安全神話
「なあ、おい、大将。本当にメメント家に勝てるのか?」
「なんだよ、バルガス。もう出撃してからそんなこと言い出すなよ」
「だって、誰だってそう思うだろ。メメント家の軍勢は4万はいるんだろ? しかも、相手は10万はいるって豪語しているんだ。誰だって疑問に思うだろ。ほんとにバルカ軍の2500くらいの戦力で勝てるのかってさ」
「まあ、普通にやったら勝てないわな」
「だろ? けど、大将のことだしなんか考えがあるのかと思ってな。どうするつもりだ?」
「どうって言っても、このまま軍を進めてメメント家を強襲する。ざっくりいえばそんだけだよ」
「……策はないのか?」
「あるよ。というか、もうメメント家を嵌めるための策は発動している。今頃はまともに動けなくなっているんじゃないかな?」
「もう策が発動している? もしかして、こないだ大将自らメメント軍の食料庫に火をつけたことを言っているのか?」
「そうだ。その時、火をつける以外にも策を打ってある。たぶん、うまくいっているはずだよ」
「……へえ、やっぱり最初から攻め込む気だったんじゃないか、大将。で、どういう策を使ったんだ?」
「簡単だよ。鉱山に巣食った犬人退治のときと同じことをしただけだ」
「は? 犬人ってあれか? バイトのいるバルト騎士領の鉄鉱山の魔物退治の? ……確かそれって毒を使ったんじゃ?」
「正解だ。たぶんメメント家は今頃毒でのたうち回っているはずだよ。時間稼ぎにちょうどいいかと思ってやったけど、攻め時でもある。だからこそ、出撃したんだよ」
バルカ軍2500がメメント家の軍勢に向かって進軍していく。
その軍の指揮を執るバルガスがこちらに駆け寄ってきて話しかけてきた。
どうやら、こちらの数を圧倒する相手に対して仕掛けるという俺にどうするつもりなのかと聞きたいようだ。
出撃するときには文句を言わずについてきて、こうして出発してから移動中に聞いてくれるのでありがたい。
無駄な時間をとることなく、今回の作戦の概要をバルガスに話し始めたのだった。
※ ※ ※
俺は新たに飛行船というものを作り、それを用いてメメント家の軍を偵察にでかけた。
飛行船そのものはきちんと運用することができ、しっかりと空を飛んで相手の全容を把握することができた。
そして、メメント家の進むスピードを遅らせるために食料を集めている集積地点を焼いたのだ。
しかし、相手の食料をすべて焼くことはできなかった。
それは焼く為に用いた氷の魔法に使用する魔力が底をついたこともある。
が、だからといって、俺は焼けなかった食料になにもしなかったわけではなかったのだ。
他の食料に対しては毒を散布していったのだった。
軍の食料の半数近くを失ったメメント家。
カルロスはメメント家ほどの大きな家ならば一時的に失った食料をカバーできると言っていたが、さすがに即座に対応することは難しいだろう。
残った食料でなんとか食いつなぎつつ、圧倒的な力を背景に周囲から食料を徴収する。
それくらいしかできないのではないかと思う。
だからこそ、残った食料に毒をふりかけた。
おそらくはその毒がついた食料をメメント軍の兵たちは食べている。
まるで鉱山に住み着いた犬人たちと同じように。
安全だと思った食料を山分けして、みんなで食べているのだ。
しかし、普通に考えれば燃やされた食料と残された食料があれば、残った方も危険視するものだと思う。
特に今回は謎の飛行物体が上空を通り、なにかを散布していったのだから。
メメント家も注意するはずだ。
だが、それでも俺はこの毒散布作戦が成功する確率はかなり高いと考えている。
というのも、この世界には前世では存在しなかった「安全神話」が存在しているからだ。
それは、「食べ物は腐っていなければ安全である」という認識をほとんどの人が強烈に刷り込まれているのだ。
この場合、腐っているか否かは色や臭いなどで判断する。
つまり、変色していなかったり、腐敗臭がしない食べ物は安全であると考えられているのだ。
それはなぜか。
実はこの認識には教会から授けられる生活魔法の【洗浄】が大きく関わっていた。
【洗浄】という魔法は対象の汚れを取り除く魔法だ。
人の体に【洗浄】を使えば風呂に入る必要などないくらい綺麗で清潔となる。
逆に家の掃除も【洗浄】さえかければ、あっという間に新品同様にきれいになるのだ。
そして、この【洗浄】は食べ物関係にも使われていた。
食べ物は調理する前に【洗浄】をかけると人体に影響のある汚れがすべて取り除かれてしまうのだ。
まだ顕微鏡が作れていないので実際にそれがどれほど正しいのかは定かではないが、今までの経験上、【洗浄】を使ってから調理した食べ物は食中毒を起こすことはなかった。
もっとも、食べ物そのものが古くなって腐っている場合などは違う。
臭いがするほどの腐敗したものは【洗浄】をかけても人体に悪影響を与える。
つまり、食べ物は臭いを嗅ぎ、腐敗臭のしないものであれば【洗浄】をかければ安全に食せるということになる。
実は、それは毒への対策にもなっている。
もともと毒をもっている食物そのものを食べるのではない限り、毒が付着した食べ物は【洗浄】してから調理し、食器類も【洗浄】しておけばほとんど安全なのだ。
つまり、飛行船からなんらかの物質が散布され、それが自分たちの軍の食料の上についたとしても【洗浄】さえすればなにも問題のないことだと考えるのがこの世界での常識だったのだ。
しかし、俺が散布したのはその【洗浄】効果をすり抜ける毒だった。
ミームと一緒に毒への対処法として【毒無効化】という魔法を作っていた俺は、そんな【洗浄】の働きを無視して毒殺が可能となる毒の存在を教えられていた。
もっともその毒は非常に稀な条件下でしか手に入れることができないもので、大量に用意することなどできないはずのものだった。
が、それを用意することがバルカでは可能だった。
何を隠そう、その秘密は俺の弟のカイルにあった。
カイルが北の森で木の精霊と契約したことによって可能になったのだ。
【洗浄】の働きを無視して毒効果をもたらす特殊な毒草も、木の精霊であれば量産することが可能だったのだ。
もっともそれは、摂取量が少なければそれほど強い毒というわけでもない。
せいぜいがしばらく腹を下して下痢が続き、脱水状態になるという症状を引き起こすもの。
メメント家が動けなくなるようにするための時間稼ぎに使えると思い、飛行船に積んでいたのだ。
はたして、メメント家は犬人と違って毒がまぶされた食べ物を食べずに済むことができているのかどうか。
「アルス様、先行する偵察部隊から連絡あり。どうやらメメント軍の動きは非常に遅い模様です」
「策がハマったかな、バルガス。相手は動きが鈍っている。数の差を埋めることができるはずだ。行くぞ」
「相変わらず鬼畜だな、大将。まあ、それでこそって感じか。よし、全員大将に続け。メメント軍をぶっ叩くぞ」
「「「「「おう!」」」」」
こうして、動けないメメント家の軍勢にバルカは攻撃を仕掛けたのだった。
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