襲撃者
「うわっ!! なんだ? 何が起きた?」
俺がウルク第二の街キシリアへとやってきたその日の夜のことだ。
ウルクの当主を説得に向かうというハロルドを送り出し、その後、貸し与えられた建物で体を休める。
さすがにフォンターナ家当主のカルロスの代わりにやってきたような立場の俺に提供された建物は上等なものだった。
きれいな建物と調度品を鑑賞しながらウルク領のごちそうを食べて、ベッドに入る。
そうしてぐっすりと眠っていたところだった。
その眠りが唐突に妨げられたのだ。
ドゴンという大きな音と揺れ。
まるで地震でも起きたのかと思うような震動を感じとって、俺は瞬時に飛び起きたのだった。
「ウォオオオオオォォォォォォォォォォ!!!」
その揺れを感じ取ったときからものすごい大きな声が聞こえてきている。
何が起こっているのだろうか。
もしかするとこれは普通の地震などではないのかもしれない。
そう考えたときだった。
「おい、アルス。起きているのか? あいつが出たぞ!」
「バイト兄、状況報告頼む。何がどうなった?」
「巨人だ。前に戦った巨人が生きてやがったんだ。あの巨人がまた出てきやがったんだよ」
「巨人? あのアトモスの戦士ってやつがか? あいつは池に沈めて倒したはずだろ」
「知らねえよ。俺もそう思っていた。だけど今この建物の外で暴れているのは間違いなくあいつだ。あの姿を見間違えるわけねえだろ」
「わかった。とにかく行動しよう。もう起きていると思うけど外の兵も起こしてくれ」
「よし、任せろ」
ドアを突き破りかねない勢いで部屋へと入ってきたバイト兄。
そのバイト兄が驚愕の事実を話す。
あの巨人が生きていた?
まさかとしか言いようがない。
あのとき、俺達は間違いなく巨人を池へと沈めて日の出の時間まで浮いてこないか確認していたのだ。
だが、と思ってしまう。
俺は暗い中で巨人が池を出ようともがく音がだんだんと無くなっていき、一切の水音がしなくなったので巨人が死んだものだと判断した。
しかし、肝心の死体を直接この目で見たわけではなかったのだ。
もしかして、生きていたのか?
あのとき、俺たちバルカ軍をやり過ごして今日まで生存していたというのだろうか。
おかしい。
それはおかしいような気がする。
いや、巨人が生きていたということがおかしいのではない。
あのとき、池の水の底をさらうようにしてでも死体を確認しなかったのは俺の責任だ。
もしかして、水没したはずの巨人がなんらかの理由により生き延びたという可能性自体はあるのかもしれない。
だがしかしだ。
その巨人がここにいるというのはおかしい。
このキシリアの街に巨人が無事に生き延びて帰ってきただけではなく、今日まで存在を知られず、そしてここに俺が来たその日の夜に現れる。
どう考えてもおかしいだろう。
やりやがった。
ハロルドは俺たちをはめたのだ。
立場の悪くなった自分を利用し、この街に俺たちがとどまるように仕向け、そして、その絶好のチャンスに切り札を投入してきたのだ。
巨人という存在を。
たった一人でも軍と戦うことすら可能な最強の戦士。
当主級の力を持つ存在を、バルカを、俺を消すために投入したのだ。
「一本取られたな。忠義がどうとか感心している場合じゃなかったってことか」
もしかして、最初からこのつもりだったのかもしれない。
俺たちがハロルドを二重工作員であると仕立て上げようとしたこと。
それを察知してこの罠を用意したのではないか。
救援要請を受けてフォンターナの軍勢がのこのことやってくるのを今か今かと待っていたのかもしれない。
「しょうがない。戦うとしますか」
まあ、それならそれで話は早い。
やるべきことをやるだけだ。
そう判断した俺はいまだドスンドスンと大きな音をたてる巨人のもとへと向かっていったのだった。
※ ※ ※
「ウォオオオオオォォォォォォォォォォ」
「ん? なんだ? もう戦っているのか。つうか、あれはバイト兄かよ」
俺が準備を整えて外へと出た。
そこで巨人の姿を確認する。
相変わらず腰回りだけ隠して、あとはすべてすっぽんぽん状態の巨人がそこにいた。
でかいのも相変わらずだ。
成人男性の背丈の3倍はありそうで、【壁建築】で作る壁の半分ほどのところに頭がくるくらいの身長。
「ん? けど、前と少し違うな? 痩せたのか?」
だが、その巨人の姿に違和感を感じた。
身長が高く、丸太をぶん回している姿は恐怖そのものだ。
であるのだが、以前出会ったときよりもプレッシャーを感じない。
普通なら巨人と戦うバイト兄の姿を確認したら、俺もすぐに参戦するのだが、少し余裕がある。
それはバイト兄とその周りにいる兵が巨人に対して後れを取っていなかったからでもある。
巨人が痩せているようにみえる。
かつての、ギリシア彫刻にあるような筋肉質の肉体を持つ一種の美しさもある姿とは違うのだ。
筋肉がやせ衰えて、体が一回りも二回りもしぼんでしまったのではないかという印象を与えるのだ。
「「「「「武装強化」」」」」
その巨人の周りを取り囲んで攻撃しているのはバイト兄とバイト兄にバルト姓を授けられたバルトの騎士だ。
彼らが呪文を唱えて手に持つ武装へと魔力を注ぎ込む。
それによって武装が強化された。
バルトの騎士が持つのは剣と盾だった。
そして、【武装強化】という呪文はそのどちらにも影響を与えていた。
そう、剣だけではなく、手に持った盾までも強化しているのだ。
巨人が振り回した丸太を5人がひとかたまりになり、盾を重ね合わせるようにして防いだ。
すごい、と言わざるを得ない。
かつて俺はあの丸太の攻撃がかすっただけで肩が上がらなくなったくらいの攻撃力があるのだから。
「「「「「氷槍」」」」」
そうして、複数の盾で巨人の攻撃を防いだ後方から魔法攻撃が放たれる。
が、こちらは巨人に直撃したものの倒すことは叶わなかった。
痩せた巨人といえども遠距離からの魔法だけでは倒し切ることはできなかったようだ。
「オラアアアアアァァァァァァァァ」
だが、その魔法攻撃はあくまでも巨人の注意を引くための目くらましだったらしい。
【氷槍】が着弾し一瞬ひるんだ巨人に対してバイト兄が駆け寄って攻撃する。
両手には別々の魔法剣が握られていた。
右手に硬牙剣、左手に雷鳴剣。
バルカの北の森に出現した鬼に対してもダメージを与えられる硬牙剣と、電撃を纏う雷鳴剣。
その魔法剣の効果を発動させつつ、【武装強化】で攻撃力も強化して巨人へと攻撃した。
「グルワアアアァァァァァァァァァァ」
「詰めが甘いぞ、バイト兄」
バイト兄による強烈な攻撃。
しかし、それでも巨人は耐えた。
雷鳴剣による電撃を体に受けつつ、硬牙剣に対して腕でガードをし、致命傷を避けたのだ。
一瞬で武器の特性を見抜いて防御するほうを正しく選んだのだ。
が、それは悪手だ。
攻撃を防ぐために視界を腕で隠してしまった。
その一瞬のスキを見逃さず、俺が接近し、斬鉄剣を抜く。
そして、バイト兄へと反撃しようとしていた巨人へと飛びかかり、後頚部のうなじへと斬鉄剣を振るったのだった。
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