開戦の狼煙
「貴様、自分がいったいなにをしでかしたかわかっているんだろうな?」
「はい、カルロス様。メメント家の軍が進軍するのを遅らせるために相手の食料庫を焼きました」
「焼きました、で済む話か。貴様がしたことを適切な表現に直してやろう。開戦の狼煙を上げてきたと言うんだよ」
「え、違いますよ、カルロス様。私はメメント家と戦わないようにと思って時間稼ぎのためにですね」
「アルス、貴様はあの大貴族のメメント家が恥をかかされて黙っていると思うのか? せっかく大司教様に要請した三貴族連合の話し合いが始まろうとしているときに、三貴族の一角であるメメント家が打撃を受けたのだ。これがどういう意味かわからんのか?」
「……ああ、なるほど。三貴族のなかでも主導権争いをしようとしていたのに、メメント家が弱みを見せたことになるのですか。そうか、そうなると話し合いが進めばメメント家の立場は一歩後退するかもしれませんね。今回の食料庫炎上事件がどれほどの影響を与えるかはわかりませんが、無視もできない可能性があるということですか」
「そうだ。貴様がしたことは確かに時間をかせぐことになるかもしれん。が、それ以上に相手に攻めるための意思を固めさせる結果に繋がりかねん」
「すみません。良かれと思ってやったのですが、どうもあまり上手い手ではなかったようですね。どうしましょう、カルロス様?」
「どうする、か。そこが一番むずかしい問題だな。不幸中の幸いだが、おそらく相手は食料庫を焼いた相手を特定しきれてはいないはずだ。貴様の作ったという空を飛ぶ船とか言ったか? あれがどこの所属なのかは知られていないはずだからな」
「でもたぶん調べればわかりますよ。ここまでほとんど一直線に帰ってきたので。空を飛ぶところを地上から見られていますし、証言を集めればフォンターナの陣地に戻ってきたというのがわかるのは時間の問題です」
「となると、知らぬ存ぜぬで押し通すことは難しいか。やはり、戦うのが一番いいかもしれんな」
「というと?」
「このままではメメント家も面目が立たない。故に、おそらくはなんらかの形で三貴族同盟として相応しい力を示してから話し合いに望みたいはずだ。あるいは、そのままこちらを倒して王の身柄を確保するかだな。しかし、ここでフォンターナと戦って勝てなかったらどうなると思う?」
「えーと、勝てないとなると三貴族同盟の中では立場が悪くなりますよね。その状態で話し合いが始まれば主導権を握られる。つまり、残りの二家のどちらかが主導権を握ることになると思いますけど」
「そうだ。だが、メメント家の立場が落ちれば残りの二家で主導権を握ることになる貴族はほぼ決まっている。三貴族同盟は三大貴族の同盟ではあるがすべてが同格ではない。あくまでも三すくみの状態で均衡を保っているからだ」
「……それってようするに三すくみじゃなくなれば覇権を握る貴族は決まっているってことですか? ラインザッツ家っていうのが一番勢力があるんでしたか。なるほど、メメント家が焦って王の身柄を強引に奪おうとするわけですね」
「そういうことだ。で、あるなら現状取れる手段は限られてくる。攻撃してくるメメント家の攻撃を防ぎきり、撃退する。そして、三貴族同盟の話し合いで勝つであろうラインザッツ家と事前に話をつけて王を引き渡す。メメント家との確執は残るかもしれんが、その後のことを考えるとそれが一番いいだろう」
「なるほど。わかりました。では、さっそく行ってこようと思います」
「……ちょっと待て。貴様はどこに行く気だ、アルス?」
「へ? いや、さっきの話はつまり、こちらがメメント家に勝つのが前提条件なんですよね? だから、メメント家に奇襲を仕掛けてこようかと思いまして。……あれ、もしかして奇襲はだめですか?」
「いや、奇襲が駄目というわけではない。が、相手は数に勝る相手なんだぞ? 勝算はあるのか、アルス?」
「もちろんですよ、カルロス様。むしろ、メメント家に対して積極的に勝利を掴むという意味では今しか機会はないと思います。食料庫を燃やしたのは時間稼ぎのためでしたが、それを有効利用しないと」
「食料を焼いたと言っても、すべてではないのだろう? 大丈夫か?」
「絶対に大丈夫、とはさすがに言えませんが、それなりの手柄を挙げられると思います。行ってきてもいいですか?」
「……わかった。バルカ軍の出陣を許可しよう。こちらはメメント家との戦に勝利すると考えてラインザッツ家に手を回す。失敗は許されんぞ、アルス」
「わかりました。カルロス様に勝利を捧げることを誓います」
なんだ。
せっかく時間をかせぐためにメメント家の食い物を焼いたというのに、それが開戦の合図となってしまった。
だが、メメント家に勝てればこの面倒な状況が大きく動く。
それならば、今はチャンスであるとも言える。
不死骨竜の魔石は今回の食料庫の放火に使った分で貯蔵魔力はカラになってしまった。
氷精を召喚して空中で大きな氷を出したりするというのはもうできない。
ならば、今こそこの好機を逃してはならない。
こうして、俺は飛行船からヴァルキリーへと乗り換えて、今度は軍を率いて南に位置するメメント家に向かって進軍をはじめたのだった。
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