遭難
「アルス兄さん、反省して」
「はい。すいませんでした、カイルさん」
「本当にやりすぎだよ。というより、気球の操縦ができないなんて聞いてなかったんだからね。てっきり、アルス兄さんは知ってるものだとばかり思ってたよ」
「いや……気球なんて初めて乗ったし、操縦もちゃんとやり方は知らなかったんだ」
「全く、しょうがないな、アルス兄さんは。グランさんが乗るのを嫌がったのも今ならわかるよ」
「ほんと申し訳ない」
完成した気球に乗って空へと飛び立った俺達はさっそくトラブルに直面した。
俺は今、バルカ騎士領の外にいる。
というか、まだ誰の領地でもない場所にいるのだ。
どういうことかというと、高く飛び立った気球が上空の気流によって大きく流されてしまい、北の森の上を進み続けてしまったのだ。
そう、つまり、俺達は現在北の森の奥深くまで来てしまっていた。
気球とは浮かび上がったあとは空気の流れに沿ってしか進まない。
なので、高度を上げたり下げたりしながら、複雑に変化する気流にのって自分の進みたい方向へと進む必要があるのだ。
が、そんなことを俺ができるはずもなかった。
なんといっても、前世も含めて気球の知識はあれども操縦経験など全く無かったのだから。
しかも、諦めが悪かったのも今回は災いした。
空高くに飛び立ちバルカニアを眼下に眺めたあと、どんどんと流されていく気球。
そこで諦めて地上に降りればよかったのだ。
だが、俺はうまく操縦して最初に飛び立ったグランのもとへと戻ろうとしてしまった。
そうしているうちに、いつしか森の上まで流されてしまい、さらに着陸しにくくなってしまったのだ。
結果、森の奥まで流されることになり、諦めて木の上に不時着することとなってしまった。
はじめての気球の旅は大失敗となってしまったということになるだろう。
「でも、アルス兄さんが武器を持って気球に乗ってたのだけはよかったよね。それにタナトスさんもいるからちょっと安心だね」
「確かに……。この森は何が住んでるかはっきりわかってないからな。どんな化物がいるかもわからない。タナトスがいてくれるのは俺も助かるよ」
「大猪や鬼は間違いなくいるよね? ほかには何がいるのかな?」
「おい、カイル。なんで嬉しそうなんだよ。この森は本当に危険なんだ。もしかしたら、バルカニアに帰れないかもしれないんだぞ?」
「あ、ごめんね、アルス兄さん。でも、ボクちょっとうれしいんだ。アルス兄さんと一緒に森に入るなんて、なんか一緒に遊んでもらっているみたいで」
ああ、そういえば俺が騎士になってから周りの状況が変わりまくっているからカイルとはゆっくりと遊ぶ余裕もなかったかもしれない。
カイル自身も非常に有能で、まだ幼いにもかかわらず仕事ができるものだから騎士領の仕事を任せたりしていた。
だが、いくら仕事ができるといってもまだ子供なのだ。
もうちょっと一緒に遊ぶくらいはしてやっても良かったかもしれない。
が、この状況でそんなことを言えるカイルはやはりちょっと普通とは違うのではないだろうか。
ものすごく高い木や草が生い茂っており、地面を歩いている俺たちの周りは薄暗い。
木の枝などを折ったりくぐったりと苦労しながら少しずつ、一歩一歩進まなければならない状況なのだ。
これを遊んでいると表現するのはさすがと言えるのではないだろうか。
なかなか肝が据わっているなと思ってしまう。
『アルス、気づいているか?』
『ああ、タナトス。さっきから視線は感じてる。けど、どこから見られているかは俺にはわからない。お前はわかるか?』
『いや、俺も見られていることしかわからない。だけど、さっきからずっと視線が途切れない。気をつけろ、アルス』
割とひどい状況のなかで俺がカイルと明るく話しているところへ、タナトスが話しかけてきた。
しかも、東の言語を使っている。
どうやら危険な状態にあるようだ。
視界の悪い森のなかで、木の根に足を取られてしまうような状況で、おおよその方角だけをもとにバルカニアへと戻ろうとしている。
そんななかで、先程から常になにかからの視線を感じていたのだからピリピリするなというほうが無理だろう。
だが、どこか野性的な本能を持っているタナトスですら視線を感じているというのに、どこから見られているかすらわからないというのは異常だ。
以前、バイト兄と鬼退治に森のなかに入ったときは鬼は物音などをたてて歩いていて近くにいれば気配がわかったのだ。
もしかしたら、鬼や大猪とは全く別の生き物が近くにいるのかもしれない。
それが温厚で戦う気のないものであれば問題ないが、ずっとついてきているというのが気になる。
「ねえ、タナトスさんと何を話しているの、アルス兄さん?」
「いや、なんか視線を感じるなって話していた。けど、どこから見られているかわからないんだ。カイルは俺のそばを離れるなよ」
「う、うん。わかったよ、アルス兄さん。でも怖いよね。さっきから声も聞こえるし……」
「……は? なんだって、カイル? 声が聞こえる?」
「え、うん、そうだよ。……ほら、今も聞こえているよね。向こうからこっちにおいでって」
「ちょ、ちょっと待て、カイル。何言ってんだ? 俺はなんにも聞こえないぞ」
「や、やめてよ、アルス兄さん。脅かさないでよ。だってさっきからずっと話しかけてきてるんだよ。聞こえないはずないじゃない」
『タナトス、お前はなにか聞こえるか? こっちにこいとか呼びかけてきてるらしいぞ』
『聞こえない。だけど、カイルが言う方向になにかあるのかもしれない。調べておいたほうがいいぞ、アルス』
『……そうか。わかった。そうしようか。俺が先行する。もし何かあったときにはカイルを守ることを優先してくれ、タナトス。最悪、俺を置いて逃げてくれてもいい』
『わかった』
いきなりカイルがホラーなことを言いだした。
ちょっとビビってしまう。
が、タナトスが冷静に対処法を教えてくれた。
カイルが呼び声をかけられているという方向へゆっくりと向かう俺達。
俺が先頭に立って進み、木の枝を切りながら後続のための道を作って歩いていく。
何度もカイルに確認しながら、確実にその声の主のもとへと近づいていったのだった。
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