ウルクの書庫
「ん、ついに落ちたか」
俺が本陣にて他の者と話している最中に、非常に大きな歓声が聞こえてきた。
どうやら、アインラッド軍とビルマ軍が攻略していたウルクの領都が落ちたらしい。
攻め手が城壁を乗り越えて内部へと侵入し、そこから城門を開けたのだ。
それをきっかけとして両軍が城壁に囲まれたウルク領都へと我先に突入していく。
どうやらこれでウルクとの戦いは終わりだろう。
「よし、バルカ軍も動けるように準備しておけ。領都へと入るぞ」
「かー、ようやくかよ。おい、アルス、急ごうぜ。早くウルク城の宝物庫に行ってお宝を確保しようぜ」
「いや、そんなことはしないさ、バイト兄。もっと大切なものを確保しないと」
「はあ? 宝物庫のお宝よりもいいもんなんてあるのか、アルス?」
「当然だろ。ペインいるか?」
「はい、こちらに」
「ペイン、お前はウルク城の内部について知っているか?」
「はい。ウルク家のみが知る隠し通路以外の、あくまでも騎士が知り得る範囲ですが知っております、アルス様」
「よし、ならば城の中を案内しろ。書庫に行くぞ」
「……書庫、ですか。お言葉ですが、バイト様の言うように宝物庫や、あるいは後宮などに行かなくともよろしいのでしょうか?」
「いや、書庫を押さえる。案内できるんだよな?」
「もちろんです。案内させていただきます、アルス様」
正直なところ、貴族であるウルク家の宝物庫にどんなお宝があるのかは俺も興味がある。
だが、ここはグッとこらえた。
誰だってお宝がほしいはずだし、領都を落とすために戦っていたアインラッド軍やビルマ軍の連中もそうだろう。
そんなところに、あとから突入していった俺達が宝物庫からお宝を持ち出したらどうなるかは明らかだ。
戦いで興奮度マックスの両軍の兵と揉める可能性があるだろう。
ならば、ここはひとつ両軍がそれほど重要視しないところへと行こうと判断した。
そう考えた俺が目をつけたのは書庫だ。
ウルク家が残してきたこれまでの資料が収められた場所。
そこへと直行する。
おそらくあるであろう宝物庫の魔法の品を諦める代わりに、俺はウルクに保管された情報というお宝を確保するために動き出したのだった。
※ ※ ※
「ここが書庫か……。当たり前だけど羊皮紙ばっかりだな」
「おーい、アルス。ここにある本はどうするんだよ。お前また全部【記憶保存】で覚える気か?」
「いや、そんなことはしないよ、バイト兄。前と違って、今なら持ち出してもいいんだから。だけど、ちょっと確認しておきたいことがある。ペイン、お前この書庫の中の資料はどこに何があるかは知っているのか?」
「すみません、アルス様。さすがに書庫に収められた資料の内容までは把握していません。ですが、少しならわかるかもしれません。何が知りたいのでしょうか」
「とりあえずはウルク領内の地図だ。それとどこにどの騎士がいるのかについて。それともうひとつ知りたい場所がある」
「地図と騎士の情報ですか。騎士の情報は最近のもので良ければ私に聞いていただければ詳しくお答えできます。地図はおそらく奥の方に保管されているのではないかと思います。しかし、知りたい場所というのは? ウルク領内のどこかということですか?」
「そうだ。俺が知りたいのは九尾の生息地だ。知っているか?」
「……九尾ですか? 申し訳ありません、アルス様。お言葉ですが、九尾はすでに存在しません。かつて、ウルク家によってすべて狩られて絶滅したのです」
「そんなこと知っているよ、ペイン。俺が知りたいのは絶滅した九尾がまだ生きていたころに多く住んでいた場所だ。そこについて知りたいんだよ」
「九尾がかつて姿を見せていた場所ですか。そうとう昔のことになりますね。知っている者はいないかもしれません。なるほど。だから、この書庫で調べようと思ったのですね」
「調べられるか、ペイン?」
「お待ち下さい。確か、子供の頃に祖父から御伽噺として聞いた記憶があります。かつて、九尾がいたのは狐谷と呼ばれる秘境だったとか。狐谷という文字が書かれている文献があれば、もしかするとおおよその場所を特定できるかもしれません」
「よし、いいぞ、ペイン。狐谷って場所だな。早速探そう」
「……この書庫にある資料の多さを見てください、アルス様。探すといってもすぐには無理でしょう。何日も、いえ、もしかすると狐谷という単語を探すだけでももっと日数がかかるかと思いますよ」
「ん? ああ、ペインは知らないのか。今回、バルカ軍にはリード家の人間も連れてきている。【速読】があればパラパラめくってりゃすぐに見つけられるだろ。問題ない」
「おい、ちょっといいか、アルス。お前が本好きだってのは知ってはいるけどな。九尾ってのはもういないんだろ? 今更そんな狐が住んでた場所のことなんて調べてどうする気なんだよ。キシリア家に従わない騎士連中の領地も取りに行く予定だろ。何考えてんだよ」
「何言ってんだよ、バイト兄。九尾だぞ、九尾。バイト兄はウルク家の魔法剣の名前が何だったのかも忘れたのか?」
「ウルクの魔法剣? そんなもん忘れるわけ無いだろ、九尾剣だよ」
「わかってんじゃねえか。なら、九尾の生息地を調べる意味もわかるだろ」
「……いや、わかんねえぞ、アルス。何が言いたいんだ? お前もしかして九尾がまだ生きているんじゃないかって思ってんのか。その九尾を倒して新しい武器にしようってか?」
「おいおい、何言ってんだよ、バイト兄。狐から剣が作れるわけ無いだろ」
「え? いや、それはそうだろうけど、ウルクの魔法剣は九尾剣って言うんだから、九尾から作ってるんじゃないのか? ていうか、硬牙剣だって猪の牙から作ってるんだから、作れないことはないだろ?」
「違うぞ、バイト兄。九尾剣の名前の由来は九尾という狐の体を使っているからじゃない。九尾が住んでいた場所が由来になっているんだよ」
「……お前たまにまどろっこしい言い方するよな、アルス。つまりなんだよ?」
「ようするにだ、九尾が住んでいた場所を、狐谷の場所を特定すれば九尾剣の材料となった鉱石を手に入れられるかもしれない。もしそうなれば、九尾剣を量産できるんだよ、バイト兄」
かつて、俺がウルク家との戦いでの活躍によってカルロスからもらった九尾剣という魔法剣。
俺はこの九尾剣をグランと一緒に研究したことがあった。
いったいどういう理由によって、魔力を注げば炎の剣が出現するのかという、素朴な疑問からだった。
そして、そのなかでグランが出した結論。
それは九尾剣という魔法剣には狐を始めとしたいかなる生物由来の素材も使われていないということ。
すなわち、九尾剣は紛れもなく「金属によって作り出された剣」であるということだった。
グランいわく、こういう魔法武器の名称と素材の不一致は時たまあることだという。
理由はそのケースごとによって違うが、考えられるひとつに九尾剣の素材となった金属と九尾の狐という生物に何らかの関係があるというもの。
そこからグランが知り得る知識と経験から出した仮説の一つがこうだ。
金属が得られる場所と九尾の住む地域が一致していたのではないか、というものだった。
しかし、その場ではこの仮説を確証に導くまでには至らなかった。
フォンターナ領にいる俺とグランが知り得る情報では、すでに九尾が過去の生物となっており、現存しないこと。
そして、九尾剣の製法が失われているらしいこと。
ようするにその時手に入れられる情報では結論を出すには不足だったのだ。
だが、今は違う。
かつて九尾剣を作り上げ、自らの領地の繁栄のために使用してきたウルク家の書庫へと俺はたどり着いたのだ。
ここならば、かつての九尾の生息地がわかるかもしれない。
「すごい! 驚きました、アルス様。【速読】というのはすごいものですね。もう見つかったようですよ。九尾のいた場所、狐谷の記述が書かれた資料が発見されました」
「よし。どこだ、ペイン」
「ええっと、この記述によると……、大雪山の麓にいくつかある山と山の間、らしいですね。おそらくは地図でいうとこのあたりになるでしょうか」
「ふーん、そのへんを治めている騎士が誰かわかるか? 今回、キシリア家の傘下に入ったところなのかな?」
「……いえ、違いますね。ここの騎士家は伝令を無視して何の反応も示していないはずです。おそらく、無視を決め込むつもりなのではないでしょうか」
「いいね、すごくいい。ちょうどいいよ、そいつ。よし、バイト兄。書庫の資料を全部出したら出陣するぞ。アーム家とかいう騎士家を潰しに行こう」
どうやら、思った以上に早く欲しい情報が手に入ったようだ。
ならば、こんなところでゆっくりしている場合ではない。
俺はペインが地図で指し示した旧ウルク領の南東部にあるアーム騎士領に狙いを定めてバルカ軍を動かし始めたのだった。
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