新型飛行装置
「魔石よし、食料よし。準備万端だな」
「大将、本当に大丈夫なんだろうな? 空を飛んでまた遭難するとかやめてくれよ」
「大丈夫だって、バルガス。前回の失敗を踏まえて改良した新型の気球なんだ。いや、気球っていう言い方もあんまり当てはまらないかもしれないけど」
「本当に大丈夫なんだろうな? 新型だかなんだか知らないけど、今度ばかりは大将がいなくなった間に敵軍が来るかもしれないんだぞ」
「だ、大丈夫だよ。今回はちゃんと試験飛行も成功しているし、問題ないって」
「全く、ほんとに頼むぜ。まあ、大将がそこまで言うならこれ以上は止めねえ。気いつけて行ってきてくれ」
「おう、ありがとう、バルガス」
進みの遅いメメント軍。
俺はそれを自分の目で確認しに行くことにした。
現在北上してきているメメント家は推定4万もの兵力を持って進軍している。
そして、その進行ルートは複数の貴族領を経由してきているのだ。
本来であればその領地の貴族、あるいは騎士は他の貴族の軍の移動など認めたりはしない。
なにせ、その軍がいつどんなことをしでかすのかわかったものではないのだから。
もしかしたら、フォンターナに向かう途中で別の貴族家に襲いかかるかもしれない。
あるいは、食料を確保するという名目で進行ルート上にある村や町から略奪するかもしれないのだ。
はっきりいって危険すぎる存在である。
が、メメント家はそんな危険をはらむ軍の通行を可能にしながら北上し続けていた。
それはメメント家が類まれなる大貴族であるからだ。
もし、その軍が自分たちへと向くと大きな被害が出かねない。
ならば、多少の問題が出たとしても通行を許可したほうがマシだと判断することもあるだろう。
また、その他にも理由がある。
それはフォンターナ、あるいはバルカの存在が関係していた。
ここ数年で急激な膨張を続けるフォンターナ家の領地。
隣り合った領地を治めていたウルク家は断絶させられて領地を切り取られてしまった。
そして、さらに反対側に位置するアーバレスト家も上位魔法が使えないほどにまで勢力を弱体化させられる大敗北に陥っているのだ。
となれば、フォンターナ領の南に位置する貴族家はこう思う。
フォンターナの次の狙いは南にある我が領地に違いない、と。
であれば、今回のメメント家の動きは悪いものではない。
王の存在を発端にした今回の騒動だが、メメント家がフォンターナを打ち破ることには意味が出てくる。
なにせ、メメント家はフォンターナと領地を接していないのだ。
フォンターナと戦端が開かれて、フォンターナが敗北したとしても手に入れた領地は飛び地となり、管理が甘くなる。
そうなれば漁夫の利が狙えるかもしれないのだ。
あるいは、フォンターナが負けて動けなくなるだけでも十分だ。
自分たちの領地を狙う力がなくなれば対処もしやすくなる。
つまり、メメント家の大軍が自領を通るという危険性を考慮してでも、おとなしく通行を許可したほうが利益が大きいと判断しているのだろう。
だからこそ、メメント家は他の貴族の領地を我が物顔で通ってフォンターナに向かってこれているのだ。
しかし、その逆は話が違ってくる。
フォンターナの軍が南に進軍することは簡単には許さないだろう。
特に、新たに3つの陣地を作ってからは南の貴族たちは自領の関所を固く閉じてしまった。
最初は得られていたメメント家の情報もだんだんと入手しづらくなってきてしまったのだ。
だからこそ、俺が行く。
関所の存在がない、空の道を通って。
※ ※ ※
「ヨーソロー!」
「アルス様、それはなんですか?」
「いや、わからんけど出発の合図みたいなもんかな? で、どうだ、ペイン? 新しいこの乗り物の乗り心地は」
「そうですね。さすがに私も空を飛ぶというのは初めてなもので怖いのですが……。ですが、思っていたよりは安定しているのですね」
「まあ、今日はまだ風がそこまでないからな。あんまり揺れてないけど、もしかしたらもっと揺れるかもな。ああ、先に言っておくけど吐くなら外に向かって吐けよ」
「ちょっと、飛び始めた直後にそんなことを言わないでくださいよ、アルス様」
メメント家の偵察のために空を移動する。
そのために俺は新型の気球に乗り込んで、空へと飛び上がった。
いや、というよりも、それはもはや気球ではないと言ってもいいかもしれない。
ぶっちゃけて言えば気球ではなく飛行船といえるだろう。
もっとも、それほど大きくない小型の飛行船だ。
気球のように丸く膨らんだ状態ではなく、どちらかと言うとラグビーボールのような楕円形をした布の内部を炎鉱石から出した炎で熱している。
以前作った気球よりは大きめで、バスケットの大きさは10人以上が乗れるほどの大きさになっている。
なぜ、気球を飛行船型にしたのか。
それには理由があった。
それは空での自由な飛行方法に関係している。
気球とは布の中の空気を熱してその浮力で浮くことになる。
が、移動のための方法としては空気の流れに任せて漂うことになるのだ。
大気はその時々の条件によって気流が複雑に変化している。
その気流を読み取って、進みたい方向に向かって流れている空気の流れに乗るように気球の高度を適切に調節しなければならなかったのだ。
だが、そんな複雑な方法は一朝一夕で身につくはずもない。
では、進む方向へ向かう空気の流れを正確に読みつつ、動力をつけてしまうのはどうかと考えた。
そこで出てきた方法が飛行船だったわけだ。
だが、普通の飛行船とは少し違う。
普通ならば飛行船の浮力には空気よりも軽いガスを使う。
しかし、現在俺が手に入れられる可能性のある浮遊ガスというのは水素だけだった。
アーバレスト家から手に入れた雷鳴剣で水を電気分解すれば酸素と水素に分けることができるだろう。
その内の水素だけを集めて飛行船の浮力にしてしまうという案もあった。
だが、その考えは却下した。
水素ガスは空気と反応してしまう不安定さがある。
空を飛んでいる最中に爆発事故を起こして墜落したら、さすがに助からないだろう。
そのため、飛行船に水素を使うことは却下した。
が、形そのものは楕円球の飛行船型に変えたのだった。
確かあの形は空を移動したときに浮力を得やすいというメリットもあったことを思い出したからだ。
炎鉱石を用いた小型でありながら超火力を実現した熱源。
それを使って気球と同じように飛行船に火を入れる。
そして、その飛行船に動力を取り付ける。
と言っても、その動力は火を使うものではなかった。
もっと原始的なものだった。
ビリーが新たに生み出した飛行型の使役獣。
そいつを飛空船につないだのだ。
今までいた匂いで人を追尾する鳥型使役獣を追尾鳥とでも名付けておこうか。
追尾鳥は俺の肩の上に止まることができるほどの大きさだった。
だが、新たに孵化した飛行型使役獣はそれよりも大きかったのだ。
全長1mほどの緑色をした毛を持つ鳥の使役獣。
これは鳥としてみるとかなり大きい部類だろうか。
だが、さすがにその大きさでも人を載せて飛ぶようなことはできなかった。
が、飛行船につなげると違った。
炎鉱石で空気を熱して浮力を得た飛行船は宙に浮く状態になっているのだ。
重力に逆らって浮遊している物体はいってみれば重さが軽くなった状態であると言える。
その状態であれば、その新しい使役獣を複数つないで飛ばすと飛空船を引っ張ることができたのだ。
どうやら、この使役獣は追尾鳥のように匂いを認識するのは得意ではないようだが、違った特性を持っているようだった。
それは空気の流れを読むことが非常にうまいということだ。
つまり、俺は飛空船を炎鉱石によって宙に浮かせ、使役獣によって移動させるというなかなかの力技で空を飛ぶことを可能にしたのだった。
これは普通の鳥類ではなく、人の言うことを認識し従う性質がある使役獣であるからこそ実現可能な方法だった。
さしあたって、この使役獣のことは追尾鳥と区別するために風見鳥とでも名付けておこうか。
こうして、俺は新型飛空船にのってメメント家がいるであろう場所まで飛んでいくことに成功したのだった。
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