予測不可能
「リオン、貴様はやつの話を聞いたか?」
「その話というのはアルス様のお話でいいのですか、カルロス様? そうであれば、わたしの答えは、はい、となりますが」
「そうだ。アルスのやつはまたとんでもないことをやったようだな。本当に次から次へと予想外のことをしでかしてくれる奴だ」
「そうですね。ウルク領に攻め入ったかと思えば例の巨人の戦士を味方へと引き入れて、ほぼ損害無しでウルク領を切り取ることに成功しました。それだけではなく、あの九尾剣の素材であり、失われた幻の金属を手に入れるに至りました。が、それだけでは終わらないというのがアルス様らしいですね」
「切り取ったウルク領を兄のバイトに丸投げして、どうするのかと思えば……。森の奥へと入り込んで不死者と戦う、か。あいつは去年もずっと森で鬼と戦っていたそうだな? 常に何かと戦っていないと駄目な性分なのか?」
「いえ、そんなことはないと思いますよ、カルロス様。アルス様の本質は戦いとは無縁のところにあると思います。が、それも今回の件で難しくなるかもしれませんね」
「そうだろうな。よりによって、教会に清めの儀式を行わせて聖騎士になるとはな。……まさか、俺の配下の騎士が聖騎士になるとは思いもしなかった。今回の件は完全に予想の遥か彼方だ」
「そうですね。わたしも考えもしていませんでした。というよりも、教会の大司教様がわざわざフォンターナ領にまで来訪して清めの儀式を行うというだけでも一大事でしょう。確か前回不死者が出て清めの儀式が行われたのは百年以上さかのぼるほどの昔の話だと言いますし」
いつも思うことがある。
我が姉はとんでもない人物と結婚したものだ。
なにをしでかすのか、本当に予想ができない。
姉であるリリーナと結婚した相手であり、義兄であるアルス様についてそう思ってしまう。
バルカ騎士領の北に広がる森は危険だ。
そんなことはよくわかっていたつもりだった。
だが、そこに不死者がいるとは思いもしなかった。
不死者とは穢れた魔力を持ち、周囲のものをすべて穢していく存在。
不死者が出現した場合、適切な対応を取らなければ大変なことになる。
穢れは感染するのだ。
不死者に穢されたものが新たな不死者となり生きとし生けるものを襲う。
そうして際限なく増えていってしまうと、どれほど人がたくさんいても街一つ簡単に滅びてしまうのだ。
そんな不死者が現れた。
それだけでも驚きだが、それに遭遇したアルス様たちはたった三人で不死者を倒してしまったという。
しかも、もとが竜であるというおまけ付きだ。
その話はあっという間に周囲へと広がっていた。
だが、その代償は決して安くはなかった。
アルス様が不死者の攻撃によって大きな傷を負い、体を穢されてしまったというのだ。
これにはさすがに私もアルス様の命運が尽きてしまうのではないかと思わざるを得なかった。
が、そうはならなかった。
ありえないほどの迅速さでアルス様が清めの儀式を行なったというのだ。
清めの儀式といえば近年ではもっぱら「儀式」としての意味合いしかない。
長い間不死者が出ていなかったのだ。
現代では清めの儀式は王家や大貴族などが大金を教会に喜捨して自分たちの財力を誇示する程度のものでしかない。
だが、確かに教会の持つ神秘の儀式には力があったようだ。
アルス様の穢された魔力と肉体はきちんと正常へと回復したという。
アルス様はいったいどれほどの金額を教会へ喜捨したのだろうか。
その金額を聞いただけで卒倒しそうな気もする。
「そもそも不死者など出現しなくなって久しいからな。だが、あの森の奥には出る、というのがわかっただけでも重要な情報ではある。やはり危険なものが潜んでいる場所なのだとよくわかった」
「はい。十分注意が必要でしょう。ですが、それ以上に衝撃だったのが、アルス様の聖騎士認定ですね。確か、アルス様の持つ剣、斬鉄剣グランバルカが清めの儀式によって聖剣に変じたのだそうですね」
「そうだ。極稀に起こることではあるらしい。だが、清めの儀式によって聖剣が誕生するのは、それこそ伝承に残るくらいの過去の出来事の中だけだ。まさか、現実に起こりうるとは教会関係者も考えてはいなかったはずだ」
「聖剣ですか……。極めて特殊な金属で製造された剣、あるいは精霊が鍛えた魔法剣などの特別な一品に対して清めの儀式を行うと聖剣になる、とパウロ司教からお話をお聞きしました」
「アルスの持つ剣がそうだというのか?」
「はい、そうです。アルス様の持つグランバルカは生まれたばかりの大猪の幼獣からとった牙を素材としています。本来ならばそのような成長させる必要のある家宝の剣というのは、その剣をもつ家の子孫が代々魔力を注いで成長させて育て上げるものです。ですが、グランバルカは違いました。どうやら、アルス様は自身が孵化させた使役獣のヴァルキリーに魔力を注がせて小剣の状態から現在の剣へと急成長させたのです」
「使役獣の魔力を使って、か。だが、それが聖剣へと変じる条件になりうるのか?」
「正確なところはわかりません。が、何代もの人間の魔力が混じりあうようなこともなく、ほぼ同一の魔力で育てられた成長剣というのは、その性質が精霊によって鍛えられた剣と近いのかもしれません。しかも、あのグランバルカは作られてまだ数年です。つまり、今現在もまだ成長段階であり、そこで清めの儀式という教会の神秘の力を注がれたことになります」
「……なるほど。成長段階であったからこそ、聖剣へと変化した、と考えることができるのか。しかし、そうなると……」
「おそらくはカルロス様の考えているとおりかと。先程の考察が正しいと仮定した場合、アルス様は聖剣をさらに作り上げることができる可能性が高い。それこそが教会がアルス様を聖騎士へと認定した理由でしょう」
「理解した。となると、アルスのやつは教会と密接な関係を持つことになるな」
「はい。もともと、アルス様は教会のパウロ司教とかなり親密な関係を持たれています。そして、今回の件でアルス様やパウロ司教の名はフォンターナ領内だけではなく、教会全体へと広まりました」
「教会全体への影響……。それはつまり、この国全体であるとも言い換えることができる。周りのものがおとなしくしていると思うか、リオン?」
「まさか、ありえないでしょう。聖騎士が名ばかりの称号であったとしても利用価値があります。すぐに動き始めるでしょう」
「よし、アルスをここに呼べ、リオン。俺からやつに事情を話しておく」
「はっ、かしこまりました、カルロス様」
清めの儀式を一介の騎士が受ける。
それだけでも大事件と言ってもいい。
が、それ以上にすごいことが起きてしまった。
清めの儀式を受けた時にアルス様が身につけていた斬鉄剣グランバルカが聖剣へと変化したというのだ。
聖剣の誕生。
それこそ、まさに物語の中に登場するような話だ。
古い伝承によれば初代王なども聖剣を所持していたという。
それと同質のものがアルス様によってもたらされた。
儀式を行なった大司教様は即座にアルス様を聖騎士へと認定したという。
その理由はさらなる聖剣を生み出す可能性があるからだ。
と言っても聖騎士に認定されたからといって、アルス様の立場が教会所属になるわけではない。
あくまでも、教会にとって必要不可欠な騎士であると認めたに過ぎない。
が、出自が農民であるアルス様にとって、教会による身分の保証はカルロス様の騎士叙任をさらに後押しする効果がある。
もうこれでアルス様をただの農民上がりと言うものもいなくなるだろう。
しかし、本当にちょっと目を離したスキにいろんなことをするなと思ってしまう。
私は自分の義兄が次になにをしでかすか、全く予測不可能なことに思わず笑ってしまったのだった。
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