確認作業
「なあ、大将。言ってもいいか?」
「なんだよ、バルガス?」
「これから戦うのはもう全部大将だけでいいんじゃないか?」
「やめろ。俺が過労死したらどうすんだよ」
「いやあ、だってなあ。あんなもん見せられたら全員そう言うと思うぞ。大将ひとりでアーバレスト軍は全員倒しちまったんだからな」
「いや、油断したら駄目だぞ、バルガス。タナトスのときのようなことがあるかもしれない。水に沈んだだけでは死なないかもしれないんだ。アーバレスト家の誰が死んだのか、しっかりと確認する必要がある」
「うーん、どうだろうな。大将が出した氷が業火のように燃やし尽くしたあとに沈んでいったんだ。水死体として浮き上がってきても誰だかわからんかもしれないぞ?」
「……まあ、そう言うな。とりあえず、周囲に散開して浮いてくるやつがいないかどうかだけでも確認しよう。もしかしたら魔力量の多い当主や騎士は生きているかもしれない。攻撃されて沈められないように注意しながら調べてみてくれ」
「わかった。やってみよう」
「ガーナ殿もそれでいいですか?」
「あ、ああ。わかりました。信じがたいものを見せつけられて私も兵も動揺していますが、それくらいの働きはしてみせましょう」
「よろしくおねがいします」
アーバレスト領に進軍してきたバルカ軍とガーナが率いるイクス軍。
そのバルカ・イクス両軍がミッドウェイ河川というところでアーバレスト軍と対峙した。
どうやらアーバレスト軍はこちらとの戦いを有利に運ぶために水上決戦へと引きずり込もうとしてきたようだ。
なんとも思い切ったことに、アーバレスト家が長い期間と多大な費用をかけて作ったミッドウェイ大橋を破壊してまでも、水の上での戦いをしたかったようだ。
おそらく、こちらのことを調べて勝ち目があると踏んでいたのだろう。
そして、それは間違いない。
バルカは今まで水の上で船を使って戦うなどということをしたこともなく、船などに乗ってまともに集団行動すらできなかったのだ。
イクス軍についてはバルカよりも少しマシだが、その程度だった。
明らかにアーバレスト軍の船団のほうが船の動かし方が上手だったのだ。
ミッドウェイ河川で大量の船を持ち出してやる気満々のアーバレスト軍。
それを見てこちらの会議も紛糾した。
まともにぶつかれば敗北は免れない。
というか、ほぼまともな戦いにもならずに大敗してしまうだろう。
であれば、ここで足を止めるのも一考の価値ありではないかというものもいたのだ。
ミッドウェイ河川はアーバレスト家にとってみれば最終防衛ラインであり、すでにそこまで押し込んでいるとも言える。
つまり、全体的に見ればバルカ・イクス両軍はアーバレスト家に対して領都の近くまで攻め入ることに成功しているのだ。
それでよしとしようではないか、という考えである。
あるいは壊されて渡河できなくなったこの地点を迂回してアーバレスト領都へと向かおうではないかという案も出された。
だが、そのどちらもが最終的に却下された。
理由はフォンターナにとって、アーバレスト家は真の敵ではないからだ。
あくまでも、現在のフォンターナにとっての問題は三大貴族のひとつであるメメント家が向かってきているということにある。
できれば早めにアーバレスト家を叩き、背後をつかれる心配をなくしたいのだ。
そのためには、相手の戦力が残っているのを前にして引き返すことも、大きく迂回して時間を浪費することもためらわれた。
そうして、圧倒的に不利な水上戦で戦うという結論に至ったのだ。
と言っても、最終的にその決断を下したのは俺だ。
もちろん、俺はこんなところで死にたくない。
なので、この水上決戦で勝利を掴むために奥の手を出したのだった。
【氷精召喚】というフォンターナが持つ上位魔法と、俺とグランが新たに作り上げた氷炎剣。
それを使ってアーバレスト軍を攻撃したのだ。
結果としては大成功だった。
特に、相手の慌てようはこちらの予想を超えていた。
アーバレスト家の当主も氷に取り囲まれて燃えてしまったからか、攻撃をしてこなかった。
というか、危険な相手は当主だけだったので、一番最初に体ごと凍らせてしまっていたのだ。
戦う前は【遠雷】というアーバレスト家の誇る超遠距離魔法を使われる可能性も考えていた。
が、それもなく、完封勝利となったわけだ。
もっとも、この戦法は毎回使えるわけでもない。
というのも、使用した魔法が広範囲過ぎたからだ。
推定500を超える船をすべて凍らせてしまうほどの規模の魔法は膨大な魔力が必要だった。
それを可能にしたのは、不死骨竜からとった魔石だった。
頭蓋骨に収まっていた黒く輝く魔石。
タナトスがグランバルカでぶった切ったので真ん中で切り分けられてしまっていた。
が、その後俺がもとの形の魔石へと修復した。
バスケットボールくらいの大きさの球形の魔石。
その魔石には竜由来の恐ろしく豊富な魔力を内包していたのだ。
その魔力を利用して大量の氷精を召喚し、一気に周囲を凍らせた。
ぶっちゃけて言えば事前に試したわけではない。
確実に成功するかどうかはわからなかった。
が、成功した。
そして、流れる川の水ごと凍ったアーバレスト軍の船団を燃やしたのだ。
氷炎剣を使って。
氷炎剣は魔力を込めるとカルロスの持つ氷精剣のように氷の剣が出る。
が、その氷で斬りつけると氷が炎となって相手を燃やしてしまうという変わった魔法剣だった。
最初はその効果を見て、氷精剣と九尾剣の能力を合わせたものなのだと思っていた。
だが、違ったのだ。
氷炎剣には隠れた能力があったのだ。
それは「氷を炎へと変換すること」だ。
氷炎剣に魔力を注いで現れた氷の剣はあくまでもトリガーだったのだ。
現れた氷の剣で他の氷を斬りつけると、その氷すらも炎へと変えてしまう。
つまり、事前に大量の氷を用意しておけば、その氷を斬りつけることで一度にすべての氷を炎に変えることすらできたのだ。
それをこの戦いで披露した。
召喚した氷精によって川の水ごと凍らせた船団とその上に乗る兵たち。
船だけではなく、人までも凍っていたが、その氷を炎に変えたのだ。
もちろん、生半可な炎ではない。
俺は以前九尾剣で隣り合う領地の騎士を一瞬で消し炭に変えたことがある。
それと同等の熱量を持つ炎が船ごとアーバレスト軍を燃やし尽くしたのだ。
結局、バルガスやガーナが戦闘が終わったミッドウェイ河川を調べたが焼死体しか上がってこなかった。
もしかしたら、アーバレスト家の当主ならばその魔力量で生きているかもしれない。
が、もはやそれを気にする必要はないかもしれない。
たとえ当主が生きていたとしても意味がないのだ。
当主以外の騎士はそのほとんどが死に絶えたのだ。
もし当主が生きていたとしても配下が減り過ぎて上位魔法を発動させることすらできないだろう。
こうして、アーバレスト家を守る最終防衛ラインでの戦いに幕が下りた。
アーバレスト家の完全敗北という結果だけを残して。
お読みいただきありがとうございます。
ぜひブックマークや評価などをお願いします。





