アルスの狙い
「父さん、飛行船を飛ばしてくれ」
「わかった、アルス。だけど、本当にお前は飛行船に乗らないのか?」
「ああ、竜魔石の魔力残量がほとんど無くなっているからね。飛行船に乗って空に行ってもすることがないんだ」
「そうか。でも、それならなんでわざわざ移動の邪魔になる飛行船を持ってきて、ここで飛ばすんだ?」
「ああ、そのことか。その飛行船は囮に使うんだよ」
「囮?」
「ああ、そうだよ、父さん。俺は事前に飛行船でメメント軍の上空を飛んで相手の食料庫を燃やしていった。その時、ほとんど相手は無防備だった。なぜだかわかる?」
「なぜって、……そりゃこんな空飛ぶ乗り物を見たこともなかったからじゃないか? 父さんもいまだに飛行船ってのが空に浮かぶのが信じられないんだ。相手も人が乗っていて、攻撃されるとは思いもしなかったと思うぞ」
「そうだね。そのとおりだよ、父さん。相手は飛行船を知らなかったがゆえになにをしてくるかわからず警戒もできなかった。そして、その飛行船が再び現れたらどうなると思う?」
「そりゃあ、びっくりするだろうな。もう一度、軍に火を放たれるかもしれないんだ。父さんだったら慌てて弓や魔法で攻撃するかもしれんな」
「そうだ。今のメメント軍にとって飛行船の存在はなによりも危険なものに値する。食料庫を燃やす氷を落としたり、【洗浄】しても落ちない毒を散布されるんだからな。けど、前回と決定的に違うところがある。それは飛行船に俺が乗っていないってことさ」
「アルスが乗っていない、っていうのはどんな意味があるんだ?」
「簡単だよ。あのとき、メメント軍からは飛行船に誰が乗っていたのか、誰が攻撃してきたのかはわからないんだ。つまり、向こう側は飛行船の姿が見えた時点で最大限の注意をする必要がある。つまりさ、飛行船は別に攻撃しなくても空を飛んでいるだけで相手の軍の注意を引きつける効果があるってことさ」
「なるほどな。みんなが上を向いていれば地面を移動するバルカ軍の動きへの注意が逸れるってことだな、アルス。わかった。飛行船のことは父さんに任せてくれ。相手の上を飛んで動きを引っ掻き回してみるよ」
「ああ、頼んだよ、父さん。無理はしないでね。カイルのこともよろしく」
「もちろんだ。アルスも気をつけてな」
事前に行なった毒の散布によって動けないものが多数いるメメント軍。
そこへと攻勢をかける。
が、その前にもうひとつ策を用意しておいた。
それは飛行船を飛ばすというものだ。
飛行船には攻撃能力などはない。
故にただ空に浮かんで相手の軍の上で浮かんでもらうことになる。
だが、それだけで相手に対して効果がある。
人というのは全く知らないことに対しては恐ろしく無警戒になる。
それが危険である、と知らなければ注意しようがないので当たり前だろう。
だからこそ、飛行船はメメント軍の食料庫を焼くことに成功した。
だが、次はそう簡単にはいかないだろう。
相手も馬鹿ではない。
当然警戒してくるからだ。
だからこそ、そこをつく。
相手が警戒するからこそ、それを逆手に取る。
そのために、バルカ軍が攻撃を仕掛ける前に飛行船を発進させた。
ゆっくりと宙に浮かび、風見鳥の誘導に従ってメメント軍の方へと進む気流に乗る。
そうして、スピードを上げながらメメント軍の上をとった。
「今だ。バルカ軍、突撃するぞ」
それを見て号令を下す。
俺の声を受けて、バルカ軍が大きく動き始めたのだった。
※ ※ ※
「バ、バルカの騎兵だ。と、とめろ!」
「突っ込め。一人でも多く、敵を討て!」
4万もの数で進軍していたメメント家の軍勢。
そこに数が一桁少ないバルカ軍が突撃を仕掛ける。
普通ならば絶対に勝ち目のない戦い。
まともにぶつかればさすがにいくら策を弄したところで勝つことはできない。
だから、俺はあれこれ策を弄した上で局地戦へと持ち込むことにした。
最初にガツンとぶち当たって戦果を得る。
そして、その戦果を得たところで即座に引き返してこう言うのだ。
今回の戦いはバルカ側の勝利だった、と。
では、そのために必要な戦果とはいったいなにか。
それはメメント軍にいる当主級の首だ。
といっても、それはメメント軍の総大将の首ではない。
あくまでも、メメント軍に複数いる当主級の首を狙うことだった。
そう、メメント家ほどの大貴族になると4万人もの軍を動員することも可能だが、それ以上に驚異的なのが複数の当主級を戦場へと送り出すことができるということにある。
事前の情報と飛行船に乗っていたときに得た情報を照らし合わせると、現在、この戦場にはメメント家の当主級は5人いる。
そのうちのひとりを撃破し、さっさと引き返すのが今回の戦闘の目的だった。
この作戦は決して不可能ではないと考えている。
それは5人の当主級の実力者と一度に戦うわけではないからだ。
どうやら、相手はそれぞれの当主級が自分の軍を率いてるようなのだ。
そして、そのうちの5000人を率いる当主級。
俺が狙ったのはそいつだった。
ようするに、メメント軍は4万人でひとつの集団ではなく、複数の軍の集まりであり、一枚岩ではなかったのだ。
事前に動きを鈍らせて、しかも、他の4つの当主級が俺の狙いの当主級の軍へと援護に駆けつけないように飛行船まで飛ばして目をそらした。
用意できた策はここまでだった。
あとはもう、目の前の相手を倒すしかない。
こうして、バルカ軍はメメント軍とぶつかりあったのだった。
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