老騎士
ウルク領という土地は周りを大自然に囲まれている。
フォンターナもそうだが、ウルク領の東には天にも届きうるとさえいわれるような高さの山、大雪山が存在している。
この大雪山だが、厳密に言うと一つの山ではなく、いくつもの山から構成されている。
平地に住む人間から見ればまるで巨大な雪の積もる壁のように見えるからこそ大雪山と呼ばれているが、実際には名前もつけられていない山々で作られた大雪山系とでも言うべき山が続いているのだ。
ウルク領はこの大雪山を東に、北はフォンターナと同様に魔物の住む森、そして西にフォンターナ領と接している。
そして、南は別の貴族家の領地とも接しているのだが、その貴族家とウルク家は今まであまり争ったりしてはこなかったらしい。
それは領地の東にある山々の一部が南の貴族領とウルク領を隔てるように横に伸びていたからだった。
ようするに、大まかな地図で見るとウルク領と南の貴族領は接しているのだが、お互いに交流がない間柄だったのだ。
だからこそ、西のフォンターナ家と交通の要衝と呼ばれるアインラッドを長年争っていたのだった。
そして、俺がウルクの領都で見つけた資料に記述されていた狐谷と呼ばれるのは、ウルク領の南東部にある騎士領の中のどこかということらしかった。
アーム家と呼ばれる騎士家によって長らく統治されてきた土地。
だが、山がちな土地とそれ以上領地を拡大しづらい場所ということで、ウルク領内ではウルク家からもあまり干渉されない土地だったようだ。
つまり、アーム家はウルク領内にあってもウルク家とは縁遠い場所であると言える。
それをペインから聞いて納得した。
ウルク家をキシリア家が打倒したから所領安堵を求めて挨拶に来い、といっても来なかったわけだ。
向こうからしたら、そんなこと知るかと思ってしまうほど一種の独立した風土でもあるのだろう。
だが、そんなことは俺には関係ない。
今回のウルク家との戦いに際してカルロスからも許可をもらっているのだ。
キシリア家に従わなかったウルク領内の騎士家が治める土地は好きに切り取ってもいいという許可を。
なので遠慮することはない。
俺はバルカ軍を率いてウルク領内から急いで南東方面へと向かい、アーム騎士領へとたどり着いたのだった。
※ ※ ※
「おい、どーするよ、アルス?」
「うーん、あれって白旗か? 降参するってことなのかな、バイト兄」
「アーム家っつったけか? まだ戦ってもいないのに降参するものなのか? 実はこちらの油断を誘って、近づいたらグサリとやろうって考えてんじゃないのか?」
「ちょっと待ってください、お二人とも。あれは普通に白旗を揚げているだけでしょう。正式な様式に則った行動ですよ。あれを無視してアーム家を攻めたら、無抵抗の者を攻撃したとして非難されてしまいます」
「あ、やっぱり? あれは降参するって意思表示で間違いないのか、ペイン?」
「はい。そうだと思います。アルス様、もしよろしければ私が使者として向こうの話を聞いてきましょうか?」
「ペインが使者に?」
「そうです。アルス様のために働きたいですが、いきなり戦で兵法をお見せできるとは私も考えていません。ならば、こういった交渉の事前調整にでも使っていただければと思います」
「……よし、わかった。行ってきてくれ、ペイン。とにかく向こうの要求を引き出してこい。キシリア家からの使者を無視したらどうなるかは伝えていたはずだ。今更許されるとは思うなって伝えてきてくれ」
「わかりました。それでは早速行ってまいります」
さあ、領地を手に入れましょうと考えてウルク領内を移動してきた。
だというのに目的地のアーム騎士領へと入ったら、急に向こうから白旗を掲げた兵がこちらへと近づいてきたのだった。
ペインの言う通り、あれを無視して攻撃するのは風聞が良くないかもしれない。
ここはせっかくだし、やる気を見せているペインにまかせてみることにしよう。
近づいてくる白旗に対して向かっていくペインを見て、俺は今後どうすべきかを考えながらペインの帰りを待つことになったのだった。
※ ※ ※
「お初にお目にかかります、アルス・フォン・バルカ様。わしの名はジタン・ウォン・アーム。アーム家の当主をさせていただいているものです」
「アルス・フォン・バルカです。よろしく、ジタンさん。それで早速だけど、ペインが伝えてきたことは本当ですか? アーム家はキシリア家ではなく、バルカへと忠誠を誓うというのは」
「そのとおりです。我がアーム家はウルクの名を捨ててバルカ家へと忠誠を誓います」
「なぜですか、ジタンさん。アーム家は古来よりウルク家に仕えた騎士家だとペインから聞いています。それがつい先日まで敵だったバルカ家に忠誠を誓う? なぜウルクを裏切るような行動を取るのですか」
「それは違います。我が家がこれまで忠誠を誓っていたのはウルク家であり、決してキシリア家ではないのですじゃ。たとえどんな理由があろうともウルク家を裏切ったキシリア家の下にはつかない。むしろ、それこそがウルク家への裏切りになる、とわしは考えておるからです」
「なるほど。そう言われれば道理があるように思えますね」
「それにそこにいるペインと会ったのも関係しています。こやつがアルス様のことを認めたというのであれば、わしもその判断を信じようと思ったのです」
「……ペインの目を信じる? もしかして、ペインのことを知っていたのですか?」
「はて、これは驚いた。もしかして、こやつのことを知らずに使っていたのですかな。ペインはわしにとって馴染みの友人の孫に当たる。その友人こそ、ウルクにこの人ありと言われたミリアム殿です。かのミリアム殿の孫に当たるのですよ、そやつは」
「……ミリアム、ミリアムって確かアインラッドにいたウルクの騎兵隊の爺さんか。え、ペインってあの人の孫だったのか?」
「そのとおりです、アルス様。我が祖父、そして父は揃ってアルス様に負けました。アインラッドのキーマ騎兵隊についていたのは間違いなく我が祖父です」
「まじかよ。お前実は自分の爺さんと親父の敵討ちのために俺のそばにいるんじゃねえだろうな?」
「違います。もしそうなら、私は父や祖父と同じように兵を用いてバルカと戦い、かたきを討ちます。決して騙し討ちのような卑怯なまねは行いません」
「ふぉっふぉっふぉ。相変わらず堅物よな。アルス様、どうかこのペインの言うことを信じてやっていただけはしませんかな。こやつの親どももみな、同じように頭の固い連中じゃった。じゃが、だからこそわしはペインの人を見極める目を信じることができるのです」
「わかりました、ジタンさん。まあ、ここでペインのことをどうこう言っても仕方がないですし」
「感謝する、アルス様。ああ、それとわしのことはジタンでかまいませぬ。それで、少し先に聞いておきたいのですが、アルス様は狐谷についてお調べになられていたそうですな」
「そう? じゃ、遠慮なく。ジタンは狐谷についてなにか知っているのか? 古い文献ではこのアーム騎士領の山と山の間にあると記述されていたようだけど」
「もちろん知っておりますのじゃ。ですが、おやめなされ。狐谷は踏み込んではならぬ場所です。あそこに行けば生きては帰れませんぞ」
「生きて帰れない? どういうことだ、ジタン」
「ふむ、いいでしょう。わざわざ行く前にわしからお話しておきましょう。狐谷についてを」
なんか妙なことになったな。
ウルク領の切り取りに来たのだが、戦わずしてバルカの軍門に下るとか言い出されてしまった。
アーム騎士領という領地を治めるジタンという老騎士を見ながら考える。
本当に俺に忠誠を誓う気なんてあるのだろうか。
だが、古い文献にわずかにしか残されていなかった九尾の狐の生息地である狐谷。
その狐谷についてこの老騎士は知っているという。
しかも、わざわざ説明までしてくれるというではないか。
ジタンがどういうつもりなのかはまだはっきりとはわからない。
が、俺は老騎士の語るウルク領の忘れ去られた秘境についてを聞くことにしたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
ぜひブックマークや評価などをお願いします。





