大軍の食料事情
「あれがメメント家の軍か……。多いな。4万人以上いるんじゃないか?」
「それはそうでしょうね。というか、メメント家は10万人を動員していると号しています」
「10万? さすがにそれはいいすぎだろう。そこまでの軍の規模じゃないように見えるけど」
「もちろん、メメント家が自分たちの勢力を大きく喧伝するために大げさに言っているのでしょう。どこの軍でもありますよ。フォンターナも実数以上の数を公表しているはずです」
「そうなのか。まあ、確かに言ったもん勝ちだよな。10万の軍が来ると聞かされればそれだけでも逃げたくなるだろうし」
「……ちなみにですがアルス様はご自分の軍の評判についてはご存知なのですか?」
「え? バルカ軍のことを? そういえばうちは別に軍の数をどこかに喧伝したりするようなことはしたことがなかったな」
「いえ、実はしっかりとバルカ軍の評判については喧伝されています。先のアーバレスト家との戦いについてはアーバレスト軍3万をアルス様がたったひとりで倒したことになっていますよ」
「はあ? ちょっと待てよ。なんでそんなことになってんだよ。あのときのアーバレスト軍は8000人くらいじゃなかったか?」
「……まあ、8000人であってもものすごいことだとは思いますが。ですが、アルス様の実力を広く周知させるために、先の戦いは3万の軍を相手に完勝したことになっています」
「ことになっている、ってことは誰かが意図的にそういう情報を流しているってことだよな? だれだよ、そんなことをしているのは」
「リオン様ですね。アルス様の義弟にあたるリオン・フォン・グラハム様がそう広めています。ちなみに、アーバレストとのミッドウェイの戦いだけに限りませんよ。今までアルス様率いるバルカ軍が成し遂げた戦績はすべて数値を大きく盛って公表しています」
「なにやってんだ、リオンは。けど、そうか。リオンがそうするってことは当然意味があるんだよな?」
「もちろんです。フォンターナにこの人あり、と思わせる。それだけで抑止力が働きますから。アルス様は以前ウルク家のキーマ騎兵隊をたったひとりで殲滅したこともありますからね。それらの情報を聞いた貴族や騎士は当然攻撃をためらうことになるでしょう」
「……そういう駆け引きもあるのか。まあ、いいか。それで攻撃される危険性が減るんなら多少の嘘も方便だろうしな」
飛行船による偵察にでた俺はそのまま空を飛び南へと進み続けた。
そして、今、目的だったメメント家の軍勢を視界に捉えることに成功した。
なんともダラダラとした移動だ、と上から眺めていて思ってしまう。
まあ、4万人もの人間がずらずらと歩いていればそうなるだろう。
が、どうやらメメント家は自分たちの軍は10万ほどだと主張しているようだった。
これはペインが言っていたようにあえて大げさに言うことで自分たちの戦力を大きく見せることを考えてのことだ。
それに軍を実際にひと目見て、すぐに軍の総数を把握することも難しい。
正直、フォンターナの得ている情報の4万という数字もしっかりとあっているかどうかと言われると疑問があった。
それは、軍に付随する随行者たちの存在もあった。
基本的に軍というのはその規模が大きくなればなるほど問題になるものがある。
それは食料だ。
何万人もの数が腹をふくらませるにはかなりの量の食料が必要となる。
が、それを自分たちで持って運ぶのは現実的に考えてかなり厳しい。
使役獣につないだ荷車に食料を積んだとしても大した量にはならないのだ。
むしろ荷運びのための使役獣の餌も必要になり、より多くの食料が必要となってしまう。
そこで一番楽に大量の食料を運ぶ方法がある。
それは船を使う方法だ。
水に浮かぶ船であれば大量の荷物を運ぶための労力が減る。
が、そこまで都合よくフォンターナに向かって流れている川はなかった。
では、食料をどう調達するかと言うと、途中で手に入れるのだ。
ようするに途中で通る貴族領や騎士領から食料の提供を受け、あるいは商人などに持ってこさせた食料を購入する必要があるのだ。
そのため、軍の移動には軍に所属しない人間もついてくることがある。
この食料を持った商人などは軍の所属ではないが、ひと目見て誰が商人かそうではないかをはっきりと区別しにくい。
つまり、大げさな人数を持ち出しても否定しにくいのだ。
「やっぱり、こうやって実際に動いている軍をみると食糧問題は大きいよな。安定した食料確保ができないと軍はすぐに動けなくなる」
「そうですね。真面目に兵が飢えないように食料を運ぼうとすれば、陸路だと軍の半数近くを輜重部隊に当てなければならなくなるのではないでしょうか」
「まだ、近場での戦いなら楽でいいんだけどな。遠くまで遠征に行くには先行して食料確保する陣地を作るとかの工夫が必要か。難しいな」
「ふふ、カイル様もアルス様に輜重部隊の統率を任されて苦労されておられましたよ。戦働きとしては物足りないかもしれませんが、いい勉強になると私も思います」
「そうだな。カイルには武人よりも指揮官をつとめてほしいしな。……けど、あれだな。これだけの労力と出費をして進軍してきているメメント家が三貴族同盟の会談で他の二家と和解するのかな?」
「……正直わかりません。微妙なところでしょうね。メメント家としては三貴族同盟の中で和解するよりもここでフォンターナに勝ち、王の身柄を確保するほうが手っ取り早いと考えるかもしれません」
「だよな。じゃあ、もうちょっと進軍を遅らせて時間を稼ごうか」
俺も自分の領地を持ち、軍を常備しているので、いかに軍を動かすというのに金がかかるのかということはよくわかっている。
ここまでの軍を動員しておいて話し合いで解決して引き返していくだろうか。
それに、軍の中にいる騎士たちは手柄を求めて戦いの場を欲しているかもしれない。
おとなしく退かない可能性がある。
そう考えた俺は、メメント軍の進軍を遅らせるためにちょっとしたちょっかいをかけることにしたのだった。
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