教会と貴族の関係
「全く、呆れましたね。生身の人間が不死者と戦うだなどとなんと無謀な……」
「すみません、パウロ司教。ていうか、パウロ司教は不死者が実在するって知っていたんですね?」
「当然でしょう。そのために教会はあると言っても過言ではないのですから」
「え、教会が?」
「そうです。教会と貴族・騎士が共存するのは不死者から身を守り、人々が生活を営んでいくためでもあります。まあ、もっとも、長らく不死者の存在が人々の生活圏には出現していないので、あなたのようにそのことを忘れているものもいるかも知れませんが」
教会と貴族や騎士は不死者からみんなを守るためにいる。
俺が必死の思いをして北の森を脱出し、バルカニアに帰ってきたときのことだ。
先に飛行型使役獣で連絡をとってパウロ司教にバルカニアに来てもらっていた。
理由は俺の体を治療するためだ。
あばらやなんかがあちこち傷ついていて、自分で言うのもなんだがよく動けているなという状態だった。
いち早くパウロ司教が使える回復魔法で治してもらおうと思ったのだ。
だが、パウロ司教は俺の体の状態とそうなった原因を聞いて、今のように呆れ返っている。
そうして、先程の発言へとつながったわけだ。
そういえば、教会ではこの世の成り立ちみたいなことをいつも説法として話していたなと思い出す。
俺は教会の過去話は自分たちの正当性を強調するための作り話だとばかり思って半信半疑にしか聞いていなかった。
が、確かにそんなことを言っていたかもしれない。
今、俺達人間が生活できているのは教会と貴族が協力しているからだということを。
「この世の厄災や穢れた存在を貴族や騎士が倒すんでしたっけ。教会から清めの儀式を受けて」
「そうです。そのとおりですよ、アルス。本来は教会が持つ清めの儀式によって貴族や騎士が不死者と戦えるようになるのです。貴族や騎士というのは不死者から人々を守る存在であり、今のように己の私欲で争うためにいるのではないのですよ」
「なるほど。そういうものなんですね。でも、清めの儀式なしでも不死者と戦うことはできましたよ、パウロ司教」
「ばかをおっしゃい。儀式なしであなたのように戦えばその身を穢されてしまうのです。本当によく無事だったものです」
「あー、やっぱりこの胸が黒ずんじゃったのって不死者の魔力に汚染されたものなんですね。これが穢れか……。でも、パウロ司教の回復魔法を受ければ治るんじゃ?」
「無理ですね。回復魔法は体の傷を治すためのものです。穢れを払うことはできません」
「……え。嘘ですよね、パウロ司教」
「本当です」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。それじゃ、この穢れっていうのが治せなかったらどうなるんですか?」
「段々と黒い領域が増えていき、いずれ命を落とします。そして、新たな不死者とならないように首を胴体と切り離して、完全に燃やし尽くす必要がありますね」
「そ、そんな……」
「ですが、方法がないわけではありませんよ、アルス」
「本当ですか、パウロ司教。どうすればいいんですか。治るならなんでもしますよ!」
「今、なんでもすると言いましたね、アルス。いいでしょう。私から大司教さまへとお手紙を書いておきましょう。清めの儀式を行なっていただけるように」
「あの、なんでもって言いましたけど社会通念上問題ない範囲にとどめておいてほしいんですが。でも、大司教様ですか? パウロ司教よりも教会での上役ってことですよね。もしかして、清めの儀式っていうのは」
「そのとおりです。教会では回復魔法を使えるようになったものを司教へと、そして清めの儀式を使えるようになった人を大司教という位に昇らせるのです。私よりも一段上の位階に到達したお方ということですね」
「な、なんだ、そうだったんですね。それなら別にもったいぶらなくてもよかったんじゃないですか、パウロ司教。不死者と戦うために傷を負ったんだから、清めの儀式くらいすぐにやってくれるんじゃないですか?」
「いえ、何分不死者は長年出現していませんでしたし、すでに倒してしまったという状況もあります。あとから不死者を倒したので儀式を受けさせてくれと言っても受け入れてくれるかどうかはわかりませんよ、アルス」
「なんすか、それは。教会の横暴じゃないですか。ちゃんと不死者を倒した証拠もあるんですからね。骨も魔石も持って帰ってきたんですよ」
「教会もそこまで上部に行けば簡単には動けない事情の一つや二つあるものです。それにフォンターナ家は他の貴族から睨まれているでしょうし」
「フォンターナが睨まれている? もしかして、覇権貴族リゾルテ家を倒したという三貴族同盟とかが関係していたりするんですか?」
「いえ、忘れてください。教会はあくまでも貴族などからは独立した機関です。他の何者かによる影響はありません。まあ、横やりが入るくらいですよ」
「めっちゃ影響あるじゃないですか、それ。まあ、状況はわかりました。とにかく、この穢れがいますぐにどうこうなるってことではないんですよね。で、大司教様に清めの儀式をしてもらえたら治る、と」
「そのとおりです。さて、そこで話の続きです。大司教様へのお手紙を書きたいのですが、あなたはいくら喜捨をしてくれるのでしょうか、アルス?」
なんだよそれ。
結局金の話になるのか。
パウロ司教もちゃっかりしているな。
だが、金でなんとかなるのであればまだ良かったと思おう。
地獄の沙汰も金次第とかいうやつだ。
だが、そう考えていた俺の予想を遥かに超える金額を教会に支払うことを約束させられて、再び俺は金欠に陥ったのだった。
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