戦略
「アルス様、ウルク攻略へと向かわれるのですね?」
「そうだけど、リオンは行かないのか?」
「はい。私はカルロス様のもとでする仕事がありますので。残念ですが今回はアルス様とはご一緒できそうにはありません」
「そっか。本当に残念だよ。リオンの戦略があれば助かるんだけどな」
「それではお詫びと言ってはなんですが、ひとつ助言しておきましょうか?」
「お、なんかあるのか?」
「はい。今回アルス様がウルク領を攻める時に考慮するべきことがあります。それはあまりウルクにいる住人に被害が出ないようにするということです」
「うん? 被害を抑えて戦うってこと?」
「もちろん直接戦うことになるウルク軍に対しては普通に戦っても構いません。が、ウルクの住人に対しては気を使ったほうがいいと思います。水上要塞パラメアのように、すばやく攻略するために全滅させるといった手段は取るべきではない、ということですね」
「まあ、そりゃ虐殺をしに行くわけじゃないから当然だろ」
「いえ、そうではありません。今後の戦略にとっても重要ですし、なによりアルス様にとって大切なことです」
「どういうこと?」
「まず戦略について説明しましょう。今回、ウルクを攻める理由は表面的にはウルクの騎士からの救援要請であり、実際はフォンターナ領の安定のためです。この目的を達成するためにはなるべく早くウルクの攻略を終えることが肝心です。しかし、急ぎすぎてパラメアのようになると、たとえウルクを撃破したあともウルク領が安定化しません。それでは結局、他貴族が攻めてきたときの危険要素となってしまいます」
「なるほど。奪った土地の統治をスムーズにするためにも住人たちから嫌われるとまずいってことだな」
「そのとおりです。そして、もう一つの理由はアルス様にあります。アルス様自身のイメージを良くしておくためですよ」
「俺のイメージ?」
「はい。アルス様はここ数年で急速に勢力を伸ばした注目の人物として貴族や騎士、そして農民までがその名を耳にしています。ですが、その評判というのは一定していません。連戦連勝の戦上手であるという声もあれば、敵にも味方にも容赦のない極悪非道の人である、あるいは金に物を言わせて人を弄ぶ成金である、とか様々ですね」
「……どっちかっつうと、マイナスイメージのほうが多そうか?」
「そうともいえません。バルカはどれほど血を流そうとも主君のカルロス様に従う忠義の心を持つものであるとか、自身の部下を出自の差で差別せず取り立てる部下思いであるという人もいます。本当に様々な意見があり、そのどれもが間違いではないのですよ」
「なるほどね。で、ウルクに行った時に俺が住人たちを殺しまくっていたら悪評のほうが広まるってことになるのね」
「はい。ですので、寛容の心をもって行動してください。降伏した相手は禍根なく許し、降した領地の住人は手厚く慰撫する。そうすればいずれアルス様と向かい合うことになった相手は向こうから頭を垂れることになるはずです」
「わかった。……けど、それって今からやらなきゃ駄目なの? ウルク領を攻めるにあたってはあんまり意味ないよね」
「そうですね。ウルクとの戦いではその寛容さは効果が出ないかもしれません。が、寛容さを見せる相手はいます。今回、ウルクからこちらへと寝返ることになった騎士は味方だと思って対応するのがいいでしょう」
「あ、そのほうがいいんだ。あんまり信用できそうにないかなって思っていたんだけど」
「そうですね。信用はできないでしょうが、こちらが信用しない限りは相手も心を開きません。あまりないがしろにするような対応をしていたら、向こうも破れかぶれにアルス様に襲いかかってくる可能性がありますよ」
「ふーむ、難しいね。つーか、リオン、バルカの戦力でウルクに勝てるのかって問題もあるんだけど。そっちのアドバイスもお願い」
「確実に勝てるとはいえませんが、十分勝機があると思いますよ、アルス様。なにせウルクを裏切ってフォンターナへとついた騎士が騎士ですからね」
そういいながらも、リオンがいくつかの資料を手渡してくれた。
最初から俺にアドバイスするために用意してきてから話しかけてきたのだろう。
その資料の中にはものすごく大雑把なウルク領の地図と、今回ウルクを裏切りフォンターナへとついた騎士の情報が書き込まれていた。
去年、フォンターナ内部にいた裏切り者と連絡を取り合い、西のアーバレスト家と連動して攻めるきっかけを作ったウルクの騎士。
そのウルクの騎士に濡れ衣を着せるようにして二重工作員であると情報を流していた。
その工作がうまくいったため、本当にその騎士はウルクを捨ててフォンターナへと忠誠を誓うとまで伝えてきたのだ。
その騎士の名はハロルド・ウォン・キシリア。
実はウルク領では有力騎士として知られた人らしい。
なんといっても、俺も聞き覚えがあったキシリアという名前。
かつて、俺が初めてウルク家と戦い、あのアトモスの戦士などを討ち取った奇襲地点、キシリア街道の地名に由来する歴史ある騎士だったのだ。
アインラッド砦から北東へと進んだ先にある奇襲に向いた隘路のキシリア街道。
その街道で夜襲を行い、多くのウルクの騎士と巨人を討ち取った。
そして、その後、指揮官でもある騎士の数を減らしたウルク軍はキシリア街道から撤退し、ウルク第二の街へと逃げ込んだのだ。
その街の名もキシリアという。
つまり、裏切ったハロルド・ウォン・キシリアという騎士はウルク領第二の街を治める領地持ちの騎士だったのだ。
彼は一度目の対バルカ戦で地元であるはずのキシリア街道という場所で攻城兵器まで投入した夜襲を相手に許して、ウルク軍5000を撤退させるという大失態を犯した。
そして、その翌年には彼が起死回生の策としてウルク家当主に進言し、実行されたフォンターナ東西二方面戦争。
これがさらなる失態を彼に呼び込んでしまった。
フォンターナは東西から襲われる事態になったにもかかわらずに、その事態に即応し、逆にアーバレスト家の当主とウルク家の次期当主までもを討ち取ってしまったのだ。
そして、その相手が昨年手痛い損害をウルクに与えたバルカであるという。
さらに極めつけにハロルド・ウォン・キシリアはもとよりフォンターナ家と繋がっていて、ウルクへと被害を出すためにハロルドが仕組んだ罠であったという情報までもが出回ったのだ。
本来であれば、ウルク第二の街を任せられる騎士がそんなことをするはずがないと一笑に付すにとどまっただろう。
だが、2年続けてウルク家の直系の男児がここまであっけなく倒されてしまうはずがない。
何度もアインラッド争奪戦で活躍してきた老将がついたキーマ騎兵隊のキーマが倒されるというだけでも信じられないのに、ウルクの上位魔法を使うペッシまでもが討たれたのだから信じられるはずもない。
しかし、実際にその2人が討ち取られている以上、そうなった原因が存在するはずだ。
そして原因を考えるうちに、ウルクを罠にはめようとした存在がいるのではないかという推測につながっていった。
ウルクの人たちはそう考えてしまったのだろう。
そうなったら話は坂道を転がるようにして広がっていき、ハロルドの立場は決定的に悪くなってしまったということらしい。
それまで忠誠を誓っていたはずのウルク家を捨て去るほどの覚悟をさせるまでになってしまったのだ。
「ようするにこのハロルドは丁重に扱えってことね。なんならウルク領を落とすことに成功したら領都を与えるとかいえば、かつての主家とも積極的に戦ってくれるかな?」
「……領都は難しいかもしれませんが、所領安堵よりも領地加増の約束をしておいたほうが確かに働くかもしれませんね。カルロス様に相談されてはどうですか、アルス様?」
自分でも案を出しておいてあれだが、信頼関係がこじれるとここまで大変なことになるんだなとハロルドの資料を見ながら思ってしまう。
なるべくカルロスとは友好的な関係を築くようにしておこう。
リオンとの会話でそう学んだ俺は報連相を徹底すべく、再びカルロスのもとへと向かったのだった。
お読みいただきありがとうございます。
ぜひブックマークや評価などをお願いします。





