足止め
本当にこんなところでカイルに声を掛けるやつなんているのだろうか。
森の中を歩き続けながら俺はそう思ってしまった。
歩きづらいなかを歩いているものだから、時間はかかるが前に進む距離はあまり稼げていないのかもしれない。
が、集中力を高めて周囲の気配を探りながら前に進み続ける。
こんな森の中を歩く予定はなかったが、普段から身につけていたものが役に立っていてくれていると感じる。
体を覆っている鬼鎧という装備は俺の全身を守ってくれている。
しかも、自分の体にフィットするような作りになっているという不思議な性能を持っているため、動いていても体の動きの邪魔をしない。
さらに腰には普段から武器を装備していたのも助かった。
こんな森の奥で素手ではさすがに攻撃魔法があるとはいえ辛いからだ。
ちなみに今俺が手にしているのは斬鉄剣グランバルカだ。
もう一本持っていた武器の九尾剣はカイルに渡してある。
こういうときは九尾剣という魔法武器は役に立つと思った。
戦闘経験のないカイルでも、魔力を注げば炎を出す武器として使えるのでとりあえずの自衛はできるからだ。
もっとも、それが原因で火事にでもなったらどうしようかという問題もあるのだが。
あとは、最後尾にタナトスがいる。
これは非常に心強い。
タナトスも普段から鬼鎧を着ているし、武器は俺がすでに作り出した硬化レンガの棒を渡してある。
本当ならばタナトスが巨人化して森を突っ切るのが一番速いのだが、さすがにそれはやめておいた。
この森のなかに何がいるかわからなかったからだ。
たとえば巨人化したタナトスよりも強い生き物がいるかもしれない。
それにタナトスもずっと巨人化を維持し続けることはできない。
そのため、いざというときの切り札として温存しておくことに決めたのだった。
俺は精神をすり減らしながら先頭を進み続ける。
いつまでたっても何も出ない中、ずっと集中し続けながら歩くのもかなりしんどい。
もういい加減、声が聞こえたというのはカイルの気のせいだったのではないかと結論づけて休みたい。
そう思ったときだった。
『アルス、下だ!』
「なっ!? なんだ?」
最後尾を歩いていたタナトスが声を上げる。
それを聞いてすぐに下へと目を向けたのだったが、俺はとっさの判断が遅れてしまった。
下で動いているものがある。
が、なぜそれが動くのかが俺には理解できなかったからだ。
「くそっ」
次の瞬間、俺は逆さ吊りにされていた。
足を巻き取られて上へと引かれたことで、俺は頭が真下になる形になりながら吊るされたのだ。
だが、これは断じて罠などではなかった。
ジャングルの中などでツタを使ったトラップで相手を吊るすようなものがあったりするが、決してそんなものではない。
なぜなら、一部始終を自分の目で見ていた俺にはそれが植物それ自体が動物のように動いていたのを目にしていたのだから。
『タナトス、カイルを守れ。植物が動いて襲ってきているぞ』
とっさに声をかけつつ、俺は自分の足に絡みついているものに斬鉄剣を振るった。
さすがに斬鉄剣の切れ味であれば切り裂けないなどということはなかったようだ。
俺に絡みついていたものを切り落とし、俺は空中で回転しながら地面へと着地した。
「何だこりゃ? 木の根が動いて襲ってきたのか」
斬鉄剣が切り落としたもの。
それは木の根だった。
見たところ、なんの変哲もない、そのへんで生えている木が地中へと伸ばしている普通の木の根。
あるいはたまに地表に出ていて俺達の歩みを邪魔するそこそこ太い木の根っこだ。
だが、それはこの森に不時着した当初からあったもので、その根っこだけが特別には見えなかった。
が、もしかしてここらにある木はすべて木の根が動いて獲物を宙吊りにしたりするのだろうか。
もしそうならば、とんでもないところに迷い込んでしまったことになる。
もはや安息の地はないのではないだろうか。
『アルス、まだくるぞ!』
「まじかよ。なんだこりゃ……。木の根だけじゃねえ、枝まで襲ってきやがるのか」
嫌な予感が的中した。
一度目の宙吊りに対応したこちらを脅威とみなしたのか、次から次へと木が襲ってくる。
下からは地面をえぐりあげるようにしながら木の根が動き、上や横からは木の枝が振り下ろされる。
フーっと深く呼吸を整え、魔力を練り上げる。
体中に練り上げた魔力を分配していく。
手足にも魔力を送り込むが、半分ほどは頭部に集中させた。
目や耳などの感覚器官に練り上げた魔力を集めて感覚をより研ぎ澄ます。
そうして、周囲から襲いくる木の根や枝を斬鉄剣で切り落とし続けた。
「何の修行だよ、これは。木人拳かなんかかっつうの」
自分の周囲すべてから伸びて動いてくるものを切り落とし続ける。
もちろん、すべて切れるわけでもないので避けたりするものもある。
魔力で高めた感覚であれば一応対処はできている。
だが、いつまでこれを続ければいいのか、という問題があった。
もしこれがずっと続くとすればいずれ俺は動けなくなる。
そして、ピンチなのは俺だけではなかった。
タナトスも周囲の木から攻撃を受けていたのだ。
だが、タナトスのほうが俺よりも少し分が悪そうだった。
カイルを守るためにカイルのそばにいたので巨人化しにくかったのだ。
巨大化した瞬間に守るべきカイルを踏みつけてしまうかもしれない。
しかし、小さいままでは木への対処が遅れてしまう。
なにせ、タナトスがもっているのは俺が用意した通常の人間サイズでも用いやすいような長さの棒だったからだ。
斬鉄剣のように切れ味抜群の刃物ではないため、襲いくる木の根などを叩いても叩いても木による攻撃に終わりが無いのだ。
だが、そんななかでもより不思議な状況に置かれているのはタナトスに守られているカイルだった。
なぜだかわからないが、カイルだけは俺やタナトスと違って木から攻撃を受けていなかったのだ。
正直に言えば助かる。
が、そう思っていたのは間違いだった。
木の攻撃を防ぎつつも俺とタナトスは少しずつカイルから引き離されるように誘導されていたのだから。
ほんの少しの時間だった。
だが、自分はなぜか攻撃を受けていないということにカイルが気がついてしまった。
そのカイルが声を上げる。
「アルス兄さん、タナトスさん。待ってて。ボクがこの攻撃を止めるから」
「なっ、おい、待て。どこに行くんだ、カイル」
木の根をたたっ斬りながらカイルのほうへと目を向ける。
だが、そこにはカイルの姿がなかった。
カイルが走って移動していたのだ。
カイルが声が聞こえると言っていた方向へ。
ここよりも更に森の奥へと入る方向へと。
不思議なことに、そのカイルの移動だけは森の木々は邪魔することが無く、まるで誘導されているかのように木々が移動さえしている。
『タナトス、魔法を使え。巨大化しろ。カイルを追え!』
『おう』
だが、遅かった。
巨人化したタナトスだが、周囲の木は5m以上の高さのあるものも多かったのだ。
つまり、タナトスよりも高い木は巨人化したタナトスに何一つ怯えることもなく、先程までと同じように攻撃をし続けたのだ。
やられた。
なんとか、巨人化したタナトスとともに暴れまわって、木の攻撃を防ぎながらもカイルのあとを追いかけようとしたが駄目だった。
もしかして、何者かがカイルを孤立化させるために俺とタナトスの足止めをしたのではないかと思ってしまう。
周囲の木々が静けさを取り戻したころになると、俺は完全にカイルを見失ってしまっていたのだった。
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