今後の協議
「なるほどな。後継者のほうが先に死んでいたのか」
ミリアス平地での戦い。
長年に渡って続けられていたウルク家とフォンターナ家の因縁にケリをつける決戦となったこの戦いはフォンターナ側の勝利で終わった。
その原動力となったのは、アトモスの戦士タナトスの力にほかならないだろう。
タナトスが行った投槍攻撃によってウルク家当主が討ち取られてしまったのだから。
ちなみに俺はウルク家当主を討ったあとのことも少し心配していた。
それはウルクの後継者についてだ。
貴族や領地持ちの騎士は結婚した際に「継承の儀」を行う。
そうすることで、自身の子供に貴族家が持つ魔法と配下たちの魔力的つながりを継承することができる継承権が与えられるのだ。
継承権を持つものは生まれた順から上位が決まっている。
当主が生前に継承順位を越えて当主の座を譲ることは可能だが、そうでなくとも現当主が亡くなれば自動的に継承権の最上位者が当主の座を引き継ぐことになるのだ。
つまり、タナトスの投槍攻撃でウルク家当主を討ったあとに、自動的に当主の子供に当主の座が受け継がれることになるのだ。
そうであれば、【黒焔】という凶悪な上位魔法を使うことのできる存在が突如として現れることにもなる。
当主を討ったものと認識してこちらが攻撃している時に、目の前の相手が急に【黒焔】を使うことになれば被害が出かねない。
だから俺は当主を倒し、騎兵団を攻撃に参加させたあとも塔の上から双眼鏡を覗き込んで、戦場全体を目を皿のようにして見回していたのだ。
だが、実際には新たに当主となるものが戦場で出現するというようなことはなかった。
これは戦いが終わったあとからわかったことだが、当主のそばに次の当主となるものとしてペッシの弟にあたる男性がいたらしい。
が、その弟くんはタナトスの一度目の攻撃で巨大槍に押しつぶされてこの世を去っていたという。
結果、次の継承権を持つものはこの戦場にはいなかったようで、それはすなわちこの場で当主として【黒焔】を使うものも現れなかった。
かくして、何の障害もなく敵陣に突っ込んでいったバルカ騎兵団によってウルク中央軍はぐちゃぐちゃにかき回され、キシリア軍やアインラッド軍、ビルマ軍によって甚大な損害を被ることになったのだった。
「なあ、アルス。あのタナトスくんというのは危険すぎないか? あんな攻撃がこちらに向けられていたらと思うと父さん夜も眠れないぞ」
「うーん、そうだなあ。確かに危険ではあるけど悪いやつではなさそうなんだよな。それにあれだけ活躍したタナトスに対して文句は言えないだろ、父さん」
「それはそうだが、東でアトモスの里が騙し討ちされた理由もわかるな。あの力が報酬次第では自分たちにも向けられるかもしれないと思ったら誰だって怖いと思うぞ」
「たしかにね。あれでもまだ体が弱った状態らしいし、本調子じゃないって言っているからな。まあ、不幸中の幸いは俺がグランから東の言語を教えてもらって覚えていたことだろうね。なんとかコミュニケーションをとって、信頼関係を築いておくことにするよ」
「本当に頼むぞ、アルス。あと、タナトスくんには礼儀なんかも教えておいてくれよ。お偉いさんになにかして、アルスやバルカまで責任を負うことになるかもしれないからな」
「ああ、なるほど。そういうこともあるか。わかったよ、父さん。注意しておく。で、戦利品漁りはだいたい終わったのかな?」
「それならだいたい終わったんじゃないかな。そうだ、もうすぐ他の騎士の方々も集まってくるはずだ。話し合いがあるんだろ?」
「わかった。俺も本陣に戻るとするよ」
ほぼ同数による軍の衝突。
が、こちらの陣営にはさほどの被害も出なかった。
初っ端からウルク家当主を倒したというのも大きいのだが、それ以上にかき集められた農民兵たちにとって空を飛ぶ巨大な槍による攻撃が怖かったのだろう。
数度行われた攻撃が自分たちの頭上を越えてウルク軍本陣に向かっていく光景を見た一般兵の多くが逃げようとしたのだ。
なんとかそれを押し止めようとするウルクの騎士やその従士たちが声を張り上げて兵を逃さないようにしてはいたものの、限界があった。
そして、その恐慌状態にバイト兄が騎兵を率いて雷鳴剣による電撃攻撃を行いながら突入していったのだ。
もはやまともな戦いにはならなかった。
だというのに、その後始末には思ったよりも手間がかかった。
指揮系統が乱れたウルク軍を相手にするのはいいのだが、フォンターナ軍も自分の手柄を求めて好き勝手に動き、逃げていく農民兵まで追いかけるやつまでいたのだ。
まだ生き残っているウルクの騎士を一人ずつ潰していって、ようやく小競り合いも終わり、敗者からの追い剥ぎ行為という戦利品集めも終わったのはその日の夜が近づいてきた時間だったのだ。
※ ※ ※
「どうだ、ワグナー?」
「はい、間違いなくタナトス殿が討ち取ったのはウルク家当主です。間違いありません」
「で、もうひとりの後継者もいなくなった。次の継承権を持つものはウルクの領都にいる。それは間違いないんだな」
「はい。そうだと思います。万が一を考えて戦場には出ずに領都での仕事を任されていたのでしょう」
「ってことは、向こうの領都でも当主や次期当主候補が死んだのは間違いないとわかっているってことになるのか」
「その通りです。いきなり自分の身に魔力が増えるというのはそれ以外ありえません。必ず自身が当主になったことを理解しているはずです。ですが、……おそらくはもう当主を継承しても【黒焔】を使うことはできないのではないかと思います」
「……ああ、そうか。今回の戦いでウルクは更に騎士を失ったからな。当主が使うことのできる上位魔法を発動させるだけの魔力が得られない可能性もあるのか」
「はい、そうです」
本陣で各軍の指揮官と話し合う。
その中でワグナーが言ったことを理解した。
キシリア家はすでにウルクの名を捨てさせている。
といっても領都にいるキシリア家当主のハロルドがキシリア家としてまだ存在しているのだが、ワグナーを始めとしたキシリアの街に残っていた騎士たちには名を捨てさせたのだ。
そのうえで今回のウルクとの戦いで活躍したものには再びワグナーを頂点としたキシリア家としてカルロスからフォンターナの名を授けられることになっている。
その時点でウルク家当主は恐ろしく弱体化していたのだ。
そして、トドメとしてウルク軍にいたウルクの騎士が多数討ち取られた。
こうなってはさすがに貴族家の当主が強いとはいえども、上位魔法を発動させることすら困難になっているだろう。
そうなってはもう貴族としては終ったも同然だろう。
もはやあと何人ウルクの魔法を継承するものがいたとしても敵ではないということになる。
結果的にはウルク家はキシリア家が離反する動きを見せた時点でほとんど詰んでいたのだ。
そういう意味で言えば、この世界の戦いは領地を奪うことよりも相手の騎士を離反させるほうが効果が大きいこともあるのだろう。
「よっし、じゃあ、明日からはそのまま軍を進めて領都を攻略することにしようか」
「ちょっといいかな、アルス殿」
「どうしたんですか、ピーチャ殿?」
「我々にも活躍の場をもう少しいただきたい。領都攻めは私に任せてもらおう」
「待ってください。それならばビルマ軍が領都攻めを引き受けましょう」
「領都攻めですか? また、巨人の攻撃を使えば簡単に終わるのでは?」
「いや、それでは我らの立場というものがない。ぜひ領都攻めをさせてほしいのだよ、アルス殿」
「……わかりました。ではウルク領都はアインラッド軍とビルマ軍に任せることにしましょう。キシリア軍には別の仕事をしてもらうがいいか、ワグナー?」
「わかりました」
こうして、ミリアス平地での戦いは終わり、ウルクは領都を攻撃されることになったのだった。
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