毒の対処法
「ここです、アルス・フォン・バルカ様。ここから先が狐谷です。我々は幼い頃からここより先には絶対に進んではならないと教えられて育ってきたのです」
「そうか、案内ご苦労さま」
「……アルス様、本当に行くのですか? ジタン殿が語った狐谷の話が本当であればいくらアルス様といえども命はありません。危険すぎると思います」
「うーん、そうかもしれないな、ペイン。よし、こうしよう。誰か先に狐谷を偵察してこい」
「はい、アルス様。俺が行きます。偵察なら俺に任せてください」
「エルビスか。いいのか? 危険な場所だけど、ちゃんとわかって言ってるんだろうな?」
「もちろんです。アルス様のためにこれくらいどうってことありませんよ。任せてください」
「よし、わかった。行ってこい、エルビス」
「はい!」
アーム騎士領で当主のジタンから案内人をつけてもらって更に先に進んだ。
いくつかの山を越え、奥まった土地までやってきた。
そして、どうやらここから先が俺達の目的地である狐谷であるらしい。
だが、さすがにそのまま全員で先に進むわけにもいかないだろう。
俺は先行して狐谷を調べるために人を出すことにした。
あとは偵察に行ったエルビスが無事に帰ってくることを祈るとしよう。
待っている間にこのあたりで陣地でも作って食事でも取ることにしようか。
「いや、ちょっと待ってくださいよ、アルス様。バルカ軍の兵士を何の準備もなしに出しましたが大丈夫なのですか? というか、大丈夫ではないでしょう。絶対に帰ってきませんよ、エルビスとかいう彼は」
「なんでだよ、ペイン。エルビスが帰ってこないって決まったわけじゃないだろ」
「何を言っているのですか、アルス様。まさか本当にジタン殿の話を聞いていなかったのですか? 狐谷は古来より毒で守られている場所なのですよ。彼が何者かは知りませんが、きっとすぐに毒にやられて身動きが取れなくなってしまうに違いありません」
「いや、エルビスは普通の兵じゃない。バイト兄から名付けされたバルト家の騎士だ。だからきっと大丈夫だよ」
「これは失礼しました。エルビス殿は騎士だったのですね。ですが、それとこれとは関係ありません。騎士であろうとも毒は効きます。それはアーム家に伝わる話でもそうだったはずですよ、アルス様」
「多分大丈夫だよ。毒への対処はきちんとある。多分狐谷の毒も平気なはずだ。……たぶんね」
「……どういうことですか、アルス様? 毒の対処ができている?」
「ああ、そうだよ、ペイン。バルカやバルトの騎士は毒が効かないからな」
あ、ペインがぽかんと口を開けて驚いた顔をしている。
俺に仕えたいとか言い出してここまでついてきていたペインだが、ここまで間抜けな顔を見せたのは初めてかもしれない。
ということは、このことは知らなかったのか。
いずれ知ることもあったかもしれないが、教えないほうがよかったかな?
俺はポケッとしているペインの顔を見ながらそんなことを考えていたのだった。
※ ※ ※
【毒無効化】。
俺が新しく身につけた新たな魔法。
文字通り、毒に対処するためだけに作った魔法だ。
俺は昨年の戦が終わってからミームに毒について話を聞いた。
そして、毒に対応した解毒剤なども用意してもらったのだ。
これは今後暗殺などで狙われた場合を考えてのものだった。
だが、あとになって考えると解毒剤があっても困ることが多いような気がした。
というのも、ミームは別に俺の主治医として常に診察をしているというわけではない。
すなわち、俺がもし万が一毒に侵された場合、すぐにミームに診てもらうことはできないのだ。
すると、どんな毒が体を蝕んでいて、それに対応するための解毒剤はどれかをキチンと判断できない可能性もある。
一口に解毒剤と言っても沢山の種類があり、決して万能薬のようなものはないからだ。
それではいざという時に困る、と思ってしまったのだ。
ならば、いつでもミームに診察してもらえるようにしておけばいいという話になるのだが、いかんせん俺はいつもフォンターナの街にいて、ミームはバルカニアにいる。
ミームは日々研究に忙しくて診察する体制を構築することは難しかったのだ。
だったら、いっそ医者いらずにしてしまおうではないか。
俺はそんな結論に達したのだった。
そこで、俺は毒に対処するための方法を確立することにした。
その手段が魔法だったというわけだ。
そうして、俺の新たな魔法開発が始まった。
ただ、【毒無効化】の魔法はかなり大変だった。
というのも、自分の体を実験材料にしながら魔法を作り上げたからだった。
ミームから受け取った解毒剤と一緒に、俺は毒そのものも受け取っていた。
そして、その毒を自分に対して使ったのだ。
もちろん、最初はミームに確認しながら致死量を遥かに下回る少量の毒を使った。
皮膚に塗ったり、体に傷つけて内部に入れたり、口から飲み込んだりしたのだ。
そして、その直後に体中に練り上げた魔力を高めて人間の体が持つ自然治癒力を高める。
最初は何度も少量の毒を使って、魔力がどのような動きをするか静かに集中して感じ取るようにしたのだ。
その結果、わかったことがあった。
いろんな毒を、いろんな方法で取り込んだところ、毒が体に触れた瞬間、魔力が自動的に防御反応のようなものを示したのだ。
それは全身の皮膚表面であり、口や鼻の穴から食道や胃、そして腸などの粘膜部分だったように思う。
あとはお腹にある肝臓や腎臓などの内臓にも魔力が集まっていた。
なので、俺はその微細な魔力の変化を認識してからは、訓練方法を少し変えた。
毒を使用した際に自分の意志でそれらの部分に魔力が集中するようにしたのだ。
すると、驚いたことに少量の毒ではほとんど体に変化が現れなかった。
ならばと少しずつ毒の量を増やしながら、更に実験を進めた。
何度も自分の体と魔力の動きを慎重に捉えながら、そのつど魔力コントロールの仕方を変えていった。
そして、その努力が実ったのか、冬が終わる頃になるとミームが用意した毒はすべて致死量を超えて服用しても問題なくなってしまったのだった。
そこまでくれば、あとは呪文化するだけだ。
ひたすら「毒無効化」とつぶやき続けながら毒をのみ続ける日々が続いた。
それをみたリリーナなどにはそんな危険なことはやめてくれと言われてしまったが、心を鬼にして俺はその自傷行為を続けたのだ。
そうして、新しい魔法がバルカにもたらされたのだった。
その効果は俺以外のものが【毒無効化】を使ってから、毒を服用しても問題なかったことできちんとした効果のあるものであると証明された。
さらに実験に使っていない毒を新しくミームに用意してもらい、それを使っても体には異常が現れなかったのだ。
つまり、この【毒無効化】は未知の毒からでも体を守ってくれる効果がある、はずだ。
例外があるかもしれないだろと言われれば反論できはしないのだが。
正直に言えば、自分自身でもどこまで【毒無効化】の効果が有効なのかははっきりと分かっていない。
だが、ジタンの話が正確であったとすれば九尾はこの狐谷へも平気で入っていたのだ。
ということは、毒ではなく空気そのものがありませんでした、とかいう話のオチではないはずだ。
であれば、一度呪文を唱えればしばらくは効果が持続する【毒無効化】が体を守ってくれるはず。
がんばれ、エルビス。
お前が帰ってこなかったら、あれだけ啖呵を切ってこの狐谷までやってきたというのに、すごすごと引き返さなければならなくなる。
なんとか無事に帰ってきてくれ。
俺は我が身可愛さに保身のことばかり考えながらエルビスの応援をし続ける。
その願いは無事に天に届いたようだ。
夜遅くなったころになって、エルビスが陣地へと帰還してきたのだった。
手には今まで見たこともない金属の塊を握りしめて。
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