ハロルドとの会談
「はじめまして。アルス・フォン・バルカです。以後お見知りおきを」
「ハロルド・ウォン・キシリアだ。こちらこそよろしく頼む、アルス殿」
「では、早速ですが今後の話を詰めていきましょうか、ハロルド殿。まずはハロルド殿の立場についてです。こちらをご覧ください」
「拝見させてもらおう。ふむ、所領安堵だけではなく働きによっては加増もあり得る、と。これは本当なのだろうか?」
「ええ、カルロス様から正式に認められた書類です。嘘偽りはありませんよ」
「……だが、これは? わたしの家族をフォンターナ領の領都へと送るようにとあるのだが?」
「ああ、それはハロルド殿に対してだけのものではなく、フォンターナ領の騎士全員に対しての処置です。私やアインラッド砦の防衛をしているピーチャ殿なども家族はフォンターナの街にいますよ」
「……子供たちも送らねばならないのか? キシリア家は代々このキシリアの街を領地として治めてきたのだ。我が子にはこの街で大きくなってほしいと思っているのだが」
「それはいけません、ハロルド殿。フォンターナ領では妻子も一緒になってフォンターナの街へと移住するように決まっています。新しくフォンターナへと忠誠を誓うことになったハロルド殿がいきなりその決まりを破っては信用が得られなくなります」
「ぐっ、……わかった。我が家族をフォンターナの街へと送る手筈を整えよう」
「ご理解いただけて感謝します、ハロルド殿。ではこのあとの我々の行動について考えていきましょう」
ウルク討伐の命令を受けたバルカは準備を済ませたあと、すぐに東へと向かった。
アインラッド砦を経由して更に北東に進み、ウルク第二の都市キシリアへとやってきた。
バルカが先行してキシリアへと来たが、このあとアインラッド砦からも、以前カルロスが落としたアインラッドの北にある長年の係争地であった街ビルマからも兵が送られてくる。
そこにキシリアの兵までもが加わればかなりの勢力となるはずだ。
かつてはフォンターナよりも動員可能な兵の数が多かったウルクもその勢力を半減させてしまっている。
両家の係争地だったアインラッドの丘とビルマの街を奪われただけではなく、こうしてキシリアまでもが離反することになったのだ。
だが、更にもうひと押し戦う前にウルク家へとダメージを与えておく必要がある。
「まず、どうしてもしなければならないことがあります。わかりますよね、ハロルド殿?」
「……わかっている。名を捨てよ、というのだろう、アルス殿」
「そのとおりです。キシリア家はこれよりウルクを捨てフォンターナに忠誠を誓うことになります。それは当然ながらウルクの名を捨て、フォンターナから名を授けられることを意味します」
「わかっている。それはわかっているのだ、アルス殿。しかし、少しばかり猶予をいただけないだろうか?」
「……猶予? そんなものがあると思っているのですか?」
「このとおりだ。私はウルクの名を捨てる前にどうしてもやっておかねばならないことがある。それだけは最後にやらせてもらえないだろうか」
「ハロルド殿がやらなければならないこと? なんですか、それは?」
「説得だ。許しを貰えれば私はこれからウルク領の領都へと向かい、当主様を説得したいのだ。フォンターナへと降伏するようにと」
「ウルク家当主にですか? さすがにそれは向こうが承諾しないでしょう。長年領地を隣り合って争ってきた間柄です。どれほど状況が悪いとしてもフォンターナの軍門に下ることはないのではないですか?」
「……そうかもしれない。だが、このままではウルク家が潰えてしまう。それだけはなんとしても避けたいのだ。お願いだ、アルス殿。このとおりだ。私に当主様を説得する機会を頂けないだろうか」
そういいながら頭を下げるハロルド。
本来であれば明らかに自分のほうが格が上だと感じているだろうに、俺に対して頭を下げている。
よほど、ウルク家が大切なのだろう。
肝心のウルクからはすべての信頼を失ったはずなのに、それでも忠誠を尽くすということか。
さすがにこれを無碍にするわけにはいかないのではないかと思った。
リオンも寛容の心を見せろと言っていたし、何よりハロルドの説得が成功すれば戦わずしてウルク家がフォンターナの下につくことになる。
それでウルクの危険度が減るのかどうか疑問にも思うが、そのへんのバランスはカルロスやリオンに任せたほうが無難かもしれない。
「……わかりました。ハロルド殿の忠義の心が私にも痛いほどわかります。いいでしょう。ハロルド殿はすぐにウルクの領都へと向かい、ウルク家当主を説得してきていただきましょう」
「あ、ありがとう、アルス殿。感謝する」
「ただし、条件はあります。ハロルド殿のご家族は先にフォンターナ領へと移送させていただきます。いいですね?」
「わかった。必ずや当主様を説得してみせよう」
こうして、ハロルドは最低限の供回りを連れてキシリアからウルク領都へと向かっていった。
そして、俺が襲撃を受けたのはまさにその日の夜だったのであった。
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