戦略目標
「……カイル、お前すごいな。あんなことができたのか」
「あんなことってなに、アルス兄さん?」
「いや、お前がやってたことだよ。飛行船に乗りながら離れた俺のところまで直接脳にまで声を届けてたろ。なんだありゃ?」
「ああ、あれ? 魔力を使って相手にボクの考えていることを送っただけだよ。練習したんだ。へへ、すごいかな、アルス兄さん?」
「ああ、すごすぎてちょっとビビってるくらいだ。それってもう呪文化してるのか?」
「ううん、まだだよ。したほうがいいのかな?」
「うーん、どうだろうな。仮に【念話】とでも名付けたとして声が届く距離や相手を間違わないかどうかとか、あとは盗み聞きされないかとか。気になることはいろいろありそうだな。ま、とにかく、今はその念話はカイルしか使えないってことだな?」
「たぶん、そうだと思うよ、アルス兄さん。もしかしたら他にも使える人っているかもしれないけど」
「ま、そのへんのことは後で考えようか。問題は今後のことだ。状況がうまく好転してくれるといいんだけどな」
「え? アルス兄さんが相手の当主級を倒したんでしょ? だったらボクたちの勝ちじゃないの?」
「確かに今回の戦いでバルカ軍はメメント軍にいた5人の当主級のうちのひとりを討ち取った。そういう意味ではカイルの言う通り、勝利した、と言えるかもしれない。けど、この勝ちそのものにはあんまり意味がないんだよ」
「どうして? 相手の当主級を討ったんだよね? 意味がないなんてことはないと思うけど……」
「あー、俺もあんまり詳しく理解しているわけじゃないんだけどな……。いわゆる、戦略と戦術ってやつだな。今回勝ったのはあくまでも局地戦での戦術的勝利ってやつだ。だけど、戦術的勝利はいくら数を積み上げても実はあんまり意味がないらしい。戦略的な勝ちというものを考えないといけないんだ」
「その二つの違いがよくわからないんだけど、戦で勝ち続ければ、最終的に勝利者になるんじゃないの?」
「そうならないかな。そんなやり方だといつまでも戦い続けないといけなくなるし。重要なのは、何を目指して戦うかが重要なんだ」
「……アルス兄さんはなんのために戦っているの?」
「俺? 俺は自分が死にたくないから戦っているだけだよ。だけど、これは本来はよくない。よくないけど、戦うしかなかったから戦って今の地位まで上り詰めることができたんだけどな。というか、俺が戦う意味っていうのはあんまり重要じゃないよ。一番大切なのは俺の上司に当たるカルロス様、ひいてはフォンターナ家としてどういう戦略を持っているかってところだ」
「フォンターナ家が持つ戦略? カルロス様はどうして戦っているの?」
「カルロス様はフォンターナ領のために行動している。今回の件の発端になった王の保護についても別に考えなしではない。王様自身の命ももちろん大切だが、それ以上に王家がある王領との取引が重要だったんだ。つまりは経済的な繋がりだ」
「経済? お金の話なの? 戦じゃなくて?」
「そうだ。俺もそうだが、カルロス様も領地の運営に経済の力を重要視している。金を稼ぐことが領地の繁栄に直結していることを理解しているんだ。お金の大切さはカイルも知っているだろう?」
「うん、お金がないと困るよね。アルス兄さんがいつも急に使い込むから大変になることが多いけど」
「今それはいいっこなしだよ、カイル。つまり、カルロス様はフォンターナ領を維持・発展させるためにも王領を中心とした経済圏との経済的な障害を取り除き、可能であれば有利な取引もしたいと考えているわけだ。うまくいけば王を保護して気分良く接待しているだけでそれは実現できたかもしれない。が、現実にはそうはならなかった」
「……メメント家が動いたからだよね」
「そうだ。メメント家はカルロス様のように間接的に王領とつながって発展するのではなく、王の身柄を抑えて王領の経済圏そのものを自分たちの懐に入れたかったんだよ。たとえ覇権貴族であるリゾルテ家を退けた他の三貴族同盟を出し抜くことになってもね」
「……うー、難しいよ、アルス兄さん。結局、最初に言っていた戦略とか戦術とかがその話とどう関わってくるの?」
「つまり、カルロス様の戦略目標はメメント家に勝つことではなく、フォンターナ領と王領を経済的に結びつけながら領地の安全を確保することだ。ぶっちゃけて言えばメメント家とやり合いたいとは一切思っていない。今回の戦いの意味はあくまでもその戦略目標を達成するために必要な三貴族と王家の関係の再構築のための会合を行う時間稼ぎってことだよ」
「えーっと、じゃあ、その話し合いがうまくいかなかったら駄目なんだ。うまくいきそうなのかな?」
「俺に聞くな。わかんねえよ、そんなこと。今回メメント家と対立したことで、王都圏とフォンターナ領の間の交通網が脅かされる可能性がある。商人たちが安全に王都とフォンターナを行き来できるためには、メメント家の邪魔が入らないことが必須だ。だから、できれば王家と手を握るのは三貴族同盟のうちのメメント家以外の二家が好ましく、そこと利害関係でもいいからつながることができれば、とりあえず問題は収まるってところかな」
「結局、メメント家との関係は悪くなっちゃいそうなんだね、アルス兄さん」
「そりゃそうだろう。こっちはいきなり奇襲を仕掛けて食料を燃やした挙げ句に毒まで使ったんだからな。俺が逆の立場だったら絶対に許さんかもしれん」
「そっか。だから、アルス兄さんは教会に聖剣を奉納してもいいって言ったんだね。話し合いがうまくいくようにするために」
「そういうこと。ま、そっち方面のことは俺にできるのはそれくらいだったしな。あとは果報は寝て待てって言うしな。メメント家がここに攻めてこないかどうかに注意しながら、話し合いがうまくいくことを祈ろうぜ、カイル」
「うん、うまくいくといいね、アルス兄さん」
メメント軍に先制攻撃をぶちかまして、すぐに引き返してきた。
カイルに言ったとおり、今回はかなり無茶をしたと思う。
相手がメメント家という大貴族というのもあるが、大した大義名分もなしに攻撃を仕掛けたのだ。
しかも、攻撃した場所はフォンターナ領でもメメント領でもない、両者の間に位置する別の貴族の領地でだ。
これ以上戦おうとすればその貴族もメメント家と合流してこちらを攻撃してくる可能性がある。
故にバルカ軍は3つの陣地まで引き返してくると、あとはそこを固く守ることにした。
もちろん、メメント家が迫ってこないかどうかを十分に警戒しながらだ。
そうして、あとは三貴族同盟と王家の橋渡しを頼んだ大司教にかけた。
だが、意外と貴族間の交渉というのは時間がかかるものらしい。
なかなか交渉がどうなったのかという情報が入らないまま、陣地を守り続けることになったのだった。
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