情勢変化
「カルロス様、緊急の呼び出しと聞いて来ました。どうしたのですか?」
「よく来た、アルス。状況が動いた。貴様には再び働いてもらうぞ」
「また戦いになりそうなのですか、カルロス様?」
「そうだ。貴様もすでに知っている通り、今フォンターナ領には王が滞在している。表向きはフォンターナ領の視察となっている。まあ、実際のところは命の危機を感じたことで、我がフォンターナ領に逃れてきたのだがな」
「はい、リオンからも聞きました。覇権を握っていた大貴族のリゾルテ家を打倒した三貴族同盟の内部争いで危険な状態になっていたそうですね」
「そうだ。そして、フォンターナに視察という名の避難をしてきたが、それも時間切れだ。三貴族のうちの一家がこちらへと執拗に王の身柄の引き渡しを要求してきていたのだ」
「……引き渡してもいいのでは? 別にフォンターナ家にとって王を保護し続ける意味はそれほどないかと思いますが」
「残念だがそうはいかん。王自身がそれを望んでいないからな。王はリゾルテ家を倒されたとはいえ、あくまでも独立した家だ。王領へと戻り、然るべき手順を経て覇権貴族となった貴族家と再度同盟を結びたいと考えている。三貴族の意思統一が固まっていないのに、そのうちの一つの家と親密になるのは避けたいのだ」
「……じゃあ、王領へと帰ってもらいましょう。そうすれば話はうまく収まるのではないかと思います」
「そこが問題なのだ。王は王領へと戻りたい。が、どうやって安全に帰還するかが問題だ。なにせ、フォンターナに来ているのは王とその側近などの少数なのだからな。普通に帰ろうとすればまず間違いなく途中で身柄を拘束される」
「……私はあまり政治のことがよくわかっていないのですが、やはり王の身柄を引き渡したほうがいいのでは? 手に余るでしょう、そこまで面倒な状態だと」
「だから、そうはいかんのだ。王の身を確保したいと考えているのは三貴族すべてなのだ。どこかに肩入れすれば、必ず残りの二家からフォンターナは目の敵にされることになる。それだけは避けねばならん」
「結局、一番なのは三貴族がお互いに話し合いなり戦うなりして真の覇権貴族を決めないと話は進まないということですか。できれば話し合いのテーブルについてほしいところですね」
「そうだ。だからこそ、王の身を保護してから俺は関係各所に掛け合っていたのだ。しかし、それもどうやら失敗に終わりそうだ。三貴族のうちの一家の行動によってな」
「さっきの話だと、3つの大貴族のうちの一家が王の身柄を要求してきていたんでしたよね? どこなのですか?」
「メメント家だ。やつらは王の身柄の引き渡し要求だけではなく、軍まで動かそうとしているようだ。こちらの予想では3〜5万ほどの数の軍を動員してくる可能性がある」
「5万? そんなにですか?」
「そうだ。メメント家ほどの大貴族であれば、最大動員数はもっとあるだろうな。もっとも、他の二家の目があるところで全軍をフォンターナに向けることなどありえないが」
「それでも、軍の一部の動員で5万ですか……。ひとたまりもないですよ、それ。どうするんですか、カルロス様?」
「もちろん、メメント家が軍をこちらに向けるというのであればこちらも軍を出さねばならない。なにもしないなどということは絶対にありえない。もし、そんな弱腰なところを見せれば仮にメメント家がなにもせずに引き返しても、周囲の貴族家がフォンターナを狙うことになるからな」
「あ、もしかしてそのメメント家の迎撃にバルカ軍を向かわせるということですか、カルロス様?」
「逆だ。メメント家の相手をバルカに頼むことはない」
「それはよかった。ですけど、逆というのは?」
「メメント家に対しては俺が出る。が、その場合、問題がある。わかるか?」
「……問題ですか? さすがにそれだけの大軍相手ではカルロス様でも勝ち目がないと思いますけど、それを言いたいのではないですよね? なんでしょうか?」
「簡単なことだ。フォンターナが全軍を上げてメメント家を迎え撃つとする。すると、どういうことが起こる? 周囲はどう動くと思う?」
「ああ、なるほど。以前からの敵対関係にあったウルク家はもういませんが、西にはアーバレストがいますからね。フォンターナが大きく動けば、少なくとも前年に奪われたパラメアなどを奪い返しに来ますか。もしかしたら、さらに足を延ばして今度こそ、このフォンターナの街を狙ってくるかもしれませんね」
「そういうことだ。メメント家が動けば、必ずそれにつられてアーバレスト家も動くことになる。たとえ、昨年の戦いで貴様に敗れていたとしても、まだ十分な兵力を保有しているからな。故に、貴様に命令を与える。バルカ軍は西へと向かい、ガーナと合流してアーバレストの抑えに入れ。いいな?」
「わかりました。ただちにパラメアへと向かいます。……けど、アーバレストの抑えだけでいいのですか?」
「うん? なにが言いたい、アルス?」
「別にアーバレスト家を倒してしまってもいいのですよね?」
「……ああ、もちろんだ。貴様の好きにやってこい、アルス・フォン・バルカ」
「お任せください、カルロス様」
急遽呼び出された俺はカルロスの居城でカルロスと話し合いを行った。
よくわからない政治的問題を教えられ、フォンターナが絶望的戦力差の相手に睨まれていることを聞かされた。
大貴族メメント家は複数の貴族家を倒し、成長した貴族家だ。
そのため、単純な兵力にも差があるが、当主級の数でもフォンターナ家とは大きな違いがある。
だが、カルロスはそんなメメント家の武力的背景をちらつかせた外交でも王の身柄を引き渡す気がなかったようだ。
たとえ、規模の違う軍と軍が向き合うことになってでも、メメント家には毅然とした態度を取るつもりらしい。
が、それを実現するためには背後を脅かしかねない存在がいる。
それこそが、俺が去年戦ったアーバレスト家だった。
そのアーバレスト家を抑えるためにバルカを使おうというカルロスの考えを俺は承諾した。
俺としてはメメント家と正面から向き合うよりもまだアーバレスト家と対峙していたほうがいくらかマシだと考えたからだ。
こうして、俺は再びバルカ軍を率いて西のパラメアへと向かって移動を開始したのだった。
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