外交条件
「カルロス様、お待たせしました」
「いや、こちらの想定以上に早かったな。アーバレスト討伐ごくろうだった、アルス」
「ありがとうございます。一応これでアーバレスト家はおとなしくしていると思います。ガーナ殿が引き続きパラメアにいるので、こちらが背後から襲われる心配はないと思います」
「そうか。では、残る問題は正面の相手だけだな」
「メメント家の動きはどうなっているのですか、カルロス様?」
「大貴族メメント家はほかの貴族の領地を通りながらこちらへと北上してきているところだ。情報によると推定4万ほどの軍となる」
「まだ距離があるのですね?」
「そうだ。大軍であるがゆえに移動には時間がかかるのだろう。その間に対策をとっておく必要がある」
「わかりました。それではバルカ軍は守備陣地を構築しておくことにします」
「ああ、よろしく頼む」
アーバレスト家との戦いを終えた俺はバルカ軍を引き連れてカルロスのもとへとやってきていた。
そこで情報を収集する。
どうやら、こちらへと向かってきているメメント家はまだ遠くにいるようだ。
その間にできることをしておかなくてはいけない。
カルロスのところにいたリオンから地図を見せてもらいながら地形を把握する。
現在いる場所はアインラッド砦から南下したところだ。
そこで迫りくるメメント家を待ち受けることになる。
実はフォンターナ領というのは意外と交通の便が悪いところだったりするのだ。
フォンターナの街からまっすぐ南には移動しづらい土地なのだ。
南へと行きたいのであれば一度西か東に行き、そこから南下しなければならない。
フォンターナの西に位置するアーバレスト領は複数の貴族領から流れ込んでくる川があり、その川を使った交通ができる。
今までは難攻不落と呼ばれたパラメア要塞があり、その川をフォンターナが利用することは難しかった。
つまり、フォンターナ領から西側の交通にはアーバレスト家の影響がもろにあったのだ。
また、東にはアインラッドがある。
このアインラッドという地域もほんの少し前までは東に位置するウルク家に押さえられていた。
フォンターナ領とウルク領の境目にあるアインラッドの丘というところから、南へと移動する商人が多かったのだ。
ようするに、フォンターナ領は長い間、南との交易に必ずウルクやアーバレストの土地を通らなければならなかったのだ。
よくもまあ、そんな状態が長い間続いていたものだと思う。
だが、それは守ることに対してだけは有効に働いていた。
南からの侵略の心配が少ないため、両隣の貴族家の動きさえ注意しておけば領地を維持できたのだ。
そして、今回もそれは同じ。
大貴族のメメント家もこちらに軍を向けてくるのであれば、進行してくるルートは予測しやすかったのだ。
メメント家も旧ウルク領と同じく東にある大雪山に接する位置に存在する貴族領を持っている。
旧ウルク領の南側にいくつかの貴族領を挟んでメメント家がある。
つまり、最短ルートでフォンターナに攻撃してこようとすれば、東側から北上し、アインラッド砦方面にでてきてからフォンターナの街へと目指して来ることになる。
なので、アインラッド砦の南に新たな防衛拠点を構えることにした。
ここでメメント家の軍を受け止めることにする。
「つっても、そんな作戦で大丈夫なのかな、リオン?」
「そうですね。メメント家が4万の軍を引き連れていることに対して、フォンターナ軍がこの地におけるのは7000ほどですからね」
「今年切り取ったばかりの旧ウルク領はまだ安定しきっていないからな。バイト兄にも領地の安定化を優先するように言ってあるし、ここに来ているのはワグナーのキシリア軍くらいか?」
「そうです。キシリア家はこの招集を断ることはできませんから。そんなことをすれば領地の没収にも繋がります」
「でも、そこまで数は多くないか。カルロス様はどうするつもりなんだ? 守りに徹するつもりなのかな?」
「案外攻勢に出る可能性があるかもしれませんよ。たったひとりでアーバレスト軍を壊滅させたアルス様なら4万のメメント家も倒せるのではないか、と聞かれましたから」
「おいおい、無茶言うなよ」
「ははは、さすがに冗談ですよ。ちゃんと別の方法を考えています」
「まったく、びっくりさせるなよな、リオン。で、その方法はどんなものなんだ?」
「外交です。現在フォンターナを取り巻く問題で一番重要なのが王の存在です。極端な話、たとえ今回メメント家と戦って勝ったところで王がフォンターナにいるだけでいつでも同様の事態が発生しますから」
「……なるほど。そりゃそうか。もともと、王がフォンターナに来なければ三大貴族家がフォンターナに関わってくることもなかったんだからな。でも、外交って言ったってどうするんだ? メメント家だけと話し合うっていうわけにはいかないんだろ?」
「そうです。今回の問題は覇権貴族リゾルテ家に勝利した三貴族同盟が内部争いしたことがきっかけです。ですので、三貴族同盟内で意見をまとめてもらわなければなりません」
「……それが難しいからこんなことになってるんだよな?」
「はい、ですが、その三貴族同盟の間に入って仲を取り持つことができる存在がいます。アルス様はそれがわかりますか?」
「覇権を握ろうとしている三大貴族の間に入る? ……肝心の王家はこんな北にまで逃げてきたんだから違うよな? 誰のことだ?」
「簡単なことですよ。教会です。各貴族領には必ずあり、すべての住民に対して名付けを行い住民たちに魔法を授け、誰からも敬われる存在。その教会を頼ります」
「そうか、教会か。でも、教会が頼りになるならなんで最初から頼まなかったんだ?」
「つい先日まではできなかったのですよ。貴族間の覇権争いに教会を引きずり込むには難しかった。しかし、アルス様のおかげでそれが可能になったのです」
「へ、俺?」
「はい。不死者に穢された体を清めるためにという口実で教会の上位者である大司教様をフォンターナへと招聘し、さらに聖剣までもを作り出し、聖騎士と認定されました。その大司教様とカルロス様が先日会談を行いました。教会が三貴族同盟に対して無意味な争いをやめるように言うように、と」
「ちゃっかりしてるな。大司教様にそんな交渉をしていたのか。で、受けてくれたのか?」
「……条件があるようです」
「条件? いったいどんな難題を突きつけられたんだ?」
「大司教様がおっしゃるには三貴族同盟の仲裁を行うのであれば、それ相応の対価が必要である、とのことです」
「相応のもの?」
「はい。あの、怒らないで聞いてくださいね、アルス様。大司教様は教会に対して聖剣を奉納することが仲裁の条件である、とおっしゃられているのです」
「え、聖剣って俺のグランバルカのことか?」
「はい……」
「そんなことでいいの? なら教会にお願いしようぜ。あ、けど、持ち逃げされたら困るな。できたら仲裁が成功したあとに渡す成功報酬ってことにしておいたほうがいいかもしれないな」
「え、あの、いいのですか? 聖剣を手放すことになるのですよ?」
「え、うん。それで問題が解決するなら別にいいよ」
「ありがとうございます、アルス様。アルス様がそう言っていただけるならさっそく大司教様に仲裁を依頼してみます」
「おう、頼むぞ、リオン。しっかり交渉をまとめてくれよ」
よかったよかった。
なんだよ。
てっきりまた相手のほうが数の多い状態で戦わないといけないのかと思っていた。
が、どうやらカルロスとリオンは他にも手を考えていたようだ。
そのための方法が教会による仲裁だという。
そして、その条件として俺の持つ聖剣グランバルカを教会に奉納する必要があるのだとか。
もしかしたら、人によってはもったいないというやつもいるのかもしれない。
が、俺からしたら、剣一本で戦いが回避できるというのであれば、俺の持つ聖剣を出すことは選択肢として大いにありだ。
こうして、俺の発言を聞いたリオンがカルロスに話を通し、そこから大司教へと話をつけに行った。
そして、数日後には大司教は張り切って仲裁案件を引き受けて南へと帰っていったのだった。
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