう。
そうした打算、もとい計算があるようだ。
「ま、そういうわけで今度その貴族家に行くぞ。親父さんにもそう伝えておいてくれ」
どうやら、この行商人も今回の取引をビッグチャンスだと考えているらしい。
自分だけで売りに行くのではなく、使役獣を育てる俺だけではなく、保護者である父親まで引き連れて、わざわざ貴族家に挨拶に行く気らしい。
こうして、俺は初めて村の外へと出かけることになったのだった。
お読みいただきありがとうございます。
ぜひブックマークや評価などをお願いします。





