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水上の決戦

「フォンターナ軍、特にバルカ軍に告げる。今すぐ、ここから引き返すがよい。この地は我らアーバレスト家が長年に渡り治めてきた土地である。去らぬというのであれば、貴様らはこのミッドウェイという大いなる河の底に沈むことになるぞ」


 ミッドウェイ河川という非常に大きな河。

 アーバレスト領は複数の川が流れ込む土地であり、その川がいくつか合流してさらに大きな川となっている。

 その中でも特に大きい川がこのミッドウェイ河川だった。


 アーバレスト領の領都に行くためにもこの河を渡る必要がある。

 が、それを実現するには敵であるバルカ軍には難しい状況になっている。

 というのも、我らアーバレスト軍がこのミッドウェイ河川にかかる大橋をすでに破壊しているからだ。

 ミッドウェイ大橋がなければバルカ軍は領都を目指すために大きく迂回するか、あるいは船を用いて河を渡航するしかない。

 だが、迂回するという選択肢は取りづらいはずだ。

 かなりの距離を移動する必要があるために大軍を移動させるのは効率が悪い。

 そして、その予想通り、バルカ軍を始めとしたフォンターナ軍はミッドウェイ河川のそばへと陣取ることになった。


 奴らは間違いなく船を使ってこの河を渡ってくるはずだ。

 そこを迎撃する。

 水の流れを利用した操船技術は間違いなくアーバレスト軍のほうが優れている。

 それになにより、バルカの当主であるアルス・フォン・バルカをご当主様が攻撃することができるのだ。

 水の上ではいかにアルス・フォン・バルカといえども【遠雷】を防ぐことはできないだろう。


 ミッドウェイ河川の上で船団を並べる。

 そして、そのなかのひとつの船でご当主様が前に出て、大きく威厳のある声で前口上を発する。

 対して、フォンターナ側からも船が一隻出て来て発言する。

 奴らがこのアーバレスト侵攻に用いた大義名分を何やら並べ立てている。

 曰く、フォンターナに滞在する王を王領へと移送するためにアーバレスト家に対して船を用意しろと言っているらしい。

 が、それを拒否した我らアーバレストの行動が王に対する不忠だということで今回の戦いになったのだと主張している。

 しかし、到底聞き入れられる要望ではなかった。

 フォンターナが要求したのはアーバレストが持つ河船をすべて提供しろというものだったのだ。

 そんなことが受け入れられる訳がない。

 明らかにこちらを攻撃するためだけに用意した要求だったのだ。


 それは王の存在を利用した悪辣な要求であるとも言えるだろう。

 ご当主様もその点を指摘して突っぱねている。

 まあ、相手もその主張が受け入れられるわけがないということはわかっているはずだ。

 双方がそれぞれの言い分を言い合い、一区切りついたところでご当主様の乗った船が船団の中央へと引き返してくる。

 こうして、アーバレスト軍とフォンターナ軍がミッドウェイ河川で激突したのだった。




 ※ ※ ※




「進め! バルカ軍にアーバレスト軍の恐ろしさを教えてやれ。必ずやアルス・フォン・バルカを討ち取るのだ!」


 ご当主様が号令を出し、ミッドウェイ河川に浮かんだアーバレストの河船の数々が動き始めた。

 河船の多くは一隻で10〜20人ほどが乗ることができる大きさだ。

 おおよそ500隻ほどの河船がご当主様の声を受けて動き始める様はまさに壮観であると言えるだろう。

 対してフォンターナが持つ船はそこらの川そばの村から徴収してきたであろう小さな船ばかりだ。

 まともに相手になるわけがない。

 川の流れを掴んだアーバレスト軍がグングンとフォンターナ軍へと接近していく。

 相手の不慣れな操船技術を見て、確信した。

 この勝負は間違いなく勝てると。


「氷精召喚」


 その時、風に乗って聞こえてきた声。

 特別に大きな声などではなかった。

 だが、確かに聞こえた。

 不思議とこちらの耳に自然と流れ込んでくるように、わたしの頭がその言葉を認識したのだ。


 氷精召喚。

 それは間違いなく、フォンターナ家の当主級が持つという上位魔法だ。

 そして、それを使えるのはこの場でたったひとりしかいない。

 フォンターナの新たなる当主級の騎士、アルス・フォン・バルカ。

 やつがその上位魔法を発動させたのだった。


 ハッとしてフォンターナ軍の船団を見る。

 すると、驚いたことにその船団の先頭の船にいたのだ。

 ご当主様と前口上を述べあったはずのアルス・フォン・バルカが、いまだに敵船団の一番前に残っていたのだ。


 なぜだ。

 普通ならば前口上が終われば後ろに引くはずだ。

 だというのに、こちらから見えるアルス・フォン・バルカの姿は敵船団の先頭で悠然とある。

 そして、そのアルス・フォン・バルカの周りに異変が生じ始めた。


 青い光の玉が次々と出てきたのだ。

 もしかして、あれがやつの召喚できるという氷精なのだろうか?

 攻撃力を全く持たない最弱の氷精だという話だ。

 あれでいったいなにをするつもりだというのだろうか。


 川の流れに乗って、こちらはどんどん相手に近づいていく。

 しかし、その間もずっとアルス・フォン・バルカの周りには氷精がいた。

 いや、それだけではない。

 その数はどんどん増え続けていたのだ。

 やつの乗る船の周りだけではなく、その周囲すべてが青い光の玉だらけになる。

 なにが狙いだ?

 あれでは自分の居場所を相手に知らせて、自ら危険を招き入れるだけではないのだろうか?


「凍れ」


「な、なんだと!?」


 だが、こちらが相手にたどり着くよりも遥かに早く状況に変化が訪れた。

 やつが一言発したのだ。

 それだけで現在の状況に大きく変化が現れたのだ。


 凍っていく。

 ありえないものを見せられた気分だった。

 このミッドウェイ河川は川幅が広いだけあって、それほど水の流れが速いわけではない。

 だが、確かに水が流れているのだ。


 しかし、その川が凍り始めていた。

 アルス・フォン・バルカを起点として。

 フォンターナ軍の先頭の船に乗っているやつの場所から、そこに向かって進んでいるはずのこちら側に向かって川の水が凍り始めていたのだ。


「ば、ばかな。ハッタリだ。そんなことができるはずがない。こちらの船団の動きをとめるだけの範囲を凍らせることなど不可能だ」


「い、いえ。お待ちください、ご当主様。やつをもう一度見てください。やつが、アルス・フォン・バルカがその手に持つものを」


「手に持つもの? ……な、あれは魔石か? それも特大の……」


「もしや、あれが噂の竜の魔石では? あの魔石に内包している魔力を使って周囲を凍らせているのだとすれば……。まずいです、ご当主様。やつはこのミッドウェイ河川を凍らせて、その氷の上を移動してこちらを狙ってくる気かもしれません。水上戦へと誘導したつもりが、その裏をかくつもりなのではないでしょうか」


「……なるほど。力のない氷精をそのように使うのか。総員、警戒せよ。やつらはこの氷の上を走り、こちらの船に乗り込んで白兵戦を仕掛けてくるぞ」


 なんという恐ろしい男だ。

 こちらの考えもしないことをしでかしてくる。

 まさか、そのような力技で自分たちにとって不利な状況を覆そうとしてくるとは思いもしなかった。

 慌てて、やつのとり得る行動を予測し、ご当主様へと伝える。

 それを聞いてご当主様が即座に対応された。

 こちらの船が進まなくなるほどに広がる氷が張られたところを見て、アーバレスト軍の兵もそのことの重大さに気がついたようだ。

 川の水どころか、自分たちの乗っている船にまで凍りついていっているのだ。

 慌てて櫓を置いて、その手に武器を掴む。


 こうなったらやるしかない。

 氷によって動きの止まった川の上での決戦。

 しかし、考えようによってはこちらの状況が悪くなったわけでもない。

 なんといっても、今この場が水上から地上へと変わったわけではないのだ。

 バルカの持つ【壁建築】などの魔法はこの氷の上では使えない。

 そうであれば、兵の数が多いこちらが有利であることには何ら変わりないのだから。


「氷炎剣、氷を燃やせ」


 だが、次に聞こえてきたアルス・フォン・バルカの声にわたしやご当主様、その他の騎士たちも、誰もが反応できなかった。

 いや、聞こえてはいたのだ。

 やつの発した言葉はしっかりと聞き取れていた。

 しかし、その意味が全くわからなかったのだ。


 誰もがとっさに反応できなかった。

 わたしもそうだ。

 わたしにできたのは、アルス・フォン・バルカが次に行なった行動を両の目で見ているだけだった。


 船の先に出てきたアルス・フォン・バルカが、腰から剣を引き抜く。

 なんだ、あれは?

 あのような剣をわたしは知らない。

 薄い紫色をした剣だ。

 もしかして魔法剣なのだろうか?

 だが、バルカにある硬牙剣や聖剣、九尾剣などのどの魔法剣とも違う。

 それはバルカを調べていた私も知らない剣だったのだ。


 その薄紫色の剣をアルス・フォン・バルカが氷の上に突き立てる。

 それを見て、初めて気がついた。

 やつは氷精を召喚して周囲を凍らせた。

 それを見て、わたしはてっきりその氷の上を通ってこちらの船団に近づくつもりなのだと思っていたのだ。

 だが、違った。

 氷はアルス・フォン・バルカの前方、つまり、我々アーバレスト軍の方へと伸びてきているだけだったのだ。

 フォンターナ軍の船の周りの水は一切凍ってなどいない。

 それはつまり、奴らは最初から氷の上を移動する気はなかったということにほかならないのではないだろうか?


「も、燃えている……。氷が燃えているぞ。こっちに来るぞ!」


「あ、ありえん。なぜ氷が燃えるのだ!」


「撤退!! 急いで撤退しろ。急速旋回だ」


「む、無理です。こちらの船団の船はすべて氷によって動きを封じられています。旋回どころか、動くことすらできません」


 阿鼻叫喚だった。

 ミッドウェイ河川という大きな河の上を移動していた我がアーバレスト軍の船団。

 その船団がアルス・フォン・バルカによって召喚された無数の氷精によって一切の身動きが封じられてしまっていたのだ。

 そして、それだけでは終わらなかった。

 やつの持つ、見たこともない魔法剣。

 それがアーバレスト軍の敗北を決定づけてしまった。


 船団ごと凍らせた氷が炎へと変わったのだ。

 氷が燃えていると最初は感じたが、どうやら違うのかもしれない。

 氷そのものが炎へと変わっていくのだ。

 船を凍らせて固まった氷が炎へと変じる。

 それはつまり、アーバレスト軍が乗る船全てに火がつけられたのだ。


 わたしのせいだ。

 わたしがご当主様や他の方々に水上戦を提案しなければこんなことにはならなかった。

 バルカ軍は今まで一度も水上戦を経験していなかった。

 それは間違いない。

 水上戦として戦えば間違いなくアーバレスト軍が優位だった。

 それは間違いがない。


 だが、違ったのだ。

 アルス・フォン・バルカは決して水上戦ができないわけではなかったのだ。

 逆だ。

 やつの使う【氷精召喚】と未知の魔法剣である氷炎剣。

 この二つが組み合わさると全く異なる結論になるのだ。


 アルス・フォン・バルカと水の上で戦ってはならない。


 燃えゆくアーバレスト軍とともに、炎に身を焼かれながら水の中に落ちることができることを今か今かと待つ。

 我らアーバレスト軍はやつと一合すら交えること無く、こうして川の上で全員が焼死したのだった。

お読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
水上戦になると敵は惨殺、戦利品も漁れないのかな
[一言] どっちみち水上要塞は屠殺場となると言う悲しみ
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